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19.兄2人(5)
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カルロが帰ってから、シルヴィアは久しぶりに兄の部屋を訪れた。カルロの来訪が途切れたころから、バルトロメオも忙しくしていて食事時以外に顔を合わせることはめっきり減っている。
「お兄様。兄さ――カルロ様はどうしてしまったの?」
いつもどおりカルロを「兄様」と呼びそうになって、慌てて言い直す。
「カルロが言ってたままだよ。軍に入って、戦争に行く。私と、カルロと一緒に。カルロはこの国の最高位を目指す」
「最高位って、本当に?そんなことができるの?」
皇帝は、現在に至るまで世襲で、下位貴族が成ろうと思ってなれるものではないはずだ。可能性があるのは公爵家だが、それでも皇帝に子供がいない場合に限られる。代々大規模な後宮を持つ皇帝のこと、公爵家にさえそのお鉢が回ってくることはまずない。
「きわめて難しいけれど、不可能ではない。魔力を持っている時点で、遡れば皇帝と同じ祖先だからね」
「それは、そうだけど……」
理論としてはそうだが、シルヴィアには目の前の兄も、カルロも正気とは思えない。シルヴィアがその瞳に疑念を乗せて兄を見る。
バルトロメオは、妹のそのまなざしに苦笑いするしかない。
「カルロは本気だし、俺はカルロについていく。それに、帝国貴族である以上、戦争への参加はどの道免れないよ。それなら早いうちに志願して実績を立てておきたい。俺にも野心はあるんだ」
最後は冗談めかして笑うが、シルヴィアはとても笑えない。険しい表情のままの妹をみて、バルトロメオが小さくため息をつく。
「レオナルド様が、伯爵位を賜った理由を知っている?」
「いいえ。何か功績があったのでは?」
「いや。夫人を――カルロの母親を陛下に差し出した」
「え?それはどういう?皇帝陛下に?それは、後宮へ、という……?」
バルトロメオが目を伏せて頷く。今の皇帝は歴代皇帝の仲でも特に好色で有名で、後宮は増設に増設を重ねられている。貴族たちもそれを心得ていて、これはと思う女性を見つけては養女にするなどして積極的に後宮入りさせようとしている状況は、シルヴィアも認識していた。
「レオナルド様は、そのためにカルロ様を引き取ったのですか?」
「いや。そういうわけではないらしい。陛下がご臨席なさった夜会に、レオナルド様が奥方を伴って出席していて、それを陛下が見初めて後宮入りを打診した、とか」
打診、と言いつつそれは実質逆らえない命令だ。経緯を理解したシルヴィアが顔色を悪くする。
「カルロは、レオナルド様がそれに逆らわなかった、と言って怒っていたが、まあレオナルド様が陛下に逆らえるはずもない」
それに最近、同じようなことが何回か起きているようで地方では妻や娘を強引に召し上げられた貴族が挙兵するなどの事態も起きているらしい。
「それで、カルロ様が、陛下を?」
「滅多な表現をしないでね、シルヴィア。カルロはただ出世しようとしているだけだよ」
危うい言葉を発しそうになったシルヴィアを、バルトロメオが穏かに制する。
「カルロはお前を心配してるんだよ」
「お兄様も?」
「もちろん。だから、カルロの言ったように、あまりで歩かないでくれ。出かけるときは、髪を隠して。できれば顔も。貴族の集まりには中々行けなくなるだろうけど、支障ないはずだ」
「私も、お兄様たちと一緒に行きたい」
承諾されることなどないことは分かりきっていても、寂しさと不安からそう訴える。月が欲しいと泣く子供を宥めるような表情で、バルトロメオがシルヴィアの頭を撫でる。
シルヴィアからしたら、月が欲しいと泣いているのはカルロのほうだ。実際、シルヴィアを戦場に連れて行くほうがはるかに容易い。
「無茶言わないでシルヴィア。カルロも言っていったとおり、そんなに時間はかけない。いい子で待っていて」
その言葉どおり、海に出ては大きな勝利を得て帰還する二人は、たまにシルヴィアに会いに来るたび、新しい肩書きや称号を携えてくる。
肩書きだけでなく、見た目も帝国軍人らしくなっていく兄二人と、ほとんど屋敷からでることもなくドレスを着ているだけの自分の距離が、年を経る毎に開いていくのをシルヴィアは寂しく思いながら過ごしていた。
