貢物として嫁いできましたが夫に想い人ができて離縁を迫られています

藤花

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第二章

(9)-3

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 最近やっと砕けてきたと思った口調を過去に戻して、露珠が発言を撤回して凍牙に許しを乞う。傷ついた身体で無理矢理頭を下げようとする露珠を、身体を支えていた乱牙が慌ててとめる。乱牙は、腕の中で小刻みに震える露珠を見下ろしながら、この場をどう収めるか思考を巡らせる。凍牙の怒りは最もで、立場が逆だったら乱牙も露珠を責めただろうと思う。ふっと重圧が消えて、凍牙の視線がこちら側から朱華と棠棣に向いたのに気がつく。



「二択だ、選べ」



 露珠へのそれよりも明確に殺意の篭った視線を二人に向け、凍牙が言う。



「ここで死ぬか、露珠に隷属し銀露に貢献するか」息を飲む二人を更に睨みつけ「選択肢があること自体を露珠に感謝しろ」



 隷属の先を、凍牙自身ではなく露珠にしたのを聞いて、乱牙が露珠に「大丈夫だ」と耳打ちする。



 凍牙の提案を受けて、呆けた様子の棠棣を後ろに庇うように前に出た朱華が蹲う。



「棠棣が良いといってくれるなら、私は、露珠様に、隷属を」



 朱華のその動きにはっとした棠棣が同様に手を付く。



「角を」



 指先に集めていた妖気を霧散させ、凍牙が朱華に手を伸ばす。その手に吸い寄せられるように、立ち上がってゆっくりと歩み寄る朱華の背中に棠棣が心細げに名を呟く。

 凍牙は、手の届く場所で跪いた朱華の角を掴み、もぎ取るように力を込めた。



「ぐ……あぁっ!!」



 抑えようとしても喉からもれるような苦しげな叫び声に、その痛みを想像した乱牙は露珠を抱く手に思わず力が入る。露珠も、そんな乱牙の様子に痛みの度合いを察して身体を強張らせたが、当の凍牙は眉一つ動かさずに、そのまま朱華の角を折った。うずくまるようにして痛みを堪える朱華には目もくれず、凍牙は棠棣に視線を移す。



「変化を解け。お前もだ」



 言われるがままに棠棣が変化を解く。薄く緑がかった栗色の妖鹿が、うずくまる朱華の隣で角を凍牙に突き出すようにして膝を折る。妖鹿の角は鹿のそれとは違う。2本の角にそれぞれ手を掛けた凍牙が力を込めると、妖鹿がくぐもった叫び声を上げた。



 ★



「しばらくここで大人しくしていろ」とだけ言い残して凍牙たちが去り、朱華と棠棣だけがこの場に残された。自身も怪我を負いながら、消耗しきっている朱華を甲斐甲斐しく看病する棠棣の様子は今までにないものだ。ぐったりと棠棣に手当てされている朱華は、今の状態が信じられないとでも言うように、呆然と自分のために動く棠棣を目で追っている。と、朱華が急に身体を起こして棠棣を庇うように動こうとする。



「朱華!?だめだよ、動いちゃ」

「下がって、棠棣。誰か来る」



 洞窟の向こうの暗闇から溶け出すように現れたのは、暗闇と同じ色をした露霞だった。



「なんだ、露霞か」



 露霞とは面識がないと思っていた棠棣が、自分よりも余程親しげに相手を呼んだことに、朱華が驚いて後ろ手に庇った棠棣を振り返る。そんな朱華に「大丈夫だから」と声をかけ、棠棣が前に出る。



「露霞は、もう良かったの?途中参加してくるかと思ってたのに」

「まあね。痛い目には、お前が遭わせてくれたようだからな」



 大分やりかえされたみたいだが、とぼろぼろの二人を見て露霞が言う。



「……信じられないよね。普通妹があそこまでされてたら止めにこない?乱入してくるなら、凍牙よりあんたが先だと思ってたのに。銀……露珠を攫ってくるのにも手を貸してくれたって聞いたし」

「姉妹に角を折らせたり、散々やってたお前には言われたくないなぁ。鬼の体から鬼を作れるなんて、初めて朱華に会ったときには驚いたよ」



 微妙な緊張感を含んで眼を逸らさない二人だったが、先に露霞が視線を外す。



「まあ、もういいんだ」

「ふうん?」



 露霞の真意をはかりかねた棠棣が胡乱な目で露霞を見る。東からやってきた露霞が神鹿の森近くを通った時に、鬼の力を得ようとその力を調べている棠棣と出会った。後天的に鬼の力を得た露霞の微妙な気配に、鬼の力を研究していた棠棣が気がついた。互いに家族に複雑な想いを抱えていた二人は、その点においては理解者だった。鬼の力を得た露霞を調べる代わりに、棠棣は露霞の求めに応じて白露と銀露の血を調べ、他種族がその血に惑わされない方法を見つけたりしたのだった。時折白露や血を渡すために会っていた二人だが、棠棣は朱華と露霞を会わせなかったし、露霞も棠棣に兄弟がいることは認識していたがそれが朱華だとは知らなかった。



 先ほどの凍牙とのやり取りで、この先も今までどおり露霞に協力することはできない。露霞の真意がどこにあるかを確認することは、今の棠棣にとって重要だ。



「銀露かどうか聞かれなかったんだ。血ならいくらでもあげると。だから」



 もういい。と呟いた露霞が、棠棣に庇われるようにしている朱華を見る。



「お前だって、随分変わってるんじゃないか。どこまでも、搾取し続けるんじゃなかったのか」



「まあ、ね?ちょっとやりすぎたっていうか、あー……うん、朱華に悪いことしたなって反省したのと、凍牙に命乞いして、その条件みたいなものだし」

「命乞い?」

「露珠がね。僕が銀露のことを調べていたみたいだから、その内容を知りたいって。できれば、研究をそのものを続けて欲しい、っていうようなことを凍牙にお願いしてくれて」

「それは……」



 露珠にそれを乞われたときの凍牙の表情を想像した露霞の肌が粟立つ。我が妹ながら度胸があるというか、怖いもの知らずだと思う。怠惰だ、などと非難してみたが、随分と奮闘したようだ。



 露霞が顔色を悪くしたのを見た棠棣が、それに同意するように頷く。



「怖かったよ、凍牙。露珠なんかもう泣きそうだったもん。僕に酷いことされてるときよりよっぽど怯えてたよ」



 露珠を助けに来たはずなんだけどね、と棠棣が言う。気に喰わないと思っていた露珠の立場について思いをめぐらせてしまう程度には、あの状況が恐ろしかったらしい。



 露霞が棠棣に白露や銀露の血について調べてさせたのは、自分自身について知りたい、ということに加えて、銀露の行く末を案じたからでもあった。銀露はもう少し自分達の力について知るべきだ、と。数代前から大雪山に引きこもって外に出なくなり、銀露には子が生まれにくくなっていた。銀露の里の現状を露霞は知らないが、恐らく、外敵の脅威がなくなった今も、種としては先細っているに違いない。多少の犠牲を払ってでも、外に出るべきなのだ。そのためにも、自分達の力をもっと把握する必要がある。

 露珠も同じことを考えて、不興を買うと承知で凍牙にそれを頼んだのだろうか。やっぱり俺も、まだ怠け者だったかなぁ、と露霞が誰にともなく呟いた。



「行くの?露霞。露珠に、結構酷い怪我させちゃったから」



 行ってあげて、とその先を引き取って朱華が言う。



「また凍牙に殴られてくる」と、答えて、露霞は神鹿の森を後にした。

 
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