32 / 45
31.足りないもの(2)
しおりを挟む
ミリィやフリッツたちには話さなかったビアンカとの会話がある。
「ねえ、私がどうして、貴女にこのような態度を取れるか、お分かりになる?貴女がお兄様に今日のことを話すだけで、家が窮地に陥るかもしれないのに」
シルヴィアの返答がないのを確信して、それでもビアンカは間を取る。
「貴女がそれをしないと、知っているからよ。貴女の善意を信じているのではないわ。そんな度胸も覚悟もないと、確信しているの。私は、できるわ。陥れることも、諂うことも。家のために、陛下のために。私を皇后とすることが、帝国と陛下のためになる」
それに、と声音をより一層甘くして、ビアンカが囁く。
「そのようなメリットがなくても、陛下は私を好いてくれていらっしゃる。腹心のバルトロメオ様に遠慮して、そうできないだけですわ。父が処分を免れたときも、私のことを気にかけて、今でも気持ちは変わらないと仰ってくださった。」
あの時、ビアンカはどんな顔をしていただろう。カルロなら、そしてビアンカも逆の立場なら、きっとああいう場面でも相手や周りの様子をしっかり伺っていただろう――しかるべきタイミングでの反撃のために。
カルロとビアンカは似ている――と思い返してシルヴィアは思う。的確に相手の弱点を見抜く洞察力とそれをあっさり口にする口の悪さ(と度胸)はそっくりだ。そして、そうではないときの外面の良さも。
「覚悟が足りない」
小さく、口に出して呟いてみる。
後ろ向きな思いに捕らわれそうになって、ミリィの歌を思い出す。
「カルロが見てないものを見る――」
私に出来ることがあるだろうか。
たとえ、カルロにとって恋愛対象じゃなくたって、同士になることはできる。
共和国で出会った人たち、魔力を必要としない仕組み。少なくとも、帝国の貴族令嬢に、共和国での経験などあるわけがない。
ここで、できるだけのことを吸収して帰ろう。そのくらいのことで、ビアンカとの差が埋まるとも思えないけれど、ないよりマシだ。
少し上向いた気持ちにほっとするけれど、すぐにまた別のことを思い出す。
「でも、顔も見たくないとか言われたし」
もうすっかり馴染んだクロフォード家のベッドの上で膝を抱えて、シルヴィアは最後に見たカルロの姿を思い浮かべた。
翌々日、ミリィの宣言どおり、クロフォード邸の音楽室で作られた二曲は、ライブで新曲として紹介され、瞬く間に共和国内で話題になった。
ミリィ初となる二曲同時リリースと、謎の「アンジェ・ダルジェント」の話題で、共和国のエンタメ業界は暫くにぎわったのだった。
「ねえ、私がどうして、貴女にこのような態度を取れるか、お分かりになる?貴女がお兄様に今日のことを話すだけで、家が窮地に陥るかもしれないのに」
シルヴィアの返答がないのを確信して、それでもビアンカは間を取る。
「貴女がそれをしないと、知っているからよ。貴女の善意を信じているのではないわ。そんな度胸も覚悟もないと、確信しているの。私は、できるわ。陥れることも、諂うことも。家のために、陛下のために。私を皇后とすることが、帝国と陛下のためになる」
それに、と声音をより一層甘くして、ビアンカが囁く。
「そのようなメリットがなくても、陛下は私を好いてくれていらっしゃる。腹心のバルトロメオ様に遠慮して、そうできないだけですわ。父が処分を免れたときも、私のことを気にかけて、今でも気持ちは変わらないと仰ってくださった。」
あの時、ビアンカはどんな顔をしていただろう。カルロなら、そしてビアンカも逆の立場なら、きっとああいう場面でも相手や周りの様子をしっかり伺っていただろう――しかるべきタイミングでの反撃のために。
カルロとビアンカは似ている――と思い返してシルヴィアは思う。的確に相手の弱点を見抜く洞察力とそれをあっさり口にする口の悪さ(と度胸)はそっくりだ。そして、そうではないときの外面の良さも。
「覚悟が足りない」
小さく、口に出して呟いてみる。
後ろ向きな思いに捕らわれそうになって、ミリィの歌を思い出す。
「カルロが見てないものを見る――」
私に出来ることがあるだろうか。
たとえ、カルロにとって恋愛対象じゃなくたって、同士になることはできる。
共和国で出会った人たち、魔力を必要としない仕組み。少なくとも、帝国の貴族令嬢に、共和国での経験などあるわけがない。
ここで、できるだけのことを吸収して帰ろう。そのくらいのことで、ビアンカとの差が埋まるとも思えないけれど、ないよりマシだ。
少し上向いた気持ちにほっとするけれど、すぐにまた別のことを思い出す。
「でも、顔も見たくないとか言われたし」
もうすっかり馴染んだクロフォード家のベッドの上で膝を抱えて、シルヴィアは最後に見たカルロの姿を思い浮かべた。
翌々日、ミリィの宣言どおり、クロフォード邸の音楽室で作られた二曲は、ライブで新曲として紹介され、瞬く間に共和国内で話題になった。
ミリィ初となる二曲同時リリースと、謎の「アンジェ・ダルジェント」の話題で、共和国のエンタメ業界は暫くにぎわったのだった。
0
お気に入りに追加
297
あなたにおすすめの小説
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる