貢物として嫁いできましたが夫に想い人ができて離縁を迫られています

藤花

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第二章

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「そういえば、この前は半妖の子を連れたいたようだが、お前の子か?」

 空気を変えるように、からかうような笑みを浮かべたその問いかけは、言外に「凍牙以外の子を産んだのか」と聞いている。さっと顔を赤らめた露珠が少し前のめりになる。

「いえ、真白は違います。凍牙様が道行きでお助けになった半妖で、凍牙様にとても懐いて、私も娘ができたようで可愛くて」
「真白ねぇ。娘のよう、か。凍牙との間に子はいないの?」
「はい。残念ながら」
「鬼は子ができにくいというしね」

 ヒトとは違うし、無理に子を生すこともないか、と独り言のように呟く露霞は、背後に控える高藤をちらりと見る。
 先ほど話題を変えたのは、暗くなりそうな空気を変えたかったからではない、露珠が「露霞が銀露か否か」という点に意識を持っていかれたのが分かったからだ。露珠の噂を聞いたときには確かにあったはずの、妹の安否を気遣う気持ちが塗りつぶされていく。露霞をはっきりと切り捨てることが出来なかった銀露が、保身のために切り捨てた妹だと思ったから、助けるなどという発想をしてしまっただけだ。露珠が生まれなければ、唯一の跡取りとして、異端ではありながらも露霞はもう少しマシな扱いを受けていたはずだった。

「主の不在時に、別の鬼を侍らせているとは想定外だったよ。まさか、鬼への貢物にした娘が、鬼の屋敷でのんびり生活しているとは誰も想像していないんじゃないかな」

 明らかに露珠を傷つける意図を持って発せられた言葉に、高藤が顔を歪める。初めから不快なこの来訪者は、高藤の目から見て妹を手放しで認めているようには見えていなかった。
 当事者である露珠は兄のその言動の理由が分からず反応を取れずにいる。

「得体の知れない妖と対峙するかもしれないというのに、そこの鬼を連れて行かずにお前に付けている。鬼は、相手が鬼でも膝をつくことはないというのに、そこの鬼がお前を主人のように扱うのは、お前の夫がそれを望んでいるからだろう。そこの鬼が、主人にもお前にも無礼をはたらく俺に敵意があることも、それなのに俺に攻撃してこないのも、露珠、全てお前のためだ。大事にされているようでなによりだが」

 必要以上に力を込めて露珠の肩を掴んだ露霞が、その耳元に口を寄せて何かを囁こうとしたのと、高藤が立ち上がったのは同時だった。


 ★

「兄?」

「はい。すみません。もっと早い段階でお話すべきだったのでしょうが、牙鬼にとって重要なこととも思えなかったので、今になってしまいました」

 凍牙が屋敷に戻ってきたのはその日の夜半で、さすがに主不在の屋敷に宿泊するのは気が引ける、と警戒する高藤をからかうように告げた露霞が帰って暫く後のことだった。あの後、直接的な行動にでた露霞と露珠の間に高藤が割って入り、露霞もそれ以上の行動に出ることはなかった。そのまま露珠に対する不快感などなかったように朗らかに会話を続ける露霞に流されて、また来る、という彼を普通に見送ってしまったのだった。

 昼間に訪ねてきた露霞について、幼い頃に出奔した兄がいるということ、またその出奔の原因と思しき彼の異端さと微妙な立場を露珠が凍牙に説明する。
 露珠のいる寝室に行く前に、高藤と家令から、露霞についてと露珠があまりに簡単にその男を信じていることへの心配と、露珠に対する害意がある様子を聞かされていた凍牙は、そのそぶりを全く見せずに露珠の話を聞いている。

「そうか。それで、義兄上殿は、また来ると?」

 一族内でも微妙な立場の露霞に対して、凍牙が義理の兄として敬意を持って呼ぶのを聞いて、露珠は感激に胸が詰まる。現に、高藤あたりは露霞が帰るまで緊張を緩めなかったし家令も気を張っている様子が伝わってきていて、露珠は密かに胸を痛めていたのだ。

「はい。今度は凍牙様がいらっしゃるときに、と」
「もうずっと会っていなかったお前を、心配してきたのだろうな。あるいは、救い出してやろうと思っていたのかも」

 俺を倒して、とは言葉にしない。

「そうなの……でしょうか。大雪山でのお兄様の扱いは酷いものだったのだと思います。父も母も他の一族も、お兄様が出て行ってしまってからとても後悔していましたから。今日も、兄は私を憎んでいる様子もありましたし。私は、優しく遊んでくれるお兄様の記憶しかないのですが、お兄様から見て、鬼と戦う危険を冒してまで私を助けようとするというのも……」

 ただ、瀕死の銀露を鬼が連れ戻した、という噂を聞いたと言ってはいましたが、と露珠が付け足すのを聞いて、その露霞という男の仕業か、と凍牙の脳裏に露珠を連れ戻した後に見回ったときの異様な状況が浮かぶ。考えに没頭しそうになったときに、露珠が表情を曇らせるのが目に入って、凍牙は一度考えを止めて露珠に視線を送る。

「その、私を助けに来た、という点ですが、少し、気になることがあって」

 今まで兄について好意的にしか話していなかった露珠が、初めて、兄への疑念を漏らす。曰く、銀露ではありえないほどの妖気を持っているように感じた、と。鬼と戦っても勝算があるから、堂々と正面から乗り込んできたのではないか、と。兄であることについては疑ってはいない様子の露珠に、兄を騙る偽者では、とは口に出さず「今度会ったら少し探ってみよう」と宥めた。少しほっとしたように露珠が身体の力を抜いて、感謝の言葉とともに、身体を凍牙に預けた。
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