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8.共和国での食卓(2)
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アマリアを連れて自宅へ戻るまでの半日で、フリッツはアマリアとは別ルートである程度帝国の貴族子女情報を調べてきていた――貴族女性のスカート丈と履物については調べていなかったが――。
明らかに「訳アリ」なシルヴィアの機微な部分に触れずに、ある程度の情報収集をしたい。
「どんなことを?」
おどけたようにフリッツが聞き、アッシュがそれに乗る。
「きっと、サボればいい、なんていう軍人は見たことない、ってところだと思いますよ。ねえ、アンジェ?父はいつもこうなんだ。本気出したらすごいんだから、いつもそうしていればもっと出世できるのに」
フリッツ様、などと言う父に向けるとは思えない呼びかけとは裏腹に、随分と砕けた態度だ。
「出世、ですか?海軍大将というのは、海軍の最高位ですよね。十分出世なされているのでは……」
帝国軍ならともかく、共和国軍の階級に疎いシルヴィアが戸惑いがちにコメントする。
「それはそうなのですが、父は過小評価されがちなんですよ。ロッシ卿と同じくらいのスピードで出世してもよかったと思ってるんです、僕は」
シルヴィアがわかりやすいように配慮してか、アッシュが帝国軍人を例に挙げる。
突然バルトロメオの名前が出てきて、シルヴィアは心臓が飛び出るかと思う。
「ロッシ卿」
シルヴィアが努めて平坦に、兄の名を口にする。
「えぇ。ご存知でしょう?皇帝に次ぐ帝国の英雄。こちら側からみると強敵なのですが」
「アッシュ」
およそ敵国の民同士の友好的な会話としては相応しくない流れになりそうなのを、フリッツが止める。
「あ、すみません、つい……」
「いえ、お気遣いなく。仰るとおり、ロッシ候は帝国内でも有名です。皇帝陛下の軌跡があまりに特異で、ロッシ候の出世については注目されることはありませんが……」
バルトロメオの昇進は、伯爵子息であったカルロのそれについていく形だったため、帝国内では金魚の糞と揶揄する向きも多い。
逆に、皇帝をくさすときには、バルトロメオに下から押し上げてもらった、などと言うのだから勝手なものだ。
「和平がなった後には、ロッシ卿は宰相になられるのでしょうか」
カルロが新皇帝となったことに伴う、バルトロメオの次の役職については帝国内でも注目されている事柄だが、シルヴィアはそれを知らない。
「どうだろうね。このまま軍部をロッシ卿が統括することになるんじゃないかな。後は皇后と外戚で上手いことバランスを取るんだろうから、そこが皇帝の手腕の見せ所だろうね」
皇后と外戚、という言葉に、シルヴィアはどきりとする。フリッツの言うとおり、バルトロメオの妹が皇后になるのでは、政治的なバランスが悪すぎる。
表情を強張らせたシルヴィアを見て、年頃の娘らしく美貌の皇帝の妻、という立場への思い入れかとフリッツはとらえた。高位貴族の令嬢であれば、それは手の届かない立場ではない。シルヴィアの家柄によっては現実味のある恋の相手である可能性もあるのだ。
「まあ、皇后周りでそうしなくても、帝国の後宮は大規模だからね。その辺りで十分配慮可能なんじゃないかな」
フリッツにしてみればフォローのつもりでも、年頃の娘にとってはフォローにならないフォローだったが、それを指摘する者はこの場にはいなかった。
前皇帝アウグストの好色は共和国にも知られるところだが、それ以前から後宮は大規模なものが多かった。
帝国では魔力を主な動力としている上、魔力は血に宿る。
皇帝に限らず帝国貴族は、その血を分けた子を多く作ることが国益となる。
魔力持ちは多ければ多いほど、国の力は増大する。(その点、初めカルロを認知しなかったレオナルドの態度は異例だった)
極端な話、一人の女性と十人の男性、十人の女性と一人の男性では、どちらが効率的に子供を多く残せるかといったら後者だ。
女性蔑視という観点を別にしても、帝国では一夫多妻の形態をとることが多くなる。
皇帝ともなればできるだけ多い子供を求められる。それは皇帝の趣味趣向とは全く別次元の話なのだ。
「皇帝はやっぱり女の子から人気があるの?」
これ以上はあり得ないという最高位に、そこまで上り詰める力、そして類稀な美貌。
女性から見て非の打ち所がないのでは、とフリッツがシルヴィアに問う。
もちろん、シルヴィアの帝国内での地位についての情報を得る狙いだ。
「そう、ですね。即位なさる前の陛下には見向きもしなかったご令嬢方が、目の色を変えていらっしゃいます」
思わず棘を含んだ答え方をしてしまって、シルヴィアが自己嫌悪に陥る。問題は含まれた棘よりも、皇帝周囲の女性情報を知っている立場だ、ということがわかる発言の方だが、そこにシルヴィアは気付かない。
「そんなにあからさまだったら、さすがに皇帝も嫌がるでしょう?」
アッシュの悪気のない問いかけに、シルヴィアが苦い表情になる。
「そうでしょうか?殿方は、どのような女性にでも言い寄られたら嬉しいものでは?」
現に、そんな令嬢の一人である、というかむしろ筆頭のスフォルツァ公爵令嬢ビアンカについて、カルロがシルヴィアに上手くやれ、と言ったことが今回の家出のそもそもの始まりだ。
より棘々しくなったシルヴィアの物言いに、アッシュが少し怯む。
