貢物として嫁いできましたが夫に想い人ができて離縁を迫られています

藤花

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第二章

(9)-2

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「!?!?」



 閃光とともに、何かが砕け散る音がして、露珠は後ろから強く手を引かれて身体ごと抱きこまれた。ようやく光が収まり、露珠は凍牙の腕の中から辺りを見回す。

 朱華の角から作られた妖以外の、棠棣が作った妖はすべて倒れており、凍牙と露珠に新たな傷はない。乱牙と朱華は傷を負ってはいるものの、辛うじて持ちこたえていた。

 そして、棠棣は――

 乱牙に攻撃をしようとしていたはずが、場所を変えた朱華の妖に抱き込まれ、無傷だった。



「一体、なにが……」

「凍牙の妖が崩壊して、その衝撃でほとんどの妖が死んだ」



 呆然と呟く朱華に、同様に驚いていた乱牙が思わず返事をする。



「わ、たしを……」



 凍牙の腕のなかから進み出た露珠が、龍が最後に居たあたりの地面に落ちている白銀の欠片を拾う。



「私を、護ってくれたの。角が……自分の攻撃を、飲み込んで。私、こんな……」



 凍牙にさえ攻撃していた角の妖は、それでも露珠を護ろうとした。最後に自分が崩壊するときでさえ、その余波が露珠を巻き込まないようにするほどに。角に込められた凍牙の思いがそれほどのものだったのだと、露珠は思い知る。そして、それほどの思いが込められ、凍牙の寿命を削って与えられた角を失ってしまったことに、欠片を胸に抱いて悄然と俯く。



「これは、君がやったの、朱華」



 朱華の妖が、自分の命令を置いてその身を護りに来たことに、棠棣が驚愕を隠せないまま朱華に問いかける。



「今は何も……でも、角を折るときに、棠棣を護ってくれたら、と……」



 棠棣を抱き込んだ形のまま制止していた朱華の妖は、棠棣がその内から出ると、一瞬の炎となって姿を消した。



「もうやめよう棠棣。こんなことやめて、二人で静かに暮らそうよ」朱華が、消えた炎に手を伸ばしている棠棣に歩み寄る。「私、棠棣が鬼でも鬼じゃなくても関係ないよ。だから」祈るような響きを纏わせた朱華の懇願に、棠棣が何か言おうと口を開きかけたが、それは音にならなかった。



「そんな都合のいいことが」棠棣の返答を凍牙の冷たい声が遮る。「この後生きていられるとでも?」



 先ほどの龍が放ったような光が、凍牙の指先に集中する。その先はもちろん、朱華と棠棣だ。朱華は、当然のように棠棣を背に庇うように体勢を変えるが、それを貫くつもりの凍牙は気に留めないし、恐らくそれは朱華にも分かっている。二人が、自らの行く末を理解した様子なのを見て、凍牙が指先を振ろうとする。



「お待ちください、凍牙様」



 ピタリと動きを止めた凍牙が、指先を朱華に向けたまま露珠を振り返る。続いた露珠の言葉を聞いた凍牙は、不快な表情を隠せないでいるし、怪我の酷い露珠を助け起こすようにしていた乱牙も、その言葉に驚いて露珠を見る。朱華や棠棣でさえ、露珠の言葉に呆気に取られたように口をあけている。



「露珠、何を言っているのか分かっているのか」



 凍牙の険を帯びた視線を受けて、露珠の体が小さく震える。その冷たいまなざしが自分に向けられるのが、こんなにも恐ろしいなんて露珠は今まで知らなかった。害される恐怖ではない、殺されるよりも、呆れられ、疎まれ、嫌われる方がよほど恐ろしい。それでも、今すぐに発言を撤回して謝罪してしまいたい気持ちを抑えて、説明を試みる。



「二人を、殺すのは待っていただきたいのです。その者は鬼と銀露のことを調べておりました。鬼の力も、銀露の能力についても、私達が知らないことを知っています。それを、むざむざ失うのは惜しい。せめて、今分かっていることだけでも聞き出し、お許しいただけるのなら、研究を続けさせ、その知識を牙鬼のものに」



 重ねた露珠の言葉を聞いても、凍牙の剣呑な雰囲気は変わらない。この望みを口にすることが、凍牙の不興を買うことは分かっていたつもりなのに、覚悟が足りていなかった。凍牙の目を見返すことが出来ず、露珠は視線を落とす。朱華と棠棣、特に棠棣の助命は牙鬼のためにもなるはず、というのは本心だが、これ以上は更に怒らせてしまいそうで、言葉が思いつかない。視力を失っている側も含めた両目尻から涙が溢れそうになるのを賢明に堪えるが、右目は瞬きさえもできなくて涙が溢れてしまいそうになる。いつも、どんな我儘でも優しく受け止めてもらえたから調子に乗りすぎたのだと、露珠は早くも後悔し始める。凍牙の角を失わせたこと、牙鬼に対する今回の行動、棠棣と朱華を許すような対応など発言するべきではなかった。

 大怪我を負って、立っていることさえままならない妻から、そうさせた張本人の助命を乞われて、露珠を責めるような言葉が口をついて出るのをとめられなかった。思った以上に、自分の声が冷たく低く響く。身体を小さく震わせて俯き、溢れそうな涙を懸命に堪える姿に酷く後悔する。常々言ってほしいと思っていた我儘を、実際に言われてみればこんな風に封じようとするなんて、我ながら狭量だ。

 凍牙の返答がないことに耐えかねた露珠が居住まいを正すよう身じろぐ。



「申し訳ございません。愚かなことを申し上げました。お許しください」
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