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39.軍事機密(2)

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 飛行機に見入っているシルヴィアから少し下がって、部屋の隅に待機していた人物を呼び寄せる。
 ヴォルフ、と呼ばれたのは、かなり大柄な隻眼の壮年男性でこの研究所で亡命者のまとめ役をしているという。魔力持ちということは、当然、元帝国貴族ということだ。

 「これは、今話題の捕虜のご令嬢ですかね。なんでまたここに?」
 「話題に、なってるかい?それは困ったな」
 
 およそ困っているようには見えない態度で、フリッツが言う。
 シルヴィアを検分させたのは、ここの亡命貴族だったからある程度は話が広まっているのは織り込み済みだ。

 「研究も行き詰っているようだし、魔力のことなら帝国の民がブレイクスルーを与えてくれるかもしれない、と思ってね」

 フリッツの言葉に、ヴォルフが鼻で笑う。

 「進まない研究に当てこすりですかい。いくら魔力持ちでも、帝国の女子供じゃ話しになりませんよ。艦船なんかを扱うような魔力の出し方はそれなりの訓練が必要なんでね」
 「まあ、彼女は貴族ではないらしいからね、魔力そのものをあてにしてるわけじゃないんだけど」
 
 ヴォルフが眉をひそめる。

 「貴族じゃない、だって?」
 「本人はそういってる」
 「――魔力測定は?」
 「そんな機械もの、うちにあるとでも?」

 ヴォルフがさらに顔をしかめる。

 「そんな戯言信じたのか?」
 「さあね。まあ、追求する必要性も感じなかっただけさ」

 飄々としたままのフリッツに、それ以上言い募ることを止めたヴォルフは、シルヴィアに近づき声をかける。

 「ヴォルフだ。帝国での名は捨てた。あんたにとっちゃ裏切り者だろうが、説明聞く気はあるかい?」
 
 ヴォルフ、というおよそ帝国的ではない名前は亡命した際に新たにつけたものなのだろう。共和国的な響きにも思えないけれど、とシルヴィアは思うが、名前の由来などを尋ねる雰囲気でもない。

 「ヴォルフ様。アンジェリーナ・ディ・アズーロです。もちろん、興味があります、お話、聞かせてください」

 フリッツから許可されているレベルでの説明をしながら、ヴォルフは熱心に機体を観察するシルヴィアを見つめる。時折機体に手を伸ばし、触れる前に引っ込めるのは、魔力を流して確認したいと思っているからだろう。
 ちらりとフリッツを伺うと、小さな動きで許可を示している。

 「やってみるか?」
 「今なんと?」
 「あんたが動かしてみるか、と聞いている」
 「まさか、私は――」
 「貴族じゃない、なんて嘘、閣下が信じていると思うのか。共和国の軍事機密に触れる機会なんて、もう二度とないぞ」

 内緒話のように耳元で囁かれた言葉にはっとして、ヴォルフを見上げる。
 ルーポ・ディ・アルドゥア。隻眼の大男で、アルドゥアの狼と呼ばれていた、北の海の異民族の血が入っているというアルドゥア辺境伯。懇意にしていた侯爵によって内乱に巻き込まれたけれど、バルトロメオとの敵対を避けて亡命したという。
 シルヴィアは直接顔を見たことはなかったけれど、兄がその名を口にして、守れなかったと悔やんでいたのを覚えている。

 罠か、それとも今でも帝国への忠心があるということか。
 シルヴィアには見極められないが、この機会を逃せば二度とないのは分かる。フリッツが止めるところまでやってみよう。

 「貴族ではありませんが、やります」
 「強情だなあ、おい」

 肩を竦めたヴォルフが魔力供給のためのコントロール版を示す。

 「あんた、艦船に魔力供給したことは?」
 「あるわけないじゃないですか」
 「それもそうか。じゃあ、俺達もサポートとして魔力を供給する」
 
 その言葉に、シルヴィアがぎょっとしてヴォルフを見上げた。
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