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40.軍事機密(3)
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「個別設計していないのですか?それでは効率が――」
艦船を動かすために使う魔力は膨大だ。だから、ある程度それを動かす人間の魔力に合わせて調節した設計がされる。帝国軍の旗艦は司令官個人に与えられ、それはすなわちその司令官用に完全に設計・設定がされた艦であることを表す。
魔力はそれぞれに違った特徴をもつので、個別の設計がされていないと無駄に消費される分が多くて戦闘どころではない
緊急避難的に複数人で魔力供給を行うことはあるが、初めから何人もの魔力を受け入れる設計など、無駄が多すぎて使い物になるとは思えない。
自分ではない別人用の設計であっても、複数人の魔力を受け入れる設計よりはまだ良い方だ。
「一人の魔力ではとても足りないんだよ。最近は、亡命しようって貴族が少ない上に、潤沢な魔力がありゃ帝国を離れたくはない。内乱で、もっと高位の貴族が亡命してくるかと思ったが……皇帝陛下はそんな甘いことを許す方ではなかったな」
亡命の隙を与えず、内乱に加担した貴族を粛清したカルロへの非難を含む言い方だ。
「わかりました。ですが、魔力のサポートは不要です。私一人で」
混ざる魔力が増えれば増えるほど、流した魔力を辿って構造を理解するのは難しくなる。
シルヴィアの真意を知ってか知らずか、一歩下がって手を出さないことを表したヴォルフが、周りの研究員にも手を出さないよう視線を送る。
シルヴィアが、ゆっくりと魔力を供給し始める。
領地内への魔力供給は、貴族の義務として行うけれど、ヴォルフが言っていたように艦船等特殊な魔力の使い方は、一般の貴族子女は行わないし訓練もしない。シルヴィアは、兄たちが戦争に行ってから、共和国共通語の勉強とともに、バルトロメオが使っていた訓練器具を使った魔力供給の訓練をこっそり行っていた。そのため、恐らく魔力の回路としては艦船を参考にしているであろう目の前の機体についても、ある程度は動かせるだろうと思っていた。
しかし、実際に乗り込まずに遠隔で魔力供給をするのはロスが大きい。その上汎用タイプの設定とあって、構造を探りながらのそれは想定以上に急激な魔力消費だった。
機体がぴくりとも動かないうちに既に魔力切れの兆候を見せているシルヴィアに、声がかかる。
「おい、時間かけすぎだ」
「大丈夫です。黙って」
ヴォルフの声かけに集中を乱されたシルヴィアは言葉を取り繕うこともできない。
ようやく全体の構造を把握できて、魔力出力が落ち着いたシルヴィアが機体を浮かすと、周囲がどよめく。
「おい、よせ」
数mほど機体を浮かせた段階でよろめいたシルヴィアを、ヴォルフが制止する。しかし、シルヴィアはそのまま20mほどまで機体を上昇させ続けた。
意図しない急激な魔力切れは負荷が大きすぎる
艦船を動かすような場合には当然魔力切れの対処も訓練するものだが、シルヴィアは家での独学でそこまでの経験はない。
着陸させる前に倒れる、と予測したヴォルフが、慌てて横に立って魔力を供給する。
――瞬間、爆発音がして浮いていた機体の胴体部から煙が上がる。
「てめえ……っ!」
隣のシルヴィアを怒鳴りつけようとしたヴォルフが、意識を失って倒れる寸前の彼女を見て舌打ちする。片手にシルヴィアを支えて、上空でバランスを崩した機体に魔力を注いで着陸を試みる。
「おまえらも手伝え!」
周りの魔力持ちの研究員に怒鳴りつけると、それぞれから魔力が供給され、機体は墜落を免れ着陸に成功する。何とか機体以外の被害を出さず、胴体の一部を焼いただけで済んだ。
「閣下!」
シルヴィアを抱えたヴォルフが、この状況でなんら焦りを見せずに状況を観察していたフリッツに叫ぶ。
「彼女を医務室へ。ヴォルフ、今のは彼女が?」
他の所員によって医務室に運ばれるシルヴィアを見送って、フリッツがヴォルフに問いかける。
「……いえ、彼女が一人で制御しているところに急に割り込んだので、一部分に魔力が集中して焼ききれたのだと。申し訳ありません。初めから複数人で行うべきでした」
フリッツはそれには言葉を返さず、頭を下げるヴォルフを興味深げに観察する。
