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第一章
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外が騒がしい。
必死な様子で腕にしがみつく露珠を落ち着かせようと、つかまれているのとは別の手で露珠の腕を取る。
外からは悲鳴のような声が聞こえる。
「銀の、鬼が……」
乱牙の耳がその声を拾ったのと、戸が周囲の壁ごと崩壊し乱牙が吹き飛ばされるのはほぼ同時だった。
「なっ、てめー、いきなり何しやがる」
血を吐き捨てながらも、瓦礫の中から立ちあがり、乱牙がその相手を睨みつける。今まで乱牙がいた場所は、土間と板敷を境にきれいに土間側だけが崩壊している。
「衝動も抑えられぬ半鬼が」
「うるせぇ。てめーだって、露珠をこんな状態で放り出しやがって」
露珠の血を飲んだことを遠まわしに非難され、気まずさがそのまま怒りに転化される。
気配を感じた乱牙によって、間一髪板敷に逃がされた露珠は無傷だが、状況が呑み込めていないようで、突然現れた凍牙と殴り飛ばされた乱牙の間で視線が定まらない。
もう会うことはないと思っていた凍牙が現れたことに動揺したが、少しもこちらに視線を向けることのない様子に、露珠の存在に気が付いていないか、最早路傍の石と同様の扱いなのだろうと思うとそれも治まった。はじめに乱牙を殴り飛ばす時点で、露珠を追ってきたとは思えない。凍牙は乱牙を探していて、たまたまそこに自分がいた、というのが最もそれらしい。
凍牙は真白と出会ったときにしていたという兄弟喧嘩をまだ続けるつもりなのだろうか。
そこまで考えて、乱牙が今の攻撃で怪我を負っていることに気が付く。彼が幼い頃はいつもそうしてあげていたように、その怪我を治そうとふらつきながら立ち上がる。
「ダメだ、露珠。来るな!」
それに気が付いた乱牙の制止と、露珠の隣を凶暴な風が通り過ぎるのはほぼ同時だった。
確実に急所を狙ったその攻撃を抜いた刀でぎりぎり受け止める。
「その気があるならさっさと角を渡せ」
痛みが怖くてできないならば代わりに折ってやろう、と凍牙の鋭い爪が額に迫る。
「うるせー!お前が邪魔したんだろうが」
断られた、とは口に出したくない。
強さが桁違いである2体の鬼の攻防は露珠を含めた他のものには目で追うことも難しい。時々訪れる攻撃の「間」で、それぞれの状態を辛うじて確認できるだけだ。そして、その「間」の度に、乱牙の傷が増えていく。一方の凍牙ははじめに現れたときと変わらぬ涼しい顔をしており、乱牙が一方的に押されているのが露珠にもわかる。
幾度目かの攻防の末、地面に膝を着いて次の攻撃態勢を取れずに荒い呼吸を繰り返す乱牙に、少し手前に着地した凍牙がその刀を抜いて振り上げる。
とどめを刺さんとするかのようなその状況に、露珠がその身を割り込ませた。
乱牙に背を向けて膝をつき、凍牙に相対する。
「どうか、これ以上は」
お許しください、と目を伏せる。
乱牙を背に庇うその姿に、凍牙は露珠が屋敷へ来た頃を思い出す。
妾とその息子のこととなると取り乱す母親の目を誤魔化し、乱牙が幼い頃は喧嘩に見せかけて、戦い方を教えた。その上、妾はともかくその息子にはあまり興味のない父親が何もしない分を補うため、戦う中で他の様々なことを教えていた。あの頃から露珠は母に冷たくされている乱牙を気にかけ、凍牙との『喧嘩』で怪我をした乱牙をこっそりと治してやっていた。
白露をすべて凍牙、もしくは晃牙に献上していた露珠は、その度に自分を傷つけてその血を乱牙に飲ませていた。もちろん、そうしていることを母が知れば、露珠もただでは済まない。凍牙はそれが露見しないよう、露珠が乱牙を手当している間は母親の元を訪れるようにしていた。
乱牙のためではない。半分であっても鬼の血が入っている乱牙は、凍牙が手加減してつけた傷など数日のうちに治るはずだった。それでも露珠を止めなかったのは、露珠自身が乱牙と触れ合うことを楽しんでいる節があったからだ。
二人が互いを名前で呼び、良く庭で遊んでいるのは凍牙も知っていた。屋敷内にいる時の凍牙の耳には、「露珠」「乱牙」と互いを呼び、楽しそうにしている二人の声が聞こえていたからだ。
ある日、同じように露珠と乱牙が庭で過ごしている時に、晃牙が凍牙の部屋にやってきて、露珠と乱牙がいるであろう庭の方に視線を投げながら、「なんだ。あれを乱牙にくれてやるのか」と問われたことがある。その時の答えを、凍牙は頭の中で繰り返した。
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