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43.軍事機密(6)

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「そんなに怯えるなら何故やった。スパイでもないんだろ。本当に事故でここに来たんなら、余計なことしないのが身のためだ。あの男、穏健派で優しそうに見えるだろうが――実際あんたには優しいんだろう――あれでもここの海軍のトップに上り詰めた男だぞ。無駄に人死にを出すのをよしとしないだけで、非情な判断もできる男だ」

真剣に聞いている様子のシルヴィアを見て、「脅かすのはこれくらいで十分か」と考えて、再度窘める。

「俺も、他のヤツもわざわざ御注進したりはしない。数日中にばれることもないだろうが、無事に帰りたいなら、今後はおとなしくしとくんだな」
 「はい」
「まあ、閣下も早期の講和を望んでいるようだからな。そもそも今日アンタをここに連れてきたのが閣下だからなぁ……どこまであの方の想定範囲なのかはわからんな」

話しながら、シルヴィアに身体を向け、正面から彼女を見据える。

「乗っていた船が海賊に襲われて、その海賊が共和国領海に、っていう話だったか。民間船に乗っていたってのは解せないが……あんた、ヴァレリオの関係者か」

 急に振られた話題に驚きはしたものの、シルヴィアもここで顔色や表情を変えたりはしない。

「ヴァレリオ……ロッシ卿のことですか。なぜ?」
「おいおいおい。そんなナリしてしらばっくれようってんなら無理だぜ。魔力持ちでその瞳、間違いなくロッシの血筋だ」
 
口調と態度が砕けるほど、話の内容が危うくなり、シルヴィアは努めて表情を固定する。

「そうでしょうか。魔力があることと貴族であることがどんなときでもイコールとは限らないのでは」
「まあな、届出がない非嫡出子とか?だが、アンタはどっからどうみても貴族だよ」

まだ気持ちを残している故郷の、恐らく友の血縁者である少女の力になりたいと思っていたはずが、つい、虚勢を張る小動物を軽くいたぶるような愉しみが出てきてしまう。

「ヴァレリオが認知しないとは思えないからなぁ…分家のどっかか?それとも優秀なご子息殿が、どこぞで子供でも作っちまったか」

ニヤニヤ、とシルヴィアの顔色を伺うが、シルヴィアは意地でも表情に出さない。先ほどから遊ばれているのも感じるので、少し驚かせたくなる。

「アルドゥア辺境伯様」
 
 お、とヴォルフが面白そうに肩を揺らす。

「気がついていたのか」
「はい。ロッシ卿があなたを守れなかったと、それは悔やんでおりました」
「ロッシ卿、ね。そうか、悔やんでたか」
 
 先ほど窓から山の方を見ていたときのように、遠くの何かを思い出すような色を浮かべてヴォルフの目は、今シルヴィアを映していない。
結果的に、先ほどのヴォルフの問いを肯定したことになるが、相手はほぼ確信しているようだし、兄の後悔を伝えたかった。今後二人が会える可能性は低い。

「そういや、もう一つあったな。あまりに目立ちすぎてて盲点だった」

もう一度その目にシルヴィアを映したヴォルフがにやりと笑う。警戒したシルヴィアが思わず身構える。

「なんのことです?」
「貴族じゃない魔力持ち、の話だよ」

 今までで一番人の悪そうな笑みを浮かべて、ヴォルフが言う。
 
「陛下を、貴族とは言わねえよなぁ」
 
 「皇帝陛下」ではなく「陛下」とだけ表したヴォルフの意図はシルヴィアに明確に伝わる。

「と、するとだ。公示してないってのがなんか訳アリだな。民間船に乗ってたのもそこらへんの事情か?あ~いいいい、そんなことに首をつっこみたいわけじゃねえんだ。だがな、それなら一層のこと、おとなしくしとけ。アンタが無事に帰ることが、帝国と共和国の和平の鍵だぞ。身体をはって講和条約締結を阻止したいわけじゃないんだろ」
 
本心からの忠告に、表情を緩めたシルヴィアは再度謝罪と感謝を述べて、フリッツのところへと戻った。



「まさか、あれがアウグスト帝退位の理由だったりしてな」

シルヴィアの後姿を見送ったヴォルフが、親友の息子バルトロメオその盟友カルロの姿を思い浮かべて呟いた。



 それから間をおかず、帝国―共和国間で、捕虜の引渡しが決定する。
 
 帝国との講和を急ぎたい大統領と海軍大将でありアンジェリーナ監視の責任者であるフリッツの意向によるところが大きい今回の決定は、最小限の関係者にのみ、その決定と日程が知らされるものとなった。
 講和反対派との調整はあえて行わないことでスピードを重視。受け渡しの日程や場所については緘口令が敷かれ、当のシルヴィアやアッシュにも知らされなかった。

 
 
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