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4.帝国にて(2)
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海賊の根城は共和国と帝国が争う海域の近くだ。
海賊船による襲撃の報告を受けて、当該海域には既に軍を向かわせている。
遅かれ早かれ海賊は殲滅できるだろうが、捕らわれた民間人を全員無傷で救助できるかというと難しい。
現時点で既に損なわれている可能性もあるし、時間が経てば経つほど「無傷で」というのは難しくなる。
海賊が彼らを人質として使う頭があればまだマシだが、既に売り払っている可能性もある。
帝国も共和国も、人身売買および奴隷を禁止しているが、何事にも裏はあるものだ。
今すぐ、自ら出撃したい気持ちを抑えるように、手にした乗客名簿をきつく握りしめ、カルロはドカっと椅子に腰を下ろした。
シルヴィアを守るために上り詰めたはずなのに、そのせいで助けに行けないという矛盾。
反乱分子の残党狩りのためにバルトロメオが留守にしている今、カルロまでもが帝都をあけるわけにはいかないし、海賊狩りごときに皇帝が出張っていては障りがある。
カルロと、シルヴィアの兄であるバルトロメオは、カルロがまだ貴族ではなかったころに出会った。
領地の視察をする父、ヴァレリオについてきていたバルトロメオが、裏路地で喧嘩をしているカルロを助けたのが始まりだ。
喧嘩といっても、その目立つ容姿と賢さを行かした立ち回りのよさをやっかんだ仲間内でのリンチで、気の強いカルロが応戦したことで騒ぎになっていたのを、一対複数のうえ、その「一人」側が子供だったことでバルトロメオが見過ごせなかったのだ。
突然の貴族子息の介入を、加害者側はおろか助けられた側のカルロさえ快く思わず、怪我の手当てのため乗せられた馬車内で散々悪態を吐いていた。
バルトロメオはそれを軽くかわしつつ、会話の中からカルロの賢さを見て取って、彼の好みそうな話題と知識を提供することで、警戒心剥き出しだったカルロの態度を軟化させ、その後も時折会うような関係を続けていた。
カルロからすれば、教育を受けられる機会でもあったし、バルトロメオについていけばかなりまともな食事も摂れる。
その上、隙があれば金目のものでも盗んでやろう、という下心もあった。
バルトロメオのほうも、貴族の気まぐれの施しのつもりはなかった。
領地内も最も治安の悪い場所で生活する子供への同情心はあったにせよ、目端の効くカルロが後ほど自分の役に立つ――それが忠誠心からでも打算からでも――であろうことを計算していたからこそ、あえて交流を続けていたところもある。
お互いの子供らしからぬ打算で育まれた友情は、あっという間に本物になった。
年が近く、お互い同世代とは話が合わないレベルの頭脳を持ち、そして野心もある。
身分を気にしないバルトロメオの性格も相まって、共通点の多い二人は何度も会ううちにすっかり意気投合して、互いを兄弟のように思うようになった。
バルトロメオがお忍びで下町におりるときには決まってカルロが同行するようになり、二人で考えカルロが実行する施策によって、 あっと言う間にカルロの生活圏内の権力構造が変わった。
もちろん、その頂点はカルロだ。
二人の友情は、娼婦であったカルロの母がレオナルドの後妻となり、カルロ自身も貴族に名を連ねたときも変わらなかった。
後に身分が逆転したときも、バルトロメオは何の戸惑いもなくカルロを上位貴族として扱った。
カルロが「面白くないと思ってるだろ」と詰め寄っても、「そんなことない。生活環境が改善されてよかったと思ってるよ。貴族生活で困ったことがあれば力になる」とさえ言って、突然の環境の変化に荒れがちなカルロを親身になって支えた。
言葉どおり、公の場でバルトロメオはカルロに対して、常に自分より上位の相手として敬意を表していたし、私的な空間ではカルロの要望どおり昔どおりの兄と弟のような距離感で接していた。