二人が働いているところを見たい。シルヴィアが毎回言うので、途中からは海に出かけることが多くなった。職場にも船にも乗せてはもらえないが、帝都や領地の近くの海に出かけては海に出ていた間の出来事を聞かせてもらうのが、シルヴィアの数少ない楽しみだった。
そして、共和国との数多の戦と大規模な内乱の末、カルロは皇帝から禅譲を受けた。十年足らずで、バルトロメオと共に、本当に帝国のトップに上り詰めたのだ。
「お兄様。兄さ――カルロ様はどうしてしまったの?」
いつもどおりカルロを「兄様」と呼びそうになって、慌てて言い直す。
「カルロが言ってたままだよ。軍に入って、戦争に行く。私と、カルロと一緒に。カルロはこの国の最高位を目指す」
「最高位って、本当に?そんなことができるの?」
皇帝は、現在に至るまで世襲で、下位貴族が成ろうと思ってなれるものではないはずだ。可能性があるのは公爵家だが、それでも皇帝に子供がいない場合に限られる。代々大規模な後宮を持つ皇帝のこと、公爵家にさえそのお鉢が回ってくることはまずない。
「きわめて難しいけれど、不可能ではない。魔力を持っている時点で、遡れば皇帝と同じ祖先だからね」
「それは、そうだけど……」
理論としてはそうだが、シルヴィアには目の前の兄も、カルロも正気とは思えない。シルヴィアがその瞳に疑念を乗せて兄を見る。
バルトロメオは、妹のそのまなざしに苦笑いするしかない。
「カルロは本気だし、俺はカルロについていく。それに、帝国貴族である以上、戦争への参加はどの道免れないよ。それなら早いうちに志願して実績を立てておきたい。俺にも野心はあるんだ」
最後は冗談めかして笑うが、シルヴィアはとても笑えない。険しい表情のままの妹をみて、バルトロメオが小さくため息をつく。
「レオナルド様が、伯爵位を賜った理由を知っている?」
「いいえ。何か功績があったのでは?」
「いや。夫人を――カルロの母親を陛下に差し出した」
「え?それはどういう?皇帝陛下に?それは、後宮へ、という……?」
バルトロメオが目を伏せて頷く。今の皇帝は歴代皇帝の仲でも特に好色で有名で、後宮は増設に増設を重ねられている。貴族たちもそれを心得ていて、これはと思う女性を見つけては養女にするなどして積極的に後宮入りさせようとしている状況は、シルヴィアも認識していた。
「レオナルド様は、そのためにカルロ様を引き取ったのですか?」
「いや。そういうわけではないらしい。陛下がご臨席なさった夜会に、レオナルド様が奥方を伴って出席していて、それを陛下が見初めて後宮入りを打診した、とか」
打診、と言いつつそれは実質逆らえない命令だ。経緯を理解したシルヴィアが顔色を悪くする。
「カルロは、レオナルド様がそれに逆らわなかった、と言って怒っていたが、まあレオナルド様が陛下に逆らえるはずもない」
それに最近、同じようなことが何回か起きているようで地方では妻や娘を強引に召し上げられた貴族が挙兵するなどの事態も起きているらしい。
「それで、カルロ様が、陛下を?」
「滅多な表現をしないでね、シルヴィア。カルロはただ出世しようとしているだけだよ」
危うい言葉を発しそうになったシルヴィアを、バルトロメオが穏かに制する。
「カルロはお前を心配してるんだよ」
「お兄様も?」
「もちろん。だから、カルロの言ったように、あまりで歩かないでくれ。出かけるときは、髪を隠して。できれば顔も。貴族の集まりには中々行けなくなるだろうけど、支障ないはずだ」
「私も、お兄様たちと一緒に行きたい」
承諾されることなどないことは分かりきっていても、寂しさと不安からそう訴える。月が欲しいと泣く子供を宥めるような表情で、バルトロメオがシルヴィアの頭を撫でる。
シルヴィアからしたら、月が欲しいと泣いているのはカルロのほうだ。実際、シルヴィアを戦場に連れて行くほうがはるかに容易い。
「無茶言わないでシルヴィア。カルロも言っていったとおり、そんなに時間はかけない。いい子で待っていて」
その言葉どおり、海に出ては大きな勝利を得て帰還する二人は、たまにシルヴィアに会いに来るたび、新しい肩書きや称号を携えてくる。
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そして、共和国との数多の戦と大規模な内乱の末、カルロは皇帝から禅譲を受けた。十年足らずで、バルトロメオと共に、本当に帝国のトップに上り詰めたのだ。
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