貢物として嫁いできましたが夫に想い人ができて離縁を迫られています

藤花

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第二章

(10)-3

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「大丈夫かしら、高藤も、お兄様も……」



 心配そうに外を見る露珠の視線は、庭よりももっと遠くを見ている。



「大丈夫だろ、凍牙も一緒だしそんなに心配することねーよ」



 露霞の処遇をどうするかと凍牙から問われて、こと自分への加害だけに済まなかった今回の事態に、露珠は凍牙の判断に任せる、と答えた。少し考える素振りを見せた凍牙が、「本当に良いのか」と念を押し、露珠がそれに頷くと、凍牙は高藤と露霞を伴って外へ出ていったのだった。どうやら、露霞に対して不完全燃焼な高藤に、もう一度露霞と戦わせるらしい。どちらが怪我をしても露珠がそれを治すことは許さない、と出掛けに凍牙に言い含められ、露珠は不安を募らせているのだ。

 乱牙から見れば、露霞が露珠のために紅玉を渡すつもりだったことが分かった時点で凍牙の怒りはほとんど解けていたように思える。その後、朱華と棠棣との一戦を終えて戻る間のやり取りで凍牙自身のわだかまりは完全に無くなったとも。露霞の白露で怪我を治した露珠も、過去の件も含めて露霞と話す時間をとったことで、互いの気がかりは解消している。残るは人質を取られて一方的にやられるしかなかった高藤で、その解決のための外出のはずだ。

 不安そうな表情を浮かべたままの露珠に、乱牙が「あ~っ」っと頭をかく。



「兄貴を信じろ。凍牙が牙鬼の体裁を保とうとしているのは、露珠のためだ。牙鬼のためとはいえ、露珠が悲しむことをするわけがない」



 なんで俺が兄貴との仲立ちをしてやんなきゃ行けないんだ、とぶつぶつ不満を言いつつも、露珠が少し顔を赤らめて表情を和らげたのを見てほっと息をつく。

 さっきまでの様な不安そうな顔を露珠にさせたくないし、できるだけ笑っていて欲しい。以前は、彼女が作ってない笑顔を見せるのは乱牙の前でだけだったのを、懐かしく思いながら、乱牙は凍牙が帰ってきたら久しぶりにしよう、と決める。



「管狐はどうだ?問題なく使役できているのか?」



 露珠は、朱華と棠棣の元に数匹の管狐を放っているが交代で戻っては状況を報告しており、順調に使えていることを乱牙に告げる。乱牙としては、使役による露珠への負担を気にしていたのだが、それも特に大きな負担にはなっていないようで安心する。

 管狐の報告によると、朱華はほとんど眠っていて、棠棣がそれを甲斐甲斐しく世話しているようだ。棠棣も相当消耗しているので、朱華の世話だけして棠棣も大抵は休んでいるという。逃亡の気配も、なにか企てている様子もなく、今のところは何の心配もなさそうだ。



「そういや真白は?」



 いつもは露珠か乱牙の傍にいる真白の姿が見えず、近寄ってくる気配もないのを乱牙が気にする。家令のところで遊んでいるらしいことを露珠から聞いて、乱牙が意外そうに片眉を上げる。



「今まで知らなかったのだけど、ヒトの子の遊びを良く知っているのよ。元は古道具だったとかでヒトのことに詳しいみたいで、その話を聞くのも真白には楽しいみたい」

「なるほどな」



 半妖であるから、真白は半分ヒトだ。凍牙と出会うまではヒトに育てられていたようだから、ヒトの暮らしやヒトそのものにも興味があるのかもしれない。乱牙は、仲間である半妖のことを思い出し、何か違和感を覚える。乱牙がその正体を探ろうとしたとき、凍牙たちが帰ってくる気配がして、露珠が立ち上がった。



 互いに相当やりあったことがわかるほどぼろぼろだった高藤と露霞を乱牙に家令(と真白)に任せ、凍牙は露珠を伴って部屋に下がった。



「露珠、義兄上を大雪山に連れて行こうと思うのだが」



 露珠も、露霞と両親を会わせたいと思っていたが、凍牙がそれを言ってくるのに驚く。凍牙や牙鬼にとって、露霞が大雪山に行くか否かで何かが変わるとは思えない。どちらかといえば、それを望んだ露珠が凍牙にそれを頼むような事柄だ。



「はい。もちろん異論はありませんが、何故」



 露珠から視線を逸らし、一瞬言うか否か迷った様子を見せた凍牙は、「余計な口出しかもしれないが」と前置きして、銀露の今後について、凍牙が聞いた露霞の考えと、それに対する凍牙の見解――概ね露霞への同意――を聞かせた。銀露は自分達の力についてもっと知った方がいい、という点に関しては、棠棣の件で凍牙に乞うたように露珠も同じ意見だ。力についての知識の提供先として露珠が想定していたのは、銀露よりも牙鬼が最優先ではあるが。そしてもう一つ。



「銀露を、外に……」



 銀露はもっと外に出たほうが良い、という点についてはすぐには同意しかねて露珠が考え込む。



「無理強いするものではないし、私から銀露に提案するつもりもない。義兄上を大雪山に連れて行って、互いに受け入れることができて、さらにその後の話だ。銀露が先細るよりも繁栄してもらったほうが都合がいい」



 銀露のためではなく牙鬼のために、という部分を強調し、そういうつもりで、棠棣と朱華の助命を乞うたのだろう?と笑う凍牙は、その時のことをもう責めてはいない、と言外に含ませる。露珠は、いつもさりげなく凍牙から向けられる優しさを思って感極まる。



「凍牙様」



 謝罪か感謝か、言うべき言葉を定めないうちに呼びかけてしまった露珠が凍牙を見つめて止まってしまう。露珠が何を考えて止まったかが理解できた凍牙が破顔する。



「どちらもいらない。それに、今回のことでは私がそなたに謝らなければならないことがいくつもあるが」



 言いながら露珠の両手を取って、引き寄せる。顔が触れ合うほど間近で見つめ合う。



「互いに迷惑をかけて、我儘を言い合って良いのだろう?」



 私はそうしたい、と付け加えられて、露珠は何度も首を縦に振る。露珠にとっては、守られるだけの疎外感も、「凍牙様のため」などと思うときに不遜なのではと感じる不安も、全て取り払われるような言葉だった。
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