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41.軍事機密(4)

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 医務室のベッドで眠るシルヴィアを、フリッツは壁にもたれながら見下ろす。
 正直、シルヴィアがここまでやるとは想定外だったし、魔力量に関しても想定の範囲を超えていた。フリッツが狙ったのはシルヴィア帰国後の穏便な情報リークと、亡命貴族の集まりに放り込むことで、亡命貴族が何かことを起こすほうだった。ヴォルフはその筆頭で、もしシルヴィアが帝国の現王朝に近いところにいるならば、未だ帝国に心を残している様子のヴォルフがなにかしら無理をするのではないかと思ったのだ。
 蓋を開けてみれば、ヴォルフが動くより先にシルヴィアがやったわけで、その思い切りの良さには驚くばかりだ。

 フリッツが求めるのは共和国の勝利ではない。

 シルヴィアの睫毛が小さく動いて、その目覚めをフリッツに告げる。
 ゆっくりと目を開けたシルヴィアの視線が自分を捕らえる前に、声をかける。

 「アンジェ、具合はどう?魔力切れだって聞いたけど――」

 フリッツの声にびくっと反応して、飛び起きるように身体を起こしたシルヴィアが、謝罪と共に頭を下げる。

 「フリッツ様、あの、私――」
 
 何に対する謝罪なのかを言わないまま謝罪の言葉を述べた。頭を下げたままのシルヴィアの手は小刻みに震えている。その様子に『仕方ないな』とでも言うように表情を緩ませながら傍に寄ったフリッツが、彼女の肩に手をおいて、落ち着かせるように優しく叩く。

 「大丈夫。今回のことは、実験中の事故で処理する。開発にも行き詰っていたみたいだし、壊れたことを勘定に入れても、進展だよ」

 事故で処理する、という言い方に、事故ではないという確信を感じ取ったシルヴィアがパッと顔を上げた。
 正念場だ、とシルヴィアは思う。どこまで気が付かれていて、どこがバレていないのか。敵国の将軍ではあるが、恩人と言って差し支えないフリッツに対して不義理だと思いつつも、口にすべき言葉を必死で考える。不安げな表情になるのは演技だけではない。

 「あれ、やっぱりわざとだった?」
 「……ごめんなさい。あれが実用化されたら、と思うと、怖くて」

 嘘ではない。本心からそう思っているが、それが全てではない。
 目が合ったら全てバレてしまう気がして、ぎゅっと目を閉じたシルヴィアの額を、ふっと笑ったフリッツが、トン、とつつく。

 「ダメだよ、最後まで誤魔化してくれないと」
 
 フリッツの態度では、どこまで誤魔化されてくれたのか、どこまで承知しているのか、シルヴィアには読み取れなかった。たたき上げで大将にまで上り詰めた人物と駆け引きをするなんて身の程知らずだったかもしれない。

 上昇と飛行は魔力量の影響が大きいが、着陸はそのコントロールが物を言う。だから、シルヴィアが持ち上げた機体を、研究員が着陸させることが出来たのだ。
 シルヴィアは、自分が持ち上げたときの周りの反応を見て新しいデータを共和国に提供してしまったことを悟り、ヴォルフの介入直前でメインの仕組みをその魔力で暴発させたのだった。

「あの、フリッツ様は、あれを実用化して戦争に勝とうとは思われないのですか?」
 
 あそこまで出来上がっているのなら、実用化にこぎつけるまで平和条約締結を阻止したいと考えるものではないのか。と、おずおずと切り出したシルヴィアに、フリッツが軽く目を見開く。

 「勝つ、ね。勝つ、をどちらかの無条件降伏、と定義するなら、それはかなり困難だ。本土攻撃は不可欠だろうが、どちらも国が大きい。体力がある故に互いに首都が直接攻撃でもされないと無条件降伏とまではいかないだろうね。あれを実用化したとして、帝国がそれを易々と許すとは思えない。逆もね。今まで何度もしているように、互いの領土をいくばくか切り取るくらいのことはできるだろうけど、そこまでだ。互いの被害が大きくなるだけでメリットは小さい。今回進めているように、講和を結ぶのが現実的だよ。完全勝利――帝国側の無条件降伏を夢見ている連中は多いけれど、長く続く戦争で軍も国民も疲弊している。あれの開発成功は、講和に悪い影響を及ぼすだろう。条約締結目前に、そんな横槍は勘弁だね」
 
 提督府内でさえない、軍の研究施設内でするには大分危うい発言だ。まるで開発を進めたくないように聞こえる。

 「では、そのために私を……?」
 「多少はそれも。現状、帝国に有利な状態だから、この情報を君に持って帰ってもらうことでそちらのお偉いさんに情けを乞おうと思ってね」

 どこまでが冗談でどこからが本気か悟らせない軽さでフリッツが言う。「でもまさか、君がここまでするとは思ってなかったよ」と悪戯っぽく睨んでみせるフリッツに、再度謝罪を試みたシルヴィアを、フリッツが身振りで制した。

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