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35.帝国にて(6)

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「それで、家出して船に乗ったのですか、シルヴィアは」

 喧嘩の経緯を聞いたバルトロメオが呆れたように深くため息を吐く。シルヴィア、カルロ双方に向けられたため息を、カルロが一身に受け止める。

 「シルヴィアの失言はそうでしょうが、あなたも、そこまでの流れはどうにかならなかったんですか。そもそも、結婚しただけでどうして急にこんな――」

 そこではっと口を噤んだバルトロメオが、信じられないものを見た、とでも言うようにカルロを凝視する。

「まさか、本当に好きなのですか?シルヴィアを?」
「初めからそう言っている!」
「いや、言っていませんよ。シルヴィアもわかってないでしょうし、私だって……」

 あなたがこういった方面に疎いのは存じておりましたが、これほどまでとは。自身の鈍さも棚にあげて、バルトロメオは何度目かのため息をつく。くだらない痴話げんかで国を危機にさらさないでほしい、と考えて、目の前に居るのは私情で帝位簒奪まで果たした男であることを思い出した。

 下町での縄張り争いに始まり戦争・内乱、そういった方面に天才的な力を発揮する幼馴染が、文化・恋愛面ではからきしなのは今に始まったことでもない。
 アウグスト帝側の貴族による内乱も、カルロがもう少し貴族連中の情緒面に配慮できたら起きずに済んだかもしれない。結果として不穏分子を一掃したことで、カルロの治世にかなりプラスに働いてはいるが。

 「シルヴィアが戻ったら、ちゃんと話をしてくださいね」
 「……わかっている」




 共和国側の反応は、カルロ達が望むよりも随分と遅かった。戦略として待つことは得意なはずのカルロも、今回ばかりは落ち着かない。
 この件に関してなにもせずにはいられないカルロが、わざわざ海上を経由させた共和国の放送をヴィジョンに映しっぱなしにしている。

 「軍事通信の傍受は別にしているでしょう。民間向けの放送を見てどうするんです」

 民間向けの放送についても、担当官が確認して必要な報告をあげているはずだ。わざわざそのための艦を派遣してまでここでそれを見ようとするカルロに、バルトロメオが言う。

「ルヴィの情報は知らせてないから、担当官では気がつかない情報があるかもしれないし、あっちの世論の状況も見ておきたい。……ルヴィが同じ放送を見ているかもしれないし」

 最後の本音にやれやれ、と息を吐くバルトロメオだったが、カルロがいつになく焦っているのが伝わってくるので自分は冷静で居られるという部分は自覚している。これで、いつもの戦場でのようにカルロが冷静だったら、自分が取り乱してカルロに食ってかかったかもしれない。
 共和国の地方ニュースを読み上げるアナウンサーを横目に、諸島連合の動向を報告しようとバルトロメオがカルロに向き直ったとき、部屋がノックされる。
 

 『賊は捕捉済みであり、すみやかに共和国の法に則って裁かれる予定である。同海賊に捕らわれていた民間人は国籍を問わず保護しており心配は無用である』

 二人へ伝えられた共和国からの返答は、想定どおりであり、期待よりも簡素だった。
 引渡しについての言及はなく、捕虜の中に駆け引きに使える人間が居るのか、こちら側の出方を見ているようだ。 
 休戦しているものの、共和国内では講和反対派が少なくない。現状のままいけば、帝国側に有利な講和条約になりそうなのもその大きな理由だ。共和国の現大統領は講和に積極的だが、国内での反対派を抑えるためにできるだけ有利な条件を引き出したいのだ。
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