貢物として嫁いできましたが夫に想い人ができて離縁を迫られています

藤花

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第一章

(4)-1

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「乱牙ーー!今日はこの辺にして、近くの村へ行こう。この怪我のまま山越えは厳しい」
「あぁ、そうだな。このあたりにしては、強い妖が多かったな……少し前に通りかかったときは、小物しかいなかったのに」

 目深にかぶり物をし、丈の長い外套を羽織った男が、隣の一つ角の鬼に話しかける。
 乱牙と呼ばれたその鬼は、男に同意し崖の下に見える村を鞘で示す。

「なんかちょっと、変な感じだよね、ここの妖。弱い妖の死骸も多いし、何かあったのかな」

 桃色の髪に、くるりと回る長い耳。兎の半妖である特徴を隠しもしない女が、示された村を見下ろす。

「そうだな、なにか……っ」

 言いかけた乱牙が、唐突に真剣な顔になり、顔を村に向ける。

「お前ら道なりに後から来い。先に行く」
「は、え??」

 仲間の返答を待たず、乱牙は崖から村へ一直線に降りて行った。

「怪我してるのに何やってんのよ!!……って聞いてないし。なんなのあれ」

 もう一人の同行者に説明を求めるが、当然答えを持っているわけもない。乱牙の言う通り、道なりに村へ急ぐしかなかった。

 一方、崖から飛び降りた乱牙は、村へ向かって走っていた。
 ヒトの匂いは強く、そこに紛れるかすかな香りはわかりにくかったが、近づくに連れて疑念は確信に変わる。
 そして確信した以上、ぐずぐずしてはいられなかった。こんな小さな村に、彼女がいる理由がわからない。何か想定外のことが起きているに違いない。
 今日何度も倒してきた、いつもより様子の違う妖たちと、彼女がここにいることが関係していたら。
 最悪の予感に、乱牙は他の生き物への配慮など忘れている。
 村の結界を破壊し、周りの景色など目に入っていないように走りぬける乱牙に、村は騒然となる。

「お、鬼……!」
「な、なぜ鬼が……」

 何が起きているのかわからぬ村人や、侵入してきたのが鬼であることだけは理解できた村人、それぞれに困惑し、何もできないでいる。
 そんな中、乱牙が粗末な作りの家の戸を遠慮なしに開け放った。

「露珠!!」

 突然の乱入者に、中にいた幼い兄弟は飛び上がるようにして乱牙を振り返る。

「露珠はどこだ」

 兄と思しき少年が、それでもなんとか乱牙の問を繰り返す。

「ろ…ろしゅ?」

 乱牙はその兄弟が囲むようにしていた薄汚れた布きれの中に、白銀の狐が丸まっているのを見つけ、駆け寄った。

「露珠、露珠!怪我をしているのか?しっかり……」

 必死な様子の乱牙に、兄弟ははじめの恐れを失ったのか、その狐について説明する。

「にいちゃん、この狐のこと知ってるの?森の中で弱ってたのを、父ちゃんが連れてきたんだ。父ちゃんは毛皮剥いで売ろうっていうんだけど、僕とゼン兄はいやだって言って看病してるんだけど、あんまり元気にならなくて……」

 毛皮を剥いで、あたりで乱牙から漏れ出た殺気に反応してか、狐の両耳がぴくぴくと動く。重たそうにゆっくりと顔を持ち上げ、瞬きをした狐は、乱牙に目を止めると何とか身体を起こし、乱牙に近づいてその膝に前足を乗せる。そのまま前足を突っ張って鼻筋でその頬を撫でた。

「露珠……っ!どうしてこんな……一体何が……」

 遅れて到着した同行者たちは、乱牙が狐を壊れ物のように支えている様子を見て驚きを隠せない。
 旅のなかで動物をかわいがる姿など見たことがなかったし、どちらかと言えば寄ってきた獣を殺気で追い払うイメージの方が強い。
 しかし、一行をさらに驚かせる事態が目の前で起こりつつあった。
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