上 下
37 / 56
第二章

(7)-2

しおりを挟む
 先ほどの部屋よりも薄暗い室内。光源といえるものは、茸のような形状のものが薄黄緑に光っているものがあちこちに散在しているのと、天面を削がれて平らになった中央の大石の上にある球体の中が僅かな明滅を繰り返しながら光っているものだけだ。その光源だけでは部屋の隅まで明かりは届かず、様子は伺えない。それでも、露珠はその部屋の中に複数の妖の気配を感じた。



「待たせてごめんねー?先に角の処理をしちゃいたくてさ。朱華、ありがとう。疲れたでしょ、休んでていいよ」



 棠棣の言葉に小さく頷いて、朱華は踵を返す。出て行く直前にちらっと露珠を見るが、結局何も言わずに部屋を出た。残された露珠は正面から棠棣を見つめる。



「棠棣。私に一体なんの用なの」



 それに、角の処理とは。聞きたいことが多すぎるが、まずは相手が会話する気があるのかを確認する。



「銀露への用事なんて、そんなに多様性ないと思うけど?」



 鼻で笑うように答える棠棣に、対等に話をする気がなさそうなのを感じた露珠は変化を解く。本来の姿をとった露珠は、目を青色に染めて妖気を放出させた。棠棣と同じくらいの大きさになった露珠は、そのまま棠棣に飛び掛る。変化を解かないままの棠棣を大きく上回る妖気は、白狐の牙が棠棣に喰らいつくよりも先に、棠棣の身体に損傷を与える。

 不快気に眉をひそめた棠棣が一歩下がり、露珠の背後に向けて呼びかける。



「こいつを捕らえろ!」



 露珠が反応する先に、背後から伸びてきた黒い触手に白狐の身体が拘束される。本体と思しき黒い靄に胴体と四足を縫いとめられるように拘束される。



「そういうところだよ、妖狐。鬼には抗わないくせに、僕には勝てると、そう思ったってわけ」



 露珠の妖気で傷を負った腕をさすりながら、棠棣が拘束した露珠に近づく。

 拘束を解こうと身体を動かそうとする露珠に、黒い靄はしっかりと絡みついてそれを許さない。黒い靄はふわふわとしているようなのに、触れたところがじっとりと湿っていくようで気持ちが悪い。大きさの違いで隙間ができるか、ともう一度人型を取ってみるが、拘束は緩まる様子もない。



「実際そうかもしれないけど。でもね、ここにいる妖は僕が作ったもので、もとは――鬼だよ」



 はっと、露珠が周りいる何体もの妖を見回す。目が慣れてきたことで入ってきた時よりも広範囲が見える。自分を拘束している黒い靄、棠棣の背後にいる肌の赤い獣の妖、ほかにも、様々な形の見知らぬ妖が部屋中にいる。

 見た目は異なるこれらの妖、これらが全て、もとは鬼だというのか。



「君を拘束しているそれは、鬼の髪。赤いこれは鬼の角。強さは込められた妖気に準ずるから、髪だと弱いけど……それでも、妖狐程度の動きを止めるのには十分だよね」



 にやり、と笑う棠棣は後ろの赤い妖を示す。



「さすがに、角から作った妖は強いよ。鬼の角なんて滅多に手に入らないから数は作れないけれど。そうそう、君がその懐に持っていた角。それを使って作った妖に君の血を与えたら、凍牙ともいい勝負になるんじゃないかな?」



 もう一度露珠に向き直った棠棣が、露珠の着物の胸元を押す。



「場合によっては、凍牙を倒せると踏んでるんだよね、僕は」



 胸元を指したまま、棠棣が、露珠を睨み上げる。

 瞳の青色を深めた露珠が、妖術をかけようとするが、触手が露珠の首を絞める。



「――っう」

「意外と好戦的だね、君。朱華の話だと、おとなしく捕らわれの姫君をしてくれそうだと思ったんだけど」



 露珠の首を絞める触手をとんとん、と棠棣が叩くと、その意を汲んだように拘束が緩まる。



「凍牙を倒す、っていう発言が、気に入らなかった?」



 露珠の殺気を何とも思っていないことを示すように、棠棣は背を向けてゆっくりと周りを歩く。



「凍牙が大事すぎて怒っちゃったのかな?でも、そんな大事な凍牙サマに角を折らせるっていうのは……ねえ、知ってる?鬼はね、角を折ると寿命が縮むんだよ。放出した妖気は回復しても、その力全てが元通り、ってわけじゃない」

「どういうこと」


 ずっと反抗的だった露珠が、抵抗を止めて会話をしてきたことに、棠棣は満足そうに笑みを深める。


「晃牙の死は、一般的な鬼の寿命から考えてあまりに早かった。他の鬼との戦いで命を落とすならともかく、あの死に方は寿命が来た鬼そのものだった。子どもを二人成しているからある程度短いだろうとは思っていたけど、それにしても短かった。それで、他に何の要因が、と思ったら」

「待って、子どもを二人って、それと寿命に関係があるの」

「あるよ。子を成した鬼は寿命が早まりがちなのは、一部ではなんとなく知られていることだ。晃牙は二人も子を成していて、それだけでもかなり寿命を短くしていたはずだ。その上角を折ったことで、更に寿命を短くしたんだよ。角を折ることと子を成すことは、鬼にとって同程度に危険なことみたいだね」



 鬼に関する思わぬ情報に、露珠が青ざめる。



「あれ?結構動揺しちゃってる?」その様子を見て、更に楽しそうに棠棣が続ける。「でもほら、愛しの旦那サマに子どもを強請って、寿命を縮めることにならなくてよかったでしょ?角一つで気がつけてよかったじゃない」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

処理中です...