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36.帝国にて(7)
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「ルヴィは素性を明かしていると思うか?」
共和国から提示された捕虜の名簿には、アンジェリーナの名で記載がある。
「いいえ。明かしていればもう少し違った内容になっているでしょう。あの子も一応、帝国への影響は考えられるのでしょう。共和国には何かしら疑念を持たれている、というあたりかと。こちらに探りを入れてきているように思えますが」
「素性を明かしてくれていたほうが、安心できるんだがな」
素性を明かして「帰りたい!」とでも叫んでくれれば、共和国側もそれなりの対応をして、カルロもそれに応えたはずだ。ただし、帝国側の優位を大きく揺るがす形になるのは避けられない。
共和国からの連絡の署名は、フリッツ・クロフォードとなっている。
「クロフォード……確かお前が唯一勝てなかった相手だったか」
「えぇ。海賊を捕縛したのが彼だったのでしょう。シルヴィアが彼の元にあるならば、ある程度は安心かと」
「そのように信用できる男なのか」
「そうですね。無用の殺生は行わないかと。当然、勝利のために最善を尽くすでしょうが、結果が同じであれば最小の犠牲を、という男のように見えます。あまり虚栄心や出世欲もなさそうで、そのあたり、共和国内では敵も多そうですが、逆に人望もあるかと。後々に悪影響を及ぼさない範囲であれば、我々側の人間もむやみに害すことはありません。捕虜交換で戻ってきたものの多くが、彼にとらえられたものでしたよ」
クロフォードに辛酸を舐めさせられたこともあり、直接顔を合わせたことがあるバルトロメオは、ある程度彼のことを調べてある。
「ですから今回も、共和国として講和を望むという方針が決まっていれば、シルヴィアのことは丁重に扱ってくれるでしょう。場合によっては、反対勢力からシルヴィアを守ってさえくれるかと」
「……焦らすのが、いいんだろうな」
長い間をあけて、カルロがぼそりと言う。
共和国に居るのが、シルヴィアでさえなかったら。他の誰であっても、カルロはそうしただろう。交渉の材料にはなりえないとわからせ、現状の優位を維持する。捕虜の返還は講和条約締結後でよい。それどころか、休戦合意を反故にすることさえ選択肢になりうる。
バルトロメオは答えない。カルロが捕虜返還の交渉を先送りにする判断をしたとしても、異議を唱えるつもりはない。
「ルヴィ……」
頭を抱えるようにして呟くカルロの肩に、バルトロメオが手を置く。
「焦らすにしろ、何かしら動くにしろ、一度ゆっくり休むべきです。こうなれば、一日二日で事態が変わることもない。シルヴィアが出て行ってから、碌に休んでいないでしょう」
「――今、なんと?」
「一日二日で事態が変わることも――」
「違う、ヴィジョンだ」
バルトロメオがヴィジョンに視線を向けると、ニュースが終わり国内のエンタメ情報に切り替わっている。映し出された女性歌手の姿を見て、バルトロメオが眉をひそめる。
――共和国の女性の服装は破廉恥すぎて目のやり場に困る。今日び娼婦でもこんなに露出の多い格好はしない
「この歌手が、何か?」
「今、アンジェと聞こえた」
ビジュアルに気をとられていたバルトロメオも、放送の内容に注意を向ける。
どうやら、ミリィという人気歌手が、新曲を二曲同時にリリースしたという話題で、今まで一人で作詞作曲していたところ、初めて連名となり、素性の知れないその人物がだれか、と話題になっているのだという。
アンジェという名前など珍しくもないし、本名とも限らない。それでも、二人はその番組に集中した。
共和国から提示された捕虜の名簿には、アンジェリーナの名で記載がある。
「いいえ。明かしていればもう少し違った内容になっているでしょう。あの子も一応、帝国への影響は考えられるのでしょう。共和国には何かしら疑念を持たれている、というあたりかと。こちらに探りを入れてきているように思えますが」
「素性を明かしてくれていたほうが、安心できるんだがな」
素性を明かして「帰りたい!」とでも叫んでくれれば、共和国側もそれなりの対応をして、カルロもそれに応えたはずだ。ただし、帝国側の優位を大きく揺るがす形になるのは避けられない。
共和国からの連絡の署名は、フリッツ・クロフォードとなっている。
「クロフォード……確かお前が唯一勝てなかった相手だったか」
「えぇ。海賊を捕縛したのが彼だったのでしょう。シルヴィアが彼の元にあるならば、ある程度は安心かと」
「そのように信用できる男なのか」
「そうですね。無用の殺生は行わないかと。当然、勝利のために最善を尽くすでしょうが、結果が同じであれば最小の犠牲を、という男のように見えます。あまり虚栄心や出世欲もなさそうで、そのあたり、共和国内では敵も多そうですが、逆に人望もあるかと。後々に悪影響を及ぼさない範囲であれば、我々側の人間もむやみに害すことはありません。捕虜交換で戻ってきたものの多くが、彼にとらえられたものでしたよ」
クロフォードに辛酸を舐めさせられたこともあり、直接顔を合わせたことがあるバルトロメオは、ある程度彼のことを調べてある。
「ですから今回も、共和国として講和を望むという方針が決まっていれば、シルヴィアのことは丁重に扱ってくれるでしょう。場合によっては、反対勢力からシルヴィアを守ってさえくれるかと」
「……焦らすのが、いいんだろうな」
長い間をあけて、カルロがぼそりと言う。
共和国に居るのが、シルヴィアでさえなかったら。他の誰であっても、カルロはそうしただろう。交渉の材料にはなりえないとわからせ、現状の優位を維持する。捕虜の返還は講和条約締結後でよい。それどころか、休戦合意を反故にすることさえ選択肢になりうる。
バルトロメオは答えない。カルロが捕虜返還の交渉を先送りにする判断をしたとしても、異議を唱えるつもりはない。
「ルヴィ……」
頭を抱えるようにして呟くカルロの肩に、バルトロメオが手を置く。
「焦らすにしろ、何かしら動くにしろ、一度ゆっくり休むべきです。こうなれば、一日二日で事態が変わることもない。シルヴィアが出て行ってから、碌に休んでいないでしょう」
「――今、なんと?」
「一日二日で事態が変わることも――」
「違う、ヴィジョンだ」
バルトロメオがヴィジョンに視線を向けると、ニュースが終わり国内のエンタメ情報に切り替わっている。映し出された女性歌手の姿を見て、バルトロメオが眉をひそめる。
――共和国の女性の服装は破廉恥すぎて目のやり場に困る。今日び娼婦でもこんなに露出の多い格好はしない
「この歌手が、何か?」
「今、アンジェと聞こえた」
ビジュアルに気をとられていたバルトロメオも、放送の内容に注意を向ける。
どうやら、ミリィという人気歌手が、新曲を二曲同時にリリースしたという話題で、今まで一人で作詞作曲していたところ、初めて連名となり、素性の知れないその人物がだれか、と話題になっているのだという。
アンジェという名前など珍しくもないし、本名とも限らない。それでも、二人はその番組に集中した。
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