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37.帝国にて(8)
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1曲目が流れる。
スラングが多く、過激な表現にバルトロメオの眉がピクリと動く。カルロは表情を動かさずに真剣に聞き入っている。
帝国男性からしたら、女性が口にするには聞くに堪えない下品さではあるが、内容を意訳して許容範囲の帝国語に変換すれば、聞けないこともない。
『私のほうが相応しい』とビアンカに言われた――とシルヴィアは言っていたのではなかったか。
2曲目に入り、改めてその「連名」が表示される。
「アンジェ・ダルジェント」
二人がシルヴィアを思い浮かべるのには十分な名前だったが、1曲目の内容の過激さにどちらも言葉が出ない。
2曲目も――1曲目以上の真剣さで聞いていたカルロが、軽く目を見開く。これが、もしシルヴィアが関与しているのだとしたら。
たとえ恋愛感情はなかったとしても、同志として、皇后として隣に立つと、そう言ってくれているように聞こえる。
「バルトロメオ、どう思う?」
「これがシルヴィアだとしたら、戻ったら本気で躾けなおします」
バルトロメオは不快感を隠さずに言う。
「仮にシルヴィアだとしたら、歌詞に出てくるのはビアンカ嬢ですか。……まあ、さもありなん、という感じですね。彼女がいい性格しているのはあなたもご存知でしょう?」
シルヴィアから言われるまで、ビアンカについてほとんど知らなかったカルロは、同意を求められても答えられない。
「知らないのですか。ほんとに周りの女性を見ていませんね、あなた。天使だなんだと騒いでいたわりに、碌に調べもしなかったんですか?私のほうは調べてしまったというのに」
すっかり友人同士の口調になっているバルトロメオは呆れた様子を隠さない。
「まあ、あなたに似ていなくもないので、そういう意味で興味をひいたのかと思いましたけど。外面は天使といえなくもないし」
「中身が俺だと天使じゃないのか」
「そりゃそうでしょう。戦場に出れば連戦連勝、相手が誰であろうと無慈悲な覇者のどこをどうとったら天使だと?」
わかったよ、と首を振ったカルロは、もう一度視線をヴィジョンに戻す。
「そうか。俺はこれがシルヴィアだったらいいと思っている」
思いの外真剣なカルロの声音に、バルトロメオはおや、と表情を変える。
もし、これがシルヴィアだったとしたら。
いつも横にいて同じ遊びをしてきたのに、いつからか後ろへ庇う相手だと思っていた。守りたくて囲い込んだのに、拒絶を恐れて気持ちを伝えることもしなかった。せめて今までどおりの関係は続けられると思っていたのに、傍に置いたことで今までどおりでいられなくなったのは自分の方だった。この数日で散々後悔をしてきたが、もし、この歌の様に、ルヴィがまだ隣にいてもいいと思ってくれているなら。
欲しい物は必ず手に入れる 邪魔するものは許さない そうやって皇帝にまで上り詰めたのに今更何を恐れるのだろう。
「バルトロメオ。共和国に捕虜の早期返還を要求する。足元を見られても構うものか。シルヴィアを取り戻した後、なんとでもしてやる」
「承知しました」
カルロの迷いのない言葉に、バルトロメオが応える。
「それから」とカルロが続ける「結婚を公表する。二週間後だ。裏で準備を進めつつ、共和国側にリークしろ」
「それは」
「今更ダメとは言わないだろう?結婚の立会いの署名はお前がしたんだぞ、バルトロメオ」
「ダメとは言っていませんが、シルヴィアに想う相手が出来たら別れる約束では?」
バルトロメオ自身は特にその約束にこだわりはない。どうやら反故にする様子のその約束についてどういうつもりなのか気になったのと、現在進行形で振り回されている形のバルトロメオから友へのちょっとした意趣返しだ。
「俺はそこそこ女性にモテる」
「えぇ、存じておりますよ。興味をもたれる度に、うっとおしそうに追い払っておいででしたね。そのせいで余計な敵を作ったりして」
「――っ!! 断るときの態度は途中から改めただろう!」
思わぬ方向から痛いところを突かれたカルロが少々うろたえる。
「それに、そういうお誘いを片っ端からお断りになるから、女性の扱い方がわからない、と」
「だから!いまそういう話をしているんじゃない!!」
くつくつと笑い始めたバルトロメオを、カルロが恨めしげに睨む。
「お前が怒ってるのは良くわかった」
降参、とカルロが両手を顔の横に上げる。
「つまり。全く魅力がないわけではない、と思う」
「えぇ、あなたは魅力的だと思いますよ」
「だから、何とかしてルヴィに好きになってもらう」
「……戦略もなにもあったものではありませんね。まあ、シルヴィアがそれでよいなら、私に異論はありませんよ。がんばってくださいね」
散々茶化しはしたけれど、大抵の場面で自信家な彼が、やっと恋愛方面にもその性質を発揮したようで臣下としては一安心だ。むしろなぜ今まであんなに自信がなかったのか不思議なくらいだ。
共和国とも、多少面倒なやりとりは発生するだろうが、カルロと共にであればそう時間もかけずに落ち着かせられるだろう。兄としては少々複雑ではあるが、落ち着くところに落ち着いてくれるならば良いことだ。
カルロの様子を見ていると、もしかしたらシルヴィアも同じように実はカルロを異性として好いていたのでは、と思わなくもない。
