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6.短いスカート丈(2)

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 足を見られるくらいなんだというのだろう。数ヶ月前であれば、もっと酷い辱めをうけたに違いないのに、本当にどこまでも覚悟が足りない。滲んだ涙を拭いて、隣で落ち着くのを待ってくれているアマリアを見る。

 ベッドに隣り合って座っているので、俯いたシルヴィアには彼女の足が目に入る。低めのヒールを履いてやってきたアマリアは、室内に入るためにサンダルに履き替えていた。

 膝丈しかない軍服のスカートから伸びた足は素足で、同性であるシルヴィアさえはっとさせる。

 自分が与えられたスカートはこれよりも大分長い丈だった。これでも大分配慮されていただろうことが、シルヴィアにも察せられる。嫌がらせでなんかあるはずがない。



 「お見苦しいところをお見せしてしまって、申し訳ありません。もう、大丈夫です。アッシュ様にも、フリッツ様にもお詫びしないと」

 「もう少し、ここで待っていてくれる?1時間もかからないわ」



 シルヴィアの謝罪を遮って部屋を出て行ったアマリアは、着替えを持って戻ってきた。彼女が調達してきたスカートはくるぶしまである長いもので、室内履きとしてスリッパと、ソックスもいくつか買ってきてくれている。



 「着替えたら、リビングまで来れる?」



 問いかけにしっかり頷いたシルヴィアを確認して、アマリアは階下でそわそわしているだろう上司とその息子に状況を伝えに戻った。





 「なるほど。スカート丈ねぇ……」



 考えもしなかった、とコーヒー片手に天井を見上げるフリッツ。



 「知らなかったとはいえ、下から見上げるようになってしまって、かわいそうなことをしました」



 目の前で潤んでいくシルヴィアの瞳を思い出していたアッシュは、マグカップを両手に抱えてテーブルに視線を落とす。



 「アンジェリーナを検分させた亡命者の集まりに少し聞いてみたのですが、帝国の貴族女性が素足を見られるのは、胸部を見られるより恥ずべきこととか」



 アマリアが感情を込めずに淡々と告げると、その場の男性二人は更に深くため息をつく。



 「わざとだ、と思われたでしょうか」



 貴族ではない、と主張したシルヴィアに対する意趣返しととらえられた可能性はある。

 アッシュの呟きを聞きながら、フリッツは更に別のことを考えていた。「もう少し丈の長いスカートがいい」「ソックスが欲しい」その程度のことを、軍人ではないアッシュにさえ言うことができなかったシルヴィアの心境を思うと、長引くであろう共和国での滞在に小さい少女の心身がどれだけ耐えられるか。状況を改善しないと最悪の展開を招くことになりそうだ。

 本日何度目かの、男二人の深いため息が、クロフォード家のリビングに響いた。





 服を着替えて降りてきたシルヴィアが恐縮しながら謝罪すると、フリッツは「配慮すべきはこちら側だった」とシルヴィアに頭を下げた。いとも簡単に敵国の捕虜、しかも彼からみれば小娘に頭を下げたフリッツを見て、シルヴィアが戸惑いを隠せないでいると、アッシュがシルヴィアをダイニングに誘う。



 「アンジェ、父はいつもこうなんです。きっと、父の職場の方が見たら怒られますよ、父がね」

 「おいおい、アッシュ」



 情けない顔で頭をかくフリッツと、てきぱきと食事の用意をするアッシュを見比べて、シルヴィアは思わず笑ってしまう。ようやく笑顔を見せたシルヴィアに、フリッツとアッシュが顔を見合わせて息を吐く。

 その様子を見て、アマリアが職場に戻ることを告げると、フリッツがそれを引き止める。



 「君も食事をしていったらいいよ」

 「まさか。私の休憩時間はまだです。それに、処理すべき書類が溜まっています」



 言外に、「本来あなたがするはずの」という意味を含ませると、それを察したフリッツが両手を挙げて降参する。



 「わかった。僕が戻るまで、頼むよ」

 「はい、閣下」



 フリッツから離れたアマリアがシルヴィアの傍にくる。



 「アンジェリーナ。必要なものや、困ったことがあったら遠慮なく言って。これから徐々にわかると思うけど、クロフォード様もアッシュ様も、ここではあなたを家族のように大事にしてくれるはずよ。大丈夫」



 アマリアの微妙な言い回しと配慮を、シルヴィアは正確に受け取った。個人としてはフリッツもアッシュは信用できるし、シルヴィアに悪いようにはしないから頼ってよい、というメッセージと、共和国として対応する場合にはその限りではない、という警告を。



 「はい。アマリアさん。ありがとうございます」



 シルヴィアの返事にアマリアは頷き、クロフォード邸を後にした。
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