43 / 45
42.軍事機密(5)
しおりを挟む
「ついさっき、情報が新しく入ってね。皇帝の成婚についてのなんらかの発表が、近々あるらしい。まだ帝国内にも知られていない情報らしいが――アンジェ?」
話を聞いているシルヴィアが、大きく目を見開いて驚きを表したあと、その瞳を昏く翳らせる。続く情報への前振りとして軽く告げた話題が、想定外の反応を引き出してしまったフリッツが言葉を途切れさせる。
「どうしたの?皇帝に憧れてた?」と茶化しては見るが、フリッツもシルヴィアの表情が、憧れの王子様が結婚してしまうというショックにしては深刻そうだとわかっている。
何とかして無事に帰らなくては、帝国のために――
そう思っていたけれど、私とカルロの婚姻はお兄様と教会のごく一部の人間しか知らない。共和国との和平を望むのであれば、たとえ私が戻らなくても、何事もなかったことにして講和を結ぶことができる。皇后などいなかったし、そもそもロッシ家に娘はいない――
考えこんでしまったシルヴィアの意識を逸らすように、フリッツが話を続ける。
「こっちが本題だったんだけど、君たちの引渡しについての交渉が本格的に始まりそうだ」
告げられた言葉にはっとしてフリッツの顔を見上げる。
「帝国側は交渉に随分前のめりでね。逆に少し不安になるくらいだよ」
ぼやき混じりに続いた言葉を聞いて、シルヴィアは考え方を改める。
自分とは違う誰かとの結婚話かと思ったけれど、そうじゃない。共和国との講和条件が不利になっても、早期の帰国を実現させようとしてくれているのだ。事態が進展しなければ、結婚を発表することで私の立場を共和国に知らしめようとしている。私への対応によっては、もう一度全面戦争を辞さないと。
表情が変わったシルヴィアに、フリッツがほっと息をつく。
「身体が大丈夫そうなら、そろそろ帰ろう。ヴォルフが心配していたから、ちょっと声をかけてあげるといい」
フリッツに促されたシルヴィアが、医務室を出て探すと、すぐ目の前の廊下の突き当たりで煙草をふかしているヴォルフを見つける。
「ヴォルフ様。先ほどは助けていただいてありがとうございました。それから……壊してしまって、申し訳ありませんでした」
「ふん、わざとやっておいて白々しい」
近寄ってきたシルヴィアをちらりと一瞥すると、また窓の外を向いて煙を吐き出す。
「魔力切れ、ねぇ……」
窓の外、遠く連なる山の彼方を見るようにしながら呟かれた含みのあるそれを、シルヴィアは受け流すことにする。
「亡命者の中には、亡命が本意ではなかった方も居ると噂に聞いております。ヴォルフ様は帝国に戻りたい、とは?」
さらっと話題を変えたシルヴィアに、少し興味を惹かれたようで、ヴォルフはシルヴィアに視線を向ける。
「ここで、そうだと答えたら、そのまま大将殿に筒抜けで、俺は処刑、って寸法か?」
「いえ、そのようなことは……証明は、できませんけれど」
「ふ、冗談だ。どちらかといえば、チクられてまずいのはあんたのほうだ。違うか?」
あっと言う間に戻った話題に、シルヴィアの眉がピクリと動く。
「魔力持ちが少ないからばれないとでも思ってたのか?俺と、あと何人かは、お前が何をしていた気がついていたぞ」
あんなあちこちに無駄な魔力這わせてれば、見るやつが見りゃわかる。と、ヴォルフが続ける。
飛行機の爆破についてはフリッツに知られていることは承知していたが、魔力で内部構造を探っていたことまでばれているとは思っていなかったシルヴィアは、今更怖くなる。
青い顔をして指先を震わせるシルヴィアを見て、ヴォルフがこれ見よがしにため息をついた。
話を聞いているシルヴィアが、大きく目を見開いて驚きを表したあと、その瞳を昏く翳らせる。続く情報への前振りとして軽く告げた話題が、想定外の反応を引き出してしまったフリッツが言葉を途切れさせる。
「どうしたの?皇帝に憧れてた?」と茶化しては見るが、フリッツもシルヴィアの表情が、憧れの王子様が結婚してしまうというショックにしては深刻そうだとわかっている。
何とかして無事に帰らなくては、帝国のために――
そう思っていたけれど、私とカルロの婚姻はお兄様と教会のごく一部の人間しか知らない。共和国との和平を望むのであれば、たとえ私が戻らなくても、何事もなかったことにして講和を結ぶことができる。皇后などいなかったし、そもそもロッシ家に娘はいない――
考えこんでしまったシルヴィアの意識を逸らすように、フリッツが話を続ける。
「こっちが本題だったんだけど、君たちの引渡しについての交渉が本格的に始まりそうだ」
告げられた言葉にはっとしてフリッツの顔を見上げる。
「帝国側は交渉に随分前のめりでね。逆に少し不安になるくらいだよ」
ぼやき混じりに続いた言葉を聞いて、シルヴィアは考え方を改める。
自分とは違う誰かとの結婚話かと思ったけれど、そうじゃない。共和国との講和条件が不利になっても、早期の帰国を実現させようとしてくれているのだ。事態が進展しなければ、結婚を発表することで私の立場を共和国に知らしめようとしている。私への対応によっては、もう一度全面戦争を辞さないと。
表情が変わったシルヴィアに、フリッツがほっと息をつく。
「身体が大丈夫そうなら、そろそろ帰ろう。ヴォルフが心配していたから、ちょっと声をかけてあげるといい」
フリッツに促されたシルヴィアが、医務室を出て探すと、すぐ目の前の廊下の突き当たりで煙草をふかしているヴォルフを見つける。
「ヴォルフ様。先ほどは助けていただいてありがとうございました。それから……壊してしまって、申し訳ありませんでした」
「ふん、わざとやっておいて白々しい」
近寄ってきたシルヴィアをちらりと一瞥すると、また窓の外を向いて煙を吐き出す。
「魔力切れ、ねぇ……」
窓の外、遠く連なる山の彼方を見るようにしながら呟かれた含みのあるそれを、シルヴィアは受け流すことにする。
「亡命者の中には、亡命が本意ではなかった方も居ると噂に聞いております。ヴォルフ様は帝国に戻りたい、とは?」
さらっと話題を変えたシルヴィアに、少し興味を惹かれたようで、ヴォルフはシルヴィアに視線を向ける。
「ここで、そうだと答えたら、そのまま大将殿に筒抜けで、俺は処刑、って寸法か?」
「いえ、そのようなことは……証明は、できませんけれど」
「ふ、冗談だ。どちらかといえば、チクられてまずいのはあんたのほうだ。違うか?」
あっと言う間に戻った話題に、シルヴィアの眉がピクリと動く。
「魔力持ちが少ないからばれないとでも思ってたのか?俺と、あと何人かは、お前が何をしていた気がついていたぞ」
あんなあちこちに無駄な魔力這わせてれば、見るやつが見りゃわかる。と、ヴォルフが続ける。
飛行機の爆破についてはフリッツに知られていることは承知していたが、魔力で内部構造を探っていたことまでばれているとは思っていなかったシルヴィアは、今更怖くなる。
青い顔をして指先を震わせるシルヴィアを見て、ヴォルフがこれ見よがしにため息をついた。
0
お気に入りに追加
299
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。
お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました
蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。
家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。
アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。
閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。
養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。
※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる