貢物として嫁いできましたが夫に想い人ができて離縁を迫られています

藤花

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第二章

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 凍牙が留めてくれているか、幸い露珠への追っ手や別の妖との遭遇もなく露珠は屋敷に到着する。黒虎から降りて玄関へ足を踏み入れた時に、ようやく屋敷内の異様な雰囲気に気がつく。

「真白?高藤!お兄様?」

 不安に思い急いで上がり框に足をかけた露珠は、気配に気がついて顔を上げる。青い髪がちらりと見えてほっとした露珠が声をかける。

「高藤。よかった、なにかあったのかと」

 露珠の言葉はそこで途切れた。傷だらけの身体を引き摺るようにして現れた高藤が、露珠の前に膝を付く。

「高藤!」

 悲鳴を上げるようにして駆け寄った露珠が何か言うより先に、高藤が露珠の両腕を掴む。

「お逃げください、露珠様。何も見てはいけません、早く!!」

 緊迫した事態であることは理解できるが、この状態の高藤を置いてはいけない。それに、高藤の言い方が露珠の中の不安を膨れ上がらせる。
「なにも見ずに」。高藤がこんな重症を追うのはどんな場合だろう、高藤が露珠に見せたくないもの――

「真白、真白はどこに」
「露珠様!!早く」

 最早露珠を突き飛ばす勢いの高藤の言葉は、しかし、別の声によって遮られた。

「お帰り、露珠」

 ゆっくりと、焦らすような足取りで朱華が現れる。柱に半身を隠して立ち止まった朱華にもある程度の傷が見えていて高藤と戦闘したらしいことは読み取れるが、高藤の怪我とは数も重症度も違う。

「朱華、これは一体」

 露珠の問いかけにそれは美しく口元を緩ませて、朱華は露珠の前に立つ。その手には、襟元を掴まれてぶら下げられている真白がいる。

「――っ!」

 息を飲む露珠に満足そうに笑みを浮かべた朱華が、妖気で伸ばされた鋭い爪を真白の区首筋に当てる。

「ろ、しゅ……さま」

 怯えて涙ぐむ真白が、懸命にその腕を露珠に伸ばす。
 その手を掴むことができずに、露珠は真白を抱える朱華を見る。

 高藤が一方的といえるほど劣勢だったのは、真白を人質に取られていたからだ。真白を損なえば凍牙も露珠も悲しむ。しかし、高藤にとって、真白は露珠と比較するには及ばない。露珠の安全のためなら、自身と真白を犠牲にするのに戸惑いはなかった。だが、露珠がそうではないことも高藤はわかっている。そのために、露珠をこの場から遠ざけたかったのだ。案の定、人質に取られた真白を見て、露珠は逃げる選択肢を完全に排除した。

「朱華、どういうことなの。真白を放して」
「待ちくたびれたよ。目論見どおり、凍牙はあいつの相手をしてくれてるらしいね」
「あれも、あなたが?」
「まあね」

 目的は凍牙だったはずの朱華の突然の暴挙に、その目的が分からなくなる。凍牙と番うために、目下邪魔な露珠を排除したいならともかく、何故真白なのか。
 その露珠の疑問は、次の朱華の言葉で解消する。

「角が欲しい。お前が懐に持っているそれだ。それと引き換えに、この半妖を返してやるよ」

 自分を排除するために、この身を護る角が邪魔ということか、と納得した露珠は、どうやって時間稼ぎをしようか考える。凍牙の帰宅は望めないが、屋敷内にいるはずの高藤が異変を察してやってくるまで耐えられれば、真白も角も守れるかもしれない。

「余計なことを考えずに、とっととその角渡すか、この半妖を見捨てるか決めた方がいいと思うけど。白露だって死者を蘇らせることはできないんでしょう?それに、いくら後で治せるからって、痛い思いはさせてもいい、とか思っちゃうわけ?かわいそうに。まだこんなに小さいのに」

 朱華の爪が先をずらし、真白の眼球を捉える。おぞましい想像をした露珠が悲鳴の様な制止の声を上げるのと、真白が恐怖に叫ぶのは同時だった。

 爪は真白の目蓋を傷つけて止まるが、目蓋からの出血で真白は視界を奪われる。片目を血に濡らす真白の様子は痛々しく、涙が混ざった桃色の液体が真白の頬を滑り落ちていくのを、露珠は自分が傷つけられる以上の恐怖を持って見つめた。

 脅しが十分に効果を発揮したのを見てとって、朱華がにやりと笑う。

「わかったでしょ。早く、角をこっちに投げて」
「いけません、露珠様」

 もう後などない。真白ごと朱華に攻撃するべく、高藤が全ての力を一点に集中させる。その力の篭った拳の先を、一瞬黒い光が掠めた。

「くっ……露霞」

 高藤は憎しみの篭った声でその名を呼ぶ。姿こそ見せなかったが、今邪魔をしたのは露霞だと確信がある。真白を人質に取られていたからと言って、高藤は手を拱いていたわけではない。真白を守りつつ朱華を攻撃できる機会を作っても、ことごとく露霞が邪魔をしたのだ。

「お兄様?」

 露珠は、高藤と自分の視界内にいない兄とのやり取りが感知できていない。露霞の名を呟いたものの、兄の裏切りを露珠に説明するのを高藤は躊躇するが、もちろん朱華は遠慮しない。

「ふふ。あんたの兄も協力してくれてるのよ。どう?兄に裏切られる気分は。痛い目にあわせてやりたい、っていう露霞の気持ちも、わかんなくないわね。そのお綺麗な顔が歪むのは見ていて楽しいわ」

 それで、と朱華がもう一度爪を真白に向ける。

「角。くれるのくれないの、どっち?」

 制止する高藤の横を通り、朱華少し近づいた露珠は、懐から出した角を朱華に投げ渡す。角を手にした朱華が、片手で真白を露珠に投げつけ、受け止めた露珠がたたらを踏む。

「真白、真白」

 朱華に背を向け、真白を庇うようにして抱きしめる。真白の後ろにいる高藤にも手を伸ばそうとした露珠の銀色の髪を、真っ赤な爪の手が掴むと、乱暴に後ろに引く。

「――っ、朱華」
「角だけじゃなくて、あんたもだよ。棠棣はねずが欲しがってたから、連れてく」
「棠棣?」

 聞き返す露珠に答えるつもりはないらしい。朱華に引き寄せられながら、露珠が懐の白露を真白の着物に滑り込ませる。髪に朱華の息を感じるほど近くに引き寄せられた露珠が全力で抵抗を試みるが、弱っている様子とは言え鬼。その上凍牙の角を持っているせいで露珠の攻撃はほとんど朱華に通らない。つかまれた髪ごと切ってしまおうと自身の爪を振り上げるが、その腕をとられて捻り上げられてしまう。

「五体満足で連れて行ったほうが棠棣も喜ぶと思うし、余計な手間かけさせないで」
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