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31.足りないもの(2)

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 ミリィやフリッツたちには話さなかったビアンカとの会話がある。

 「ねえ、私がどうして、貴女にこのような態度を取れるか、お分かりになる?貴女がお兄様に今日のことを話すだけで、家が窮地に陥るかもしれないのに」

 シルヴィアの返答がないのを確信して、それでもビアンカは間を取る。

 「貴女がそれをしないと、知っているからよ。貴女の善意を信じているのではないわ。そんな度胸も覚悟もないと、確信しているの。私は、できるわ。陥れることも、諂うことも。家のために、陛下のために。私を皇后とすることが、帝国と陛下のためになる」
 
 それに、と声音をより一層甘くして、ビアンカが囁く。

「そのようなメリットがなくても、陛下は私を好いてくれていらっしゃる。腹心のバルトロメオ様に遠慮して、そうできないだけですわ。父が処分を免れたときも、私のことを気にかけて、今でも気持ちは変わらないと仰ってくださった。」
 
 あの時、ビアンカはどんな顔をしていただろう。カルロなら、そしてビアンカも逆の立場なら、きっとああいう場面でも相手や周りの様子をしっかり伺っていただろう――しかるべきタイミングでの反撃のために。
 カルロとビアンカは似ている――と思い返してシルヴィアは思う。的確に相手の弱点を見抜く洞察力とそれをあっさり口にする口の悪さ(と度胸)はそっくりだ。そして、そうではないときの外面の良さも。

「覚悟が足りない」

 小さく、口に出して呟いてみる。
 後ろ向きな思いに捕らわれそうになって、ミリィの歌を思い出す。

 「カルロが見てないものを見る――」

 私に出来ることがあるだろうか。
 たとえ、カルロにとって恋愛対象じゃなくたって、同士になることはできる。
 共和国で出会った人たち、魔力を必要としない仕組み。少なくとも、帝国の貴族令嬢に、共和国での経験などあるわけがない。
 
 ここで、できるだけのことを吸収して帰ろう。そのくらいのことで、ビアンカとの差が埋まるとも思えないけれど、ないよりマシだ。
 少し上向いた気持ちにほっとするけれど、すぐにまた別のことを思い出す。

 「でも、顔も見たくないとか言われたし」

 もうすっかり馴染んだクロフォード家のベッドの上で膝を抱えて、シルヴィアは最後に見たカルロの姿を思い浮かべた。


 翌々日、ミリィの宣言どおり、クロフォード邸の音楽室で作られた二曲は、ライブで新曲として紹介され、瞬く間に共和国内で話題になった。
 ミリィ初となる二曲同時リリースと、謎の「アンジェ・ダルジェント」の話題で、共和国のエンタメ業界は暫くにぎわったのだった。 
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