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26ミリィ(3)

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 3日後、約束どおりにクロフォード邸を訪れたミリィは、所持品検査の上シルヴィアと二人で音楽室にこもった。ミリィを疑うわけではないが、一応それにあわせてフリッツも帰宅している。
 初めのうちは時折笑い声が上がるだけで静かなものだったのが、途中からはミリィが弾いているのであろうピアノの音色が屋敷の中に響く。
 3時間も二人でこもった上、ミリィのピアノが鳴り止まないうちに、アンジェだけがこそこそと階段を下りてくる。

 「あの、共和国語の辞書を、お借りできませんか」
 「辞書?」
 「はい。こちらの言葉で、少し分からないことがあって」

 そういえば、シルヴィアを迎えた翌日に共和国語と帝国語の辞書を手配しようと思っていたが、彼女が想像以上に共和国語を上手く操るのですっかり忘れていた。

 「ごめん、今はないなぁ。辞書なら明日もってくるよ。でも、わからないことって?」
 「えっと、その……」

 控えめにシルヴィアが口にしたその単語を聞いて、アッシュがマグを取りおとし、フリッツがむせる
  
 「あ、アンジェ、それ……?」
 「やっぱり、あまり良い言葉ではないですか?もしかしてそうかな、と思って調べてみようと……」
 「辞書には載っていないかも。なんていうか、スラングで、意味は、つまり……」
 
 アッシュが助けを求めるようにフリッツを見る。
 フリッツがなんと説明したものか逡巡していると、ピアノの音が止んでミリィが階段を下りてくる。

 「アッシュ!フリッツさん!!アンジェの恋バナ聞いてたら、いい歌できたの。聞いて!ほら、アンジェ、一緒に歌うよ!!」
 「え、あの、でも」
 
 ミリィに引き摺られるように階段を昇るシルヴィアを追いかけるように、階下で一度顔を見合わせた親子が続く。

 フリッツとアッシュが音楽室を覗いたときには、既にピアノの前に座ったミリィがイントロを弾き始めていて、その隣に立たされたシルヴィアが歌うかどうか迷っているのが伝わってくる。
 相変わらずの激しい曲調で、サビから始まるらしい。歌い始めたミリィが、まだ躊躇っているシルヴィアを肩で小突いて催促する。ミリィの催促をかわしきれず、かといって男性の前で口をあけて歌うのも憚られたシルヴィアが、ミリィのほうを向いてユニゾンで歌い始めた。

 フリッツとアッシュは、実際にシルヴィアが歌い始めたことにも、そのアップテンポの曲に彼女が付いて行けていることにも驚いていた。そしてなによりも、その歌詞が過激だった。ミリィが言っていたとおりシルヴィアの恋の話が元になっているのだとしたら、大分衝撃的だ。
 
 曲もいいし、ミリィとシルヴィアの歌も上手い、歌詞も、内容の過激さを問題視しないならば曲ともマッチしているし印象的な言い回しもある。少なくとも今までのミリィの曲と同程度には売れるだろうな、とも思う。ミリィが一人で作って一人で歌ったなら、ここまで衝撃は受けなかったかもしれない。
 
 曲が終わって、「どう?」と誇らしげな表情で感想を求めてくるミリィに、「よかったよ」と答えつつ、ミリィの背後に隠れるようにしているシルヴィアに

「シルヴィア、歌すごく上手だね。今まで歌わなかったなんてもったいないよ」

と声をかける。
しかし、フリッツとアッシュが若干引いた様子であるのを察して、羞恥に顔を染めてさらにミリィの背後に下がろうとするシルヴィアを、腕を掴んでミリィが止める。

 「言っとくけど、言い回しは私だよ。こんなお上品なお嬢様が、こんなスラング使うはずないだろ」
 「だろうね!!でも、もう、意味分かってないとしてもアンジェの口からこんな単語出てくるの、心臓に悪いから無理矢理歌わせないでくれるかな!?そもそも、内容も随分脚色したんじゃ……強気な内容でびっくりしたよ」
 「――実話です」
 「へ?」

 アッシュとミリィのやり取りが、シルヴィアの言葉でピタリととまる。
 歌に引き続き聞き役に徹していたフリッツも、その言葉には目を見開く。

 「言われたことがあって」

 あぁ、言われたほうね、言った方じゃなく……と一瞬安堵しかけるが、そういう問題でもない。帝国のご令嬢方のやり取りは中々怖いな、とフリッツが脳内でぼやく。

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