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第二章
(11)-1
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大雪山。
いつかと同じように、凍牙が晃牙の結界に干渉する。前回と違うのは、凍牙の隣に露珠が、その後ろに露霞がいることだ。前回凍牙に対応した初老の銀露が、同じように三人の前に現れた。
「よくぞお出でくださいました、凍牙様。此度は何用――」
二回目になる凍牙の来訪に、初老の銀露は滑らかに挨拶をしかけて、不意に言葉を失う。凍牙の隣に立つ露珠に目を留め、あえぐように口を二三度開いては閉じる。前回の凍牙来訪時の会話で、その死を確信した娘が目の前にいる。
「露珠……お前……」
凍牙の目の前であることも、娘がその妻であることも忘れて、畏まった態度が崩れる。ふらふらと数歩よろめくように露珠に近づいたその男の伸ばした手を、露珠が取る。
「お久しぶりです、お父様」
そういって微笑む露珠を見て、あぁ、と音にならないため息を漏らし、二三度小さく頷き、噛み締めるように声を漏らす。
「元気そうで、良かった」
「はい。お父様も。凍牙様のご厚意で、里帰りをご許可いただきました。それから――」
露珠が、少し距離をとって佇んでいる露霞を手のひらで示す。露珠が兄を紹介するよりも、示された先を見た露珠の父が息子の名を呼ぶほうが早かった。
「露霞……!!」
感極まった様子の父を、露霞は喜びを表現することも冷たく睨みつけることも出来ずに少し困ったような表情で見ている。
「お前、無事で……。今までどこに。とても心配していたのだぞ。あぁ、それよりも私達はお前に謝らなくては」
露霞の反応を待たず――それを待ったら露霞が消えてしまうとでも思っているかのように――矢継ぎ早に話すと、その勢いのまま「少し待っていてくれ」と、族長は露霞の母親である妻を呼びに結界の中へ戻ろうとする。そこでようやく、自分の状況を思い出したらしく振り返って凍牙に深く腰を折る。中座の非礼を詫びて、今度こそ中へ戻っていった。
「慌てすぎだろう、あれは」
露霞の呟きに露珠が笑う。それが露霞の照れ隠しだとわかったからだ。それに、露霞が銀露でない――結界を越えられない――可能性を念頭において、それをはっきりさせないまま、それでも母を呼びに戻ったことが父の露霞への想いを表している。きっと、兄にとっても両親にとっても悪いようにはならない。露珠はそう確信する。
「この辺りで適当にしているから、ゆっくりしてくるといい。私がいると、義父上も、少々やりにくそうだ」
牙鬼への対応と、生きているかもわからなかった娘と息子への対応で少々混乱している様子の義父を見て、凍牙が露珠に声をかける。やりにくいのは父だけでなく凍牙夫も同様だと察した露珠が頷く。『義父上』などと敬った言い方をしてはいるが、そもそも、銀露が一方的に跪くような関係から始まっていて、それをそのまま続けても問題ない立場だ。それに、晃牙と影見以外に謙ったことのない凍牙には、『妻の父』という立場のものにどうしていいかわからない。
結界がある以上、凍牙を銀露の里へ招いて歓待するようなことはできないし、露霞と露珠の帰郷だけでも、一族は十分な衝撃を受けるだろうし、そこに牙鬼との関係性の話まで持っていくのは止したほうが良さそうだ、と露珠は考えを決める。
「はい。ありがとうございます。そんなに遅くはなりません」
露珠の返答に満足げに頷くと、凍牙は吹雪の中に姿を消した。二頭の白狐が雪の中を転がるように駆けてきて、結界の手前で人型に変化したのはその直後だった。
いつかと同じように、凍牙が晃牙の結界に干渉する。前回と違うのは、凍牙の隣に露珠が、その後ろに露霞がいることだ。前回凍牙に対応した初老の銀露が、同じように三人の前に現れた。
「よくぞお出でくださいました、凍牙様。此度は何用――」
二回目になる凍牙の来訪に、初老の銀露は滑らかに挨拶をしかけて、不意に言葉を失う。凍牙の隣に立つ露珠に目を留め、あえぐように口を二三度開いては閉じる。前回の凍牙来訪時の会話で、その死を確信した娘が目の前にいる。
「露珠……お前……」
凍牙の目の前であることも、娘がその妻であることも忘れて、畏まった態度が崩れる。ふらふらと数歩よろめくように露珠に近づいたその男の伸ばした手を、露珠が取る。
「お久しぶりです、お父様」
そういって微笑む露珠を見て、あぁ、と音にならないため息を漏らし、二三度小さく頷き、噛み締めるように声を漏らす。
「元気そうで、良かった」
「はい。お父様も。凍牙様のご厚意で、里帰りをご許可いただきました。それから――」
露珠が、少し距離をとって佇んでいる露霞を手のひらで示す。露珠が兄を紹介するよりも、示された先を見た露珠の父が息子の名を呼ぶほうが早かった。
「露霞……!!」
感極まった様子の父を、露霞は喜びを表現することも冷たく睨みつけることも出来ずに少し困ったような表情で見ている。
「お前、無事で……。今までどこに。とても心配していたのだぞ。あぁ、それよりも私達はお前に謝らなくては」
露霞の反応を待たず――それを待ったら露霞が消えてしまうとでも思っているかのように――矢継ぎ早に話すと、その勢いのまま「少し待っていてくれ」と、族長は露霞の母親である妻を呼びに結界の中へ戻ろうとする。そこでようやく、自分の状況を思い出したらしく振り返って凍牙に深く腰を折る。中座の非礼を詫びて、今度こそ中へ戻っていった。
「慌てすぎだろう、あれは」
露霞の呟きに露珠が笑う。それが露霞の照れ隠しだとわかったからだ。それに、露霞が銀露でない――結界を越えられない――可能性を念頭において、それをはっきりさせないまま、それでも母を呼びに戻ったことが父の露霞への想いを表している。きっと、兄にとっても両親にとっても悪いようにはならない。露珠はそう確信する。
「この辺りで適当にしているから、ゆっくりしてくるといい。私がいると、義父上も、少々やりにくそうだ」
牙鬼への対応と、生きているかもわからなかった娘と息子への対応で少々混乱している様子の義父を見て、凍牙が露珠に声をかける。やりにくいのは父だけでなく凍牙夫も同様だと察した露珠が頷く。『義父上』などと敬った言い方をしてはいるが、そもそも、銀露が一方的に跪くような関係から始まっていて、それをそのまま続けても問題ない立場だ。それに、晃牙と影見以外に謙ったことのない凍牙には、『妻の父』という立場のものにどうしていいかわからない。
結界がある以上、凍牙を銀露の里へ招いて歓待するようなことはできないし、露霞と露珠の帰郷だけでも、一族は十分な衝撃を受けるだろうし、そこに牙鬼との関係性の話まで持っていくのは止したほうが良さそうだ、と露珠は考えを決める。
「はい。ありがとうございます。そんなに遅くはなりません」
露珠の返答に満足げに頷くと、凍牙は吹雪の中に姿を消した。二頭の白狐が雪の中を転がるように駆けてきて、結界の手前で人型に変化したのはその直後だった。
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