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24.ライブ(3)

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 観客が順番に退場する間も、ぼうっと椅子に座ったままのシルヴィアにアッシュが声をかける。

 「アンジェ、そろそろ動ける?楽屋に行こうと思うんだけど」
 「あ、はいっ」

 隣のアッシュの存在を今思い出した、というようなシルヴィアに、アッシュが苦笑する。

 「気に入ってくれた?共和国うちのライブ」
 
 わざと、少し得意げな風に胸を張ってみせるアッシュに、シルヴィアが素で答える。

 「はい!ライブも、ミリィさんも、とても素晴らしかったです」

 手放しで絶賛されて、改めて敵対国の民とは思えない、とアッシュがシルヴィアを見つめる。そんなアッシュには気がつかず、シルヴィアが興奮のまま言葉を続ける。
 
 「ミリィさんの恋のお相手ってどなたなんでしょう。あんなに熱烈な恋心を歌われるなんて、どのような気持ちかしら」

 アッシュの口元が僅かに引き攣る。

 「いや、確かに彼女が作詞と作曲をしてるけど、恋の曲を作っているだけで、彼女自身の恋の歌と言うわけでは……」
 「あ、そう、そうですよね。ご自身で作っていらっしゃるって聞いていたのと、あまりにも想いがこもっている様子だったから勘違いしてしまって。感情を込めて歌うなんて、プロの方ですもの、当然ですよね」

 思い込みを恥じてシルヴィアが視線を落とす。

 「ちなみに、ミリィは共和国の若者の中で、結婚したい女性No.1なんだよ」
 「結婚したい?歌手と?」
 
 ぱっと顔を上げたシルヴィアの驚き方が思いのほか大きかったので、逆にアッシュがびっくりして立ち止まる。
 
 「え、そんなに意外だった?女の子にも人気の歌手なんだけど……」
 「あ、いえ、そういうことではなく……。帝国では、歌手や踊り子はどんなに技量や人気があっても地位が低くて、正妻という立場にはなれることはほとんどありません。特に共和国こちらは帝国のように一夫多妻制ではないと聞いておりましたので、結婚したい女性として歌手の名前が挙がるというのに驚いてしまいました」
 「あ~……なるほど」
 
 知識としては知っていても、実際に当事者から聞く帝国の社会制度はアッシュにとって興味深かったが、淡々と話しているシルヴィアの目が少し悲しげに見えて、知識欲よりも目の前の少女を慰めることを選ぶ。

 「アンジェは、歌は好き?」

 少しの逡巡の後、シルヴィアは頷く。

 「楽器を弾くことは嗜みとして許されているけど、子守唄や教会で歌うこと以外ははしたない、って怒られます。ミリィさんみたいに、自分の気持ちを歌にするのはとても気持ち良さそうで、羨ましい」
 「好きなだけ歌えばいいよ。ここでは誰もそれを咎めない。家にはピアノもあるし、恥ずかしかったら僕は一番遠い部屋にいるから」

 アッシュを見上げて数回瞬きをしたシルヴィアは、笑顔になりそうなのを堪えるように顔を引き締めると「本当に?」と問う。もちろん、とアッシュが応じると、ぱっと顔を輝かせた。
 
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