最愛の人の無事の報と、最も信頼する友の帰還を、カルロは執務室でひとり待った。
海賊船による襲撃の報告を受けて、当該海域には既に軍を向かわせている。
遅かれ早かれ海賊は殲滅できるだろうが、捕らわれた民間人を全員無傷で救助できるかというと難しい。
現時点で既に損なわれている可能性もあるし、時間が経てば経つほど「無傷で」というのは難しくなる。
海賊が彼らを人質として使う頭があればまだマシだが、既に売り払っている可能性もある。
帝国も共和国も、人身売買および奴隷を禁止しているが、何事にも裏はあるものだ。
今すぐ、自ら出撃したい気持ちを抑えるように、手にした乗客名簿をきつく握りしめ、カルロはドカっと椅子に腰を下ろした。
シルヴィアを守るために上り詰めたはずなのに、そのせいで助けに行けないという矛盾。
反乱分子の残党狩りのためにバルトロメオが留守にしている今、カルロまでもが帝都をあけるわけにはいかないし、海賊狩りごときに皇帝が出張っていては障りがある。
カルロと、シルヴィアの兄であるバルトロメオは、カルロがまだ貴族ではなかったころに出会った。
領地の視察をする父、ヴァレリオについてきていたバルトロメオが、裏路地で喧嘩をしているカルロを助けたのが始まりだ。
喧嘩といっても、その目立つ容姿と賢さを行かした立ち回りのよさをやっかんだ仲間内でのリンチで、気の強いカルロが応戦したことで騒ぎになっていたのを、一対複数のうえ、その「一人」側が子供だったことでバルトロメオが見過ごせなかったのだ。
突然の貴族子息の介入を、加害者側はおろか助けられた側のカルロさえ快く思わず、怪我の手当てのため乗せられた馬車内で散々悪態を吐いていた。
バルトロメオはそれを軽くかわしつつ、会話の中からカルロの賢さを見て取って、彼の好みそうな話題と知識を提供することで、警戒心剥き出しだったカルロの態度を軟化させ、その後も時折会うような関係を続けていた。
カルロからすれば、教育を受けられる機会でもあったし、バルトロメオについていけばかなりまともな食事も摂れる。
その上、隙があれば金目のものでも盗んでやろう、という下心もあった。
バルトロメオのほうも、貴族の気まぐれの施しのつもりはなかった。
領地内も最も治安の悪い場所で生活する子供への同情心はあったにせよ、目端の効くカルロが後ほど自分の役に立つ――それが忠誠心からでも打算からでも――であろうことを計算していたからこそ、あえて交流を続けていたところもある。
お互いの子供らしからぬ打算で育まれた友情は、あっという間に本物になった。
年が近く、お互い同世代とは話が合わないレベルの頭脳を持ち、そして野心もある。
身分を気にしないバルトロメオの性格も相まって、共通点の多い二人は何度も会ううちにすっかり意気投合して、互いを兄弟のように思うようになった。
バルトロメオがお忍びで下町におりるときには決まってカルロが同行するようになり、二人で考えカルロが実行する施策によって、 あっと言う間にカルロの生活圏内の権力構造が変わった。
もちろん、その頂点はカルロだ。
二人の友情は、娼婦であったカルロの母がレオナルドの後妻となり、カルロ自身も貴族に名を連ねたときも変わらなかった。
後に身分が逆転したときも、バルトロメオは何の戸惑いもなくカルロを上位貴族として扱った。
カルロが「面白くないと思ってるだろ」と詰め寄っても、「そんなことない。生活環境が改善されてよかったと思ってるよ。貴族生活で困ったことがあれば力になる」とさえ言って、突然の環境の変化に荒れがちなカルロを親身になって支えた。
言葉どおり、公の場でバルトロメオはカルロに対して、常に自分より上位の相手として敬意を表していたし、私的な空間ではカルロの要望どおり昔どおりの兄と弟のような距離感で接していた。
最愛の人の無事の報と、最も信頼する友の帰還を、カルロは執務室でひとり待った。
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