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馬車の旅
しおりを挟む二日後、カーザスに公爵家の紋章入りの馬車が来た。
その紋章が、どこの家紋を示すのかが分からなくても、美しい装飾は一目で高貴な身分の者が乗っていると分かるだろう。
「フォレン、こぇ、なぁに?おんまさん、箱引っ張ってゆ」
ヒースヴェルトは、馬車を生まれて初めて見たようで、まじまじと見つめていた。
「ヒー様と我々が一緒に乗るんですよ。馬車と言います。中に椅子があって、座って移動できるんですよ。長旅には最適です。」
フォレンは、さっとヒースヴェルトの手を取ると、馬車の中へ案内した。
柔らかいクッションがいくつもあり、まるでベッドのような心地よさに、ヒースヴェルトも嬉しそうだった。
「ふぁぁ、フワフワしてる。ばしゃ、しゅごいねぇー!
おんまさん、がんばるねぇー!」
ここからは、ルートニアス公爵家の護衛騎士が道中を守るため、フォレンも馬車の中でヒースヴェルトの話し相手になる。
(子供を乗せていく、と執事に連絡していて良かったな。これなら過ごしやすそうだ。)
馬車の小窓から見える景色を眺めながら、ヒースヴェルトはキャッキャと笑い声をたてる。
細かく、あれは何だ、これはなに?とリーナに聞いてはうんうん、と頷いている。
「・・・もしかして・・・。」
と、つい声が出た。
「フォレン?なに?」
「あっ、いぇ。もしかして、ヒースヴェルト様は人間の世界のことを、もっとお知りになりたい?」
普通の環境で育ったなら、きっと当たり前に知っていたような知識すらも満足に得られないまま、彼は幼いときに大魔境で暮らすことを強いられた。
森の外を知らなさすぎる。人間についても、それ以外についても。
「・・・?知ぅ?うん、知やないこと、たーくさん!ママもね、たくさん見ておいでーって言ったのよ。だかや、たぁくさん見て、かぇゆのよ。」
小さめのクッションを抱き締めるように持ち、にこりと笑う。
「それなら、ルートニアス領で学びましょう。」
「・・・まな、び?なに?」
「お勉強です。人間について、人の暮らしについて、お教えさせてください、ヒー様?」
「教えてくぇうの?ありがとう!言葉は、リーナが教えてくぇうんよ。でも、いろんなこと、もっと知りたいな、の気持ちよ。」
うんうん、と学べることへの楽しみに、頬を桃色にさせる。
「あらあら、そうなると、私だけでは役不足でしょうか?」
リーナは首をかしげて困ったわー、と唸る。
「はは。心配するな。ハクライで神水を手に入れたら、城に向かう。
そこでゆっくりと過ごそう。退職したばかりのウチの家庭教師がいるのでな。」
「ぉしろー?なぁに?」
「フォレン様のお家ですよ、おっきいんですよぉー、エンブルグ皇国でも屈指の美しい湖上のお城ですぅ♪」
「こじょ?んー。リーナ、むつかしぃ!!!」
「あら。そうですねぇ、キラキラのお水の上に、とても大きな建物がたっています。
絵のような美しさだと言われて、有名なんですよ!」
(ふぅん??ママのお仕事場の、泉みたいなのかなぁ?)
ヒースヴェルトは、ディーテの住まう世界を何度か幻影で見せて貰ったことがある。
美しい世界で、虹色の花が咲き乱れ、空からも絶えず光の粒と花弁が風に舞う、人間の住む場所とは比べ物にならない程に神々しい世界。ディーテの他にも、神と名乗る者がいる場所。
ディーテは言った。
ここも、余が創った世界である、と。
自分のママは、本当に全てを創造する神であるのだと、幼いながらに尊敬し、ひどく憧れたものだ。
(でも、ぼくは人間、だから。
ママのようには、なれない。ママのところへは、行けないの。
そうしたら、いつかはこっちで、生きていかないとならなくなるの。)
だからこそ、知りたかった。六十日という長めのお散歩猶予期間は、その為なのだと、ヒースヴェルトは自分なりに考えていた。
神力を扱う人間など、この世に存在しないことなど、気づきもせずに。
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