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第二章

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 露珠に無体を働いた後も、露霞は屋敷に滞在していた。露珠を試すような言動は鳴りを潜め、妹とその夫に会いに来た兄らしく振舞っており、凍牙との関係も良好だ。



 座敷で談笑している三人を、高藤は廊下に控えながらちらりと見る。兄妹が並んでも全く似ていない。凍牙と三人でいるところを見ると、むしろ凍牙と露珠が兄妹か、逆に凍牙と露霞が色を反転させた兄弟の様にさえ見える。



 初めて屋敷を訪ねて来たときからずっと、露霞に良い印象を持っていない高藤だが、一点だけ共感できるところがある。露霞が時折見せる、露珠への感情――苛立ちとかすかな蔑み――の理由が、高藤にはわかる気がしていた。

 自分が狙われがちな種族だと理解しているはずなのに、露珠にはそういった警戒心が感じられない。いや、むしろその血と紅玉いのちを狙われて来たからこそ、初手で襲い掛かってくる以外の害意を、相手が持っている可能性を欠片も考えていないように見える。それに輪をかけて自己犠牲的な挙動が、高藤や露霞を微妙に刺激するのだ。



 高藤のそんな思考は、屋敷に近づく不穏な気配とそれを察知した凍牙の動きによって中断された。



 ゆっくりと立ち上がった凍牙が中座の非礼を詫びようとすると、露霞も立ち上がる。



「俺も行こうか。話題のアレだろう」



 短い間隔で頻繁に、来歴の分からない妖が牙鬼の縄張り内で発生していること、それらがそれなりの力を持っていることの不審を、凍牙と露霞は何度か話し合っていた。しかし、露霞からの助勢の申し出に、凍牙は数瞬迷う。

 凍牙は、露霞を露珠の兄として尊重はしているが信用はしていない。この男に背中を任せてよいものか。通常の妖であれば背後を狙われてもなんの痛痒も感じないが、この男、妖狐にしてはおかしな妖気をまとっている。正面からぶつかって負けることはないだろうが苦戦しそうな気配がして、底が見えない。



「後ろから襲ったりしないよ、凍牙サマ。そんなことする理由もないし。それに、この妖、随分と特殊な気配だね?露珠に害為すかもしれないし、ここは共闘しよう」



 凍牙の逡巡を見抜いたように露霞が言う。立ち上がった夫と兄を不安そうに見上げる露珠の視線を感じた凍牙は、戦闘中には敵と思しき妖だけでなく露霞の様子も探ることになるのを内心織り込んで、それを受け入れた。



「高藤。屋敷に残って露珠を守れ。明らかにここに向かってきている」



 高藤が承知の意を示し、凍牙と露霞は視線を合わせて頷き合うと座敷から直接外へと出ていった。



 ★



「やはりこれは、ここに来る途中に見かけた奴らと同類に見えるな。屋敷に近づくに連れて多くなるように思えて、気になっていた。見かけはどれもバラバラだったが、纏う妖気はどれも似ている」



 山の中をほとんど一直線に屋敷に向かっていた妖を観察しながら、露霞は足止めするように軽く攻撃を仕掛ける。



「そうですね。父が亡くなって以降、時折現れるようになりました。最近は特に数を増やしているようですが、強さが増しているようでもありません。徐々に強いものが出てくるというよりは、個体差が大きいようです。」



 露霞の攻撃でバランスを崩したところに、凍牙が一太刀叩き込む。様子見のそれはお互いが想定したよりも相手に損傷を与えた様子がない。



「今回は、それなりに強い方か?」

「そのようです」



 もう一体現れた同様の妖に凍牙が一瞥をくれると、露霞の右肩が凍牙の左肩に触れた。



「背中を、とは言わないが、こっちは任せろ」



 視線は新手の妖から外さずに、口元をにやりと引き上げる。そのようすを横目に見て、凍牙は頷いた。



 ★



「大丈夫ですよ、露珠様」



 ゆったりと真白の相手をしているように見えて、その実ちらちらと外の気配をうかがう露珠に、高藤が苦笑混じりに声をかける。



「あら。ごめんなさい、私」



 そわそわしているのを見破られたことを恥じた露珠が膝上の真白を抱きしめる。抱きしめられた真白が「ろしゅさま~」と腕の中で楽しそうにもがくので、露珠が悪戯心を出して更に強く真白を抱きしめる。「くるしい~」と楽しそうに悲鳴を上げる真白と戯れていると、出て行ったときと同様に、縁側から二人が帰ってくる。



「お帰りなさいませ。凍牙様、お兄様。お怪我はありませんか」



 さっと膝の上から退いた真白の頭を一撫でして、露珠が二人に駆け寄る。



「ああ。義兄上に助けられたよ」



 凍牙の言葉を彼流の世辞だと受け取った露珠が、安堵の笑みを浮かべる。凍牙の隣に立つ露霞に視線を向けると軽く右肩をすくめて「足手まといにはならなったと思うよ」と凍牙に目配せをする。大分親しげに見えるそのやり取りに、今度は露珠と高藤が顔を見合わせて笑うので、その場は思いの外和やかな空気になる。



 露珠や高藤を挑発することはあったが、露霞は初めから真白には優しい。構ってくれる大人が増えたことが嬉しい真白は、過ごした時間に比べて露霞に良く懐いている。周りの和やかな雰囲気を感じて、真白が露霞に走りよる。



「露霞兄様、強いの?」

「ん~?実は結構強いよ」

「凍牙様より?」

「そうだな~、そう簡単には、負けないと思うね」



 足に抱きついてきた真白を抱き上げて、露霞はその身体を肩に乗せる。それは子どもの扱いに不慣れな凍牙はしない動きで、真白が歓声を上げる。肩の上の真白をあやしながら、露霞が表情を戻す。



「あの妖たちは、明らかにここを目指していた。今までの話と俺が目にした物を合わせると相当な数だ。そろそろ積極的な対応が必要そうだと思うけど」



 自分の言葉に、凍牙が同意を示すのを確認した露霞は



「……確証はないが、少し心当たりがある。何か分かったら知らせに来る」



 と言って、肩の上の真白を凍牙に向かって放り投げる。危なげなく真白を抱きとめた凍牙が何か言う間もなく、露霞はそのまま庭から出て行く。



「お兄様!」



 呼び止める露珠に片手を上げて応えて、露霞はそのまま屋敷から去った。
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