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21.結婚

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 そんな出来事から二月後、王宮内のバルトロメオの部屋にシルヴィアは呼び出された。カルロが即位してから、仕事に都合がいいからと王宮に住んでいる。そして、何だかんだと理由をつけたカルロによって、シルヴィアもバルトロメオについて王宮で生活していた。
 
 「お兄様?今日はどうされたのですか。わざわざお部屋にお呼びになるなんて珍しい」

 バルトロメオの部屋だと、部下や使用人の目があり、いつものように気安く対応するわけにもいかない。今日は人払いがされているようだが、お小言をもらわないように注意して言葉を選ぶ。

 「シルヴィア。カルロ様のことをどう思う?」
 「え?」

 想定外の質問に、いつもだったら注意されそうな声で聞き返してしまう。

 「好きか、嫌いか」
 「もちろん、大好きです」
 「それは……男性として?」
 
 兄が何を聞きたいのか、シルヴィアにもわからないわけではなかった。だが、そこで本心を兄に話すのは躊躇われた。是と答えれば、今までのすっとぼけたスキンシップの本意を知られることになる。
 シルヴィアの沈黙を、バルトロメオは否ととった。
 思えば、このとき、ちゃんとカルロを異性として好きだと伝えておけば、この後の面倒ごとは回避できたかもしれない。

 「シルヴィア。カルロ様と結婚しろ」
 「はい?」
 「教会でサインをするだけだ。結婚式もしないし、積極的に隠しはしないが、公示もしない」

 シルヴィアが話題についていっていないことを分かっているだろうに、矢継ぎ早に告げる内容は、理解しがたいものだった。

 「待ってください、お兄様。話が全然分かりません。この前はお兄様も反対なさっていたではありませんか」

 数週間前に、カルロが同じことをバルトロメオに言ったとき、シルヴィアの言葉を待たずに反対したのはほかならぬバルトロメオのはずだった。
「俺のどこが不満なんだ」と珍しく拗ねて見せたカルロに、バルトロメオは「カルロ様の問題ではありません。シルヴィアに皇帝の妻は務まりません」と言い切った。その上、「シルヴィアを御所望なら、公妾にでもなさればよろしい」とまで言って、妻はひとりしか持たないと宣言していたカルロを怒らせていたのは記憶に新しい。

 「もし、シルヴィアに好きな人ができたら」
 
 急な話の転換に、シルヴィアが怪訝な顔をする。

 「下賜しても構わない、とカルロ様は仰ってる」

 言われた内容を理解するのに数秒かかったシルヴィアが、今度は怒りに顔を紅潮させる。怒りのポイントはいくつもあるが――むしろありすぎて――怒鳴りたいのに言葉にならない。

――なにを、どこから言えばいい。私は何に一番怒っているの。

カルロが好きだ。異性として、ちゃんと。だから、彼が私を同じように好きだと言うなら、結婚できるのは嬉しい。色々気になることはあるけど、やっぱり好きな人と結婚できるということは、大きさの程度に違いはあれ、シルヴィアを喜ばせた。
だけど、下賜してもいい、という言葉が示すのは、カルロの気持ちはシルヴィアにはない、ということだ。公示しないのも同様。カルロが自分を好いていてくれることに疑いはないが、それは妹か家族としてだ。

しかも、この結婚話、カルロにうまみはほとんどないはずだ。妹を嫁に出したくないという子供じみた、あるいは父親じみた感情があるにしても、すでに忠誠を誓っているバルトロメオの妹をあえて妻にする必要は全くない。
ある意味皇位を簒奪した立場のカルロとしては、皇后にはもっと自分の立場を磐石にできる出自の女性を据えるのが一番良い。

と、ここまで考えて、シルヴィアは自分が何に怒っていたのか気がついた。自分がカルロに女性として好かれていないことと、それでもこのカルロとの結婚を嬉しく思う気持ちが自分の中に皆無でないことだ。この話を断って、カルロが他の人と結婚してしまうことが何より怖い。カルロにも、バルトロメオにも怒っているけど、なによりも自分自身に失望している。

今にも怒り出しそうだったシルヴィアが、その興奮具合を納めたことがバルトロメオにも伝わる。

「深く考えずとりあえず結婚しておけ。追い追い好きになれれば御の字だし、ダメでも他の道がある」

慰めるように言われた言葉は何の慰めにもなっていなかったけれど、シルヴィアはそこで頷くしかなかった。
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