「実験中の事故で処理する。その方針で報告書を」
「承知いたしました」
頭を下げたまま、ヴォルフは答えた。
艦船を動かすために使う魔力は膨大だ。だから、ある程度それを動かす人間の魔力に合わせて調節した設計がされる。帝国軍の旗艦は司令官個人に与えられ、それはすなわちその司令官用に完全に設計・設定がされた艦であることを表す。
魔力はそれぞれに違った特徴をもつので、個別の設計がされていないと無駄に消費される分が多くて戦闘どころではない
緊急避難的に複数人で魔力供給を行うことはあるが、初めから何人もの魔力を受け入れる設計など、無駄が多すぎて使い物になるとは思えない。
自分ではない別人用の設計であっても、複数人の魔力を受け入れる設計よりはまだ良い方だ。
「一人の魔力ではとても足りないんだよ。最近は、亡命しようって貴族が少ない上に、潤沢な魔力がありゃ帝国を離れたくはない。内乱で、もっと高位の貴族が亡命してくるかと思ったが……皇帝陛下はそんな甘いことを許す方ではなかったな」
亡命の隙を与えず、内乱に加担した貴族を粛清したカルロへの非難を含む言い方だ。
「わかりました。ですが、魔力のサポートは不要です。私一人で」
混ざる魔力が増えれば増えるほど、流した魔力を辿って構造を理解するのは難しくなる。
シルヴィアの真意を知ってか知らずか、一歩下がって手を出さないことを表したヴォルフが、周りの研究員にも手を出さないよう視線を送る。
シルヴィアが、ゆっくりと魔力を供給し始める。
領地内への魔力供給は、貴族の義務として行うけれど、ヴォルフが言っていたように艦船等特殊な魔力の使い方は、一般の貴族子女は行わないし訓練もしない。シルヴィアは、兄たちが戦争に行ってから、共和国共通語の勉強とともに、バルトロメオが使っていた訓練器具を使った魔力供給の訓練をこっそり行っていた。そのため、恐らく魔力の回路としては艦船を参考にしているであろう目の前の機体についても、ある程度は動かせるだろうと思っていた。
しかし、実際に乗り込まずに遠隔で魔力供給をするのはロスが大きい。その上汎用タイプの設定とあって、構造を探りながらのそれは想定以上に急激な魔力消費だった。
機体がぴくりとも動かないうちに既に魔力切れの兆候を見せているシルヴィアに、声がかかる。
「おい、時間かけすぎだ」
「大丈夫です。黙って」
ヴォルフの声かけに集中を乱されたシルヴィアは言葉を取り繕うこともできない。
ようやく全体の構造を把握できて、魔力出力が落ち着いたシルヴィアが機体を浮かすと、周囲がどよめく。
「おい、よせ」
数mほど機体を浮かせた段階でよろめいたシルヴィアを、ヴォルフが制止する。しかし、シルヴィアはそのまま20mほどまで機体を上昇させ続けた。
意図しない急激な魔力切れは負荷が大きすぎる
艦船を動かすような場合には当然魔力切れの対処も訓練するものだが、シルヴィアは家での独学でそこまでの経験はない。
着陸させる前に倒れる、と予測したヴォルフが、慌てて横に立って魔力を供給する。
――瞬間、爆発音がして浮いていた機体の胴体部から煙が上がる。
「てめえ……っ!」
隣のシルヴィアを怒鳴りつけようとしたヴォルフが、意識を失って倒れる寸前の彼女を見て舌打ちする。片手にシルヴィアを支えて、上空でバランスを崩した機体に魔力を注いで着陸を試みる。
「おまえらも手伝え!」
周りの魔力持ちの研究員に怒鳴りつけると、それぞれから魔力が供給され、機体は墜落を免れ着陸に成功する。何とか機体以外の被害を出さず、胴体の一部を焼いただけで済んだ。
「閣下!」
シルヴィアを抱えたヴォルフが、この状況でなんら焦りを見せずに状況を観察していたフリッツに叫ぶ。
「彼女を医務室へ。ヴォルフ、今のは彼女が?」
他の所員によって医務室に運ばれるシルヴィアを見送って、フリッツがヴォルフに問いかける。
「……いえ、彼女が一人で制御しているところに急に割り込んだので、一部分に魔力が集中して焼ききれたのだと。申し訳ありません。初めから複数人で行うべきでした」
フリッツはそれには言葉を返さず、頭を下げるヴォルフを興味深げに観察する。
「実験中の事故で処理する。その方針で報告書を」
「承知いたしました」
頭を下げたまま、ヴォルフは答えた。
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