精彩を欠いていたカルロの瞳に、いつもどおりの光が戻ったのをちらりと横目に確めて、バルトロメオは共和国への連絡と、情報リークの段取りを考え始めた。
スラングが多く、過激な表現にバルトロメオの眉がピクリと動く。カルロは表情を動かさずに真剣に聞き入っている。
帝国男性からしたら、女性が口にするには聞くに堪えない下品さではあるが、内容を意訳して許容範囲の帝国語に変換すれば、聞けないこともない。
『私のほうが相応しい』とビアンカに言われた――とシルヴィアは言っていたのではなかったか。
2曲目に入り、改めてその「連名」が表示される。
「アンジェ・ダルジェント」
二人がシルヴィアを思い浮かべるのには十分な名前だったが、1曲目の内容の過激さにどちらも言葉が出ない。
2曲目も――1曲目以上の真剣さで聞いていたカルロが、軽く目を見開く。これが、もしシルヴィアが関与しているのだとしたら。
たとえ恋愛感情はなかったとしても、同志として、皇后として隣に立つと、そう言ってくれているように聞こえる。
「バルトロメオ、どう思う?」
「これがシルヴィアだとしたら、戻ったら本気で躾けなおします」
バルトロメオは不快感を隠さずに言う。
「仮にシルヴィアだとしたら、歌詞に出てくるのはビアンカ嬢ですか。……まあ、さもありなん、という感じですね。彼女がいい性格しているのはあなたもご存知でしょう?」
シルヴィアから言われるまで、ビアンカについてほとんど知らなかったカルロは、同意を求められても答えられない。
「知らないのですか。ほんとに周りの女性を見ていませんね、あなた。天使だなんだと騒いでいたわりに、碌に調べもしなかったんですか?私のほうは調べてしまったというのに」
すっかり友人同士の口調になっているバルトロメオは呆れた様子を隠さない。
「まあ、あなたに似ていなくもないので、そういう意味で興味をひいたのかと思いましたけど。外面は天使といえなくもないし」
「中身が俺だと天使じゃないのか」
「そりゃそうでしょう。戦場に出れば連戦連勝、相手が誰であろうと無慈悲な覇者のどこをどうとったら天使だと?」
わかったよ、と首を振ったカルロは、もう一度視線をヴィジョンに戻す。
「そうか。俺はこれがシルヴィアだったらいいと思っている」
思いの外真剣なカルロの声音に、バルトロメオはおや、と表情を変える。
もし、これがシルヴィアだったとしたら。
いつも横にいて同じ遊びをしてきたのに、いつからか後ろへ庇う相手だと思っていた。守りたくて囲い込んだのに、拒絶を恐れて気持ちを伝えることもしなかった。せめて今までどおりの関係は続けられると思っていたのに、傍に置いたことで今までどおりでいられなくなったのは自分の方だった。この数日で散々後悔をしてきたが、もし、この歌の様に、ルヴィがまだ隣にいてもいいと思ってくれているなら。
欲しい物は必ず手に入れる 邪魔するものは許さない そうやって皇帝にまで上り詰めたのに今更何を恐れるのだろう。
「バルトロメオ。共和国に捕虜の早期返還を要求する。足元を見られても構うものか。シルヴィアを取り戻した後、なんとでもしてやる」
「承知しました」
カルロの迷いのない言葉に、バルトロメオが応える。
「それから」とカルロが続ける「結婚を公表する。二週間後だ。裏で準備を進めつつ、共和国側にリークしろ」
「それは」
「今更ダメとは言わないだろう?結婚の立会いの署名はお前がしたんだぞ、バルトロメオ」
「ダメとは言っていませんが、シルヴィアに想う相手が出来たら別れる約束では?」
バルトロメオ自身は特にその約束にこだわりはない。どうやら反故にする様子のその約束についてどういうつもりなのか気になったのと、現在進行形で振り回されている形のバルトロメオから友へのちょっとした意趣返しだ。
「俺はそこそこ女性にモテる」
「えぇ、存じておりますよ。興味をもたれる度に、うっとおしそうに追い払っておいででしたね。そのせいで余計な敵を作ったりして」
「――っ!! 断るときの態度は途中から改めただろう!」
思わぬ方向から痛いところを突かれたカルロが少々うろたえる。
「それに、そういうお誘いを片っ端からお断りになるから、女性の扱い方がわからない、と」
「だから!いまそういう話をしているんじゃない!!」
くつくつと笑い始めたバルトロメオを、カルロが恨めしげに睨む。
「お前が怒ってるのは良くわかった」
降参、とカルロが両手を顔の横に上げる。
「つまり。全く魅力がないわけではない、と思う」
「えぇ、あなたは魅力的だと思いますよ」
「だから、何とかしてルヴィに好きになってもらう」
「……戦略もなにもあったものではありませんね。まあ、シルヴィアがそれでよいなら、私に異論はありませんよ。がんばってくださいね」
散々茶化しはしたけれど、大抵の場面で自信家な彼が、やっと恋愛方面にもその性質を発揮したようで臣下としては一安心だ。むしろなぜ今まであんなに自信がなかったのか不思議なくらいだ。
共和国とも、多少面倒なやりとりは発生するだろうが、カルロと共にであればそう時間もかけずに落ち着かせられるだろう。兄としては少々複雑ではあるが、落ち着くところに落ち着いてくれるならば良いことだ。
カルロの様子を見ていると、もしかしたらシルヴィアも同じように実はカルロを異性として好いていたのでは、と思わなくもない。
精彩を欠いていたカルロの瞳に、いつもどおりの光が戻ったのをちらりと横目に確めて、バルトロメオは共和国への連絡と、情報リークの段取りを考え始めた。
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