フリッツは、想定よりも上手くシルヴィアの情報を聞き出せたことに安堵した反面、想像以上に皇帝に近しい様子に、想定していた面倒ごとが更に大きくなったのを感じて内心ため息をついた。
明らかに「訳アリ」なシルヴィアの機微な部分に触れずに、ある程度の情報収集をしたい。
「どんなことを?」
おどけたようにフリッツが聞き、アッシュがそれに乗る。
「きっと、サボればいい、なんていう軍人は見たことない、ってところだと思いますよ。ねえ、アンジェ?父はいつもこうなんだ。本気出したらすごいんだから、いつもそうしていればもっと出世できるのに」
フリッツ様、などと言う父に向けるとは思えない呼びかけとは裏腹に、随分と砕けた態度だ。
「出世、ですか?海軍大将というのは、海軍の最高位ですよね。十分出世なされているのでは……」
帝国軍ならともかく、共和国軍の階級に疎いシルヴィアが戸惑いがちにコメントする。
「それはそうなのですが、父は過小評価されがちなんですよ。ロッシ卿と同じくらいのスピードで出世してもよかったと思ってるんです、僕は」
シルヴィアがわかりやすいように配慮してか、アッシュが帝国軍人を例に挙げる。
突然バルトロメオの名前が出てきて、シルヴィアは心臓が飛び出るかと思う。
「ロッシ卿」
シルヴィアが努めて平坦に、兄の名を口にする。
「えぇ。ご存知でしょう?皇帝に次ぐ帝国の英雄。こちら側からみると強敵なのですが」
「アッシュ」
およそ敵国の民同士の友好的な会話としては相応しくない流れになりそうなのを、フリッツが止める。
「あ、すみません、つい……」
「いえ、お気遣いなく。仰るとおり、ロッシ候は帝国内でも有名です。皇帝陛下の軌跡があまりに特異で、ロッシ候の出世については注目されることはありませんが……」
バルトロメオの昇進は、伯爵子息であったカルロのそれについていく形だったため、帝国内では金魚の糞と揶揄する向きも多い。
逆に、皇帝をくさすときには、バルトロメオに下から押し上げてもらった、などと言うのだから勝手なものだ。
「和平がなった後には、ロッシ卿は宰相になられるのでしょうか」
カルロが新皇帝となったことに伴う、バルトロメオの次の役職については帝国内でも注目されている事柄だが、シルヴィアはそれを知らない。
「どうだろうね。このまま軍部をロッシ卿が統括することになるんじゃないかな。後は皇后と外戚で上手いことバランスを取るんだろうから、そこが皇帝の手腕の見せ所だろうね」
皇后と外戚、という言葉に、シルヴィアはどきりとする。フリッツの言うとおり、バルトロメオの妹が皇后になるのでは、政治的なバランスが悪すぎる。
表情を強張らせたシルヴィアを見て、年頃の娘らしく美貌の皇帝の妻、という立場への思い入れかとフリッツはとらえた。高位貴族の令嬢であれば、それは手の届かない立場ではない。シルヴィアの家柄によっては現実味のある恋の相手である可能性もあるのだ。
「まあ、皇后周りでそうしなくても、帝国の後宮は大規模だからね。その辺りで十分配慮可能なんじゃないかな」
フリッツにしてみればフォローのつもりでも、年頃の娘にとってはフォローにならないフォローだったが、それを指摘する者はこの場にはいなかった。
前皇帝アウグストの好色は共和国にも知られるところだが、それ以前から後宮は大規模なものが多かった。
帝国では魔力を主な動力としている上、魔力は血に宿る。
皇帝に限らず帝国貴族は、その血を分けた子を多く作ることが国益となる。
魔力持ちは多ければ多いほど、国の力は増大する。(その点、初めカルロを認知しなかったレオナルドの態度は異例だった)
極端な話、一人の女性と十人の男性、十人の女性と一人の男性では、どちらが効率的に子供を多く残せるかといったら後者だ。
女性蔑視という観点を別にしても、帝国では一夫多妻の形態をとることが多くなる。
皇帝ともなればできるだけ多い子供を求められる。それは皇帝の趣味趣向とは全く別次元の話なのだ。
「皇帝はやっぱり女の子から人気があるの?」
これ以上はあり得ないという最高位に、そこまで上り詰める力、そして類稀な美貌。
女性から見て非の打ち所がないのでは、とフリッツがシルヴィアに問う。
もちろん、シルヴィアの帝国内での地位についての情報を得る狙いだ。
「そう、ですね。即位なさる前の陛下には見向きもしなかったご令嬢方が、目の色を変えていらっしゃいます」
思わず棘を含んだ答え方をしてしまって、シルヴィアが自己嫌悪に陥る。問題は含まれた棘よりも、皇帝周囲の女性情報を知っている立場だ、ということがわかる発言の方だが、そこにシルヴィアは気付かない。
「そんなにあからさまだったら、さすがに皇帝も嫌がるでしょう?」
アッシュの悪気のない問いかけに、シルヴィアが苦い表情になる。
「そうでしょうか?殿方は、どのような女性にでも言い寄られたら嬉しいものでは?」
現に、そんな令嬢の一人である、というかむしろ筆頭のスフォルツァ公爵令嬢ビアンカについて、カルロがシルヴィアに上手くやれ、と言ったことが今回の家出のそもそもの始まりだ。
より棘々しくなったシルヴィアの物言いに、アッシュが少し怯む。
フリッツは、想定よりも上手くシルヴィアの情報を聞き出せたことに安堵した反面、想像以上に皇帝に近しい様子に、想定していた面倒ごとが更に大きくなったのを感じて内心ため息をついた。
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