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12.提督府にて(3)

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 魔力を通さない設備や備品に興味を持っていた。
 新皇帝の演説をどうやらここで初めて見たらしい。

 シルヴィアの今日の様子として、フリッツは部下から詳しく報告を受ける。彼女の身分がどうにも分からない。フリッツとしては、それはわからないままとっとと帝国に返すのが一番楽なところだが、興味がないといったら嘘になる。

 職務的な理由というより、むしろ個人的な興味で、フリッツはシルヴィアのことが気になっていた。シルヴィアは帝国の一般的な教育をまともには受けていない、と言っていたが、共和国共通語をかなり流暢に話している。軍属や一部の男性ならともかく、帝国の貴族を含む一般女性が共和国共通語を習うことはまずない。

 本人が貴族ではない、と言っていたことと何か関係があるだろうか。つい最近まで帝国中枢に居た亡命者に面通ししたが、彼女の情報は得られなかった。
 銀髪に赤い目というのは帝国でも珍しいらしく、一度見たら忘れないと、どの亡命者も口を揃えて言っていたから、面識がないのは本当らしい。赤い目に関しては、数人から同じ特徴を持つ人物についての情報が上がってきていたが、それはフリッツにとって既知のものだ。
 フリッツも知っている、帝国の赤い目の人間は、血濡れの悪魔と呼ばれるあの男―――バルトロメオ・ロッシ。彼の身内が共和国内に捕虜として在る。想像するだけで十歳は老けそうだ。事実であれば一日中ため息をついていられそうな事態に、フリッツはその可能性をとりあえず頭の片隅に追いやった。

 それから数日間、シルヴィアはフリッツと共に出勤し、フリッツが帰れるときには一緒に、それが難しいときにはアマリアとクロフォード邸へ帰った。家では学校から帰ったアッシュが夕食を作って待っていて、フリッツかアマリアと三人で食事をする。
 共和国の家庭にホームステイでもしているかのような生活で、シルヴィアの緊張と警戒も早いうちに解けてしまう。

 提督府の執務室でも、すっかり顔なじみになったシルヴィアは、許可を得てお茶だしや掃除をするなど、差し支えない範囲で仕事の手伝いをしている。
 いくつか揃えてもらった丈の長いワンピースやスカートで、ヒラヒラと執務室を動き回るシルヴィアを、フリッツの部下達は微笑ましく見ている。女性が働くことが一般的な共和国でも、軍には女性が少ない。数少ない女性軍人も、アマリアのようにピシッとしたタイプが多く、(敵国民ではあるが)民間の「女の子」が職場にいる状況に、場が華やいでいるのだ。

 シルヴィアと言えば、フリッツの秘書として忙しく動きまわるアマリアが執務室を通る度、目で追っている。
ひっつめたブロンドに、タイトスカートの軍服。きりっとしたその姿は、帝国ではまず見かけない女性の姿だ。帝国では文官でさえ女性の勤務は認められていない。
 女性の勤務に関して明確な禁止がされているわけではないのだ。しかし、官吏になれるのは基本的に貴族かそれに近しい家柄のものに限られる。そして、そういう家の女性が労働する、ということがまずない。平民であっても、乳母やシッター、メイドなど、特定の職業以外に女性が付くことがほとんどないくらいだ。シルヴィアが働く女性を目にすることは稀だった。

 それに、アマリアが着こなす軍服が、かっこいい。自分の、踝まであるスカートとアマリアの膝丈のタイトスカートをちらちらと見比べる。
 初めに用意してもらったスカートも、ヴィジョンやアマリアを初めとする女性軍人の短いスカート姿を見慣れた今となっては、共和国風でおしゃれだ、と思い始めている。
 気にはなるが、足を出す勇気があるかといわれると、まだ悩ましい。

 真剣にファッションについて考えていると、会議室から出てきたフリッツに声をかけられる。

 「アンジェ、外でランチでもどう?アッシュがお弁当作ってくれたんだ」

 海を見ながら食べよう。そう言うフリッツの声にかぶせるように、執務室からシルヴィアにいくつもの声が飛ぶ。

 「アンジェリーナちゃん、閣下のことよろしくね。時間になったら戻るよう言ってね!」
 「そうそう。アマリアさんいないとすぐサボるから」

 「お前達ね……」

 まいったな、と頭をかく姿を見て、シルヴィアが口元を押さえて笑う。大分ここに馴染んだようすのシルヴィアをみて、フリッツも目じりを下げた。
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