貢物として嫁いできましたが夫に想い人ができて離縁を迫られています

藤花

文字の大きさ
上 下
4 / 56
第一章

(2)-2

しおりを挟む
 頬を押さえたまま呆然と凍牙を見送った露珠に、高藤が控えめに声をかける。

「奥方様」
「まだ、そう呼んでくれるのね。その子が、真白?」

 高藤の腕から下ろされた半妖の少女は、高藤の着物の裾を少し掴みながら、露珠の様子をうかがっている。

「私は――露珠、といいます。貴方と少し、話がしたいの。いいかしら」

 名乗るときに、凍牙や高藤との関係を説明すべきだと思いつつ、今の関係を説明する言葉が出てこない。警戒されないように微笑もうとして、頬の痛みに顔をしかめてしまう。

「奥方様、それよりも先に手当てを」
「いいえ。大丈夫よ。真白と、二人きりにしてほしいの」
「ですが……」

 渋る高藤を押し切るように、手前の真白に近寄り、その手をとる。

「あちらに、滝があるのよ。そこで少しお話しましょう」

 返事を待たずに手を引くと、真白は抗わずに着いてくる。その警戒心のなさが、羨ましくも嫉ましくもある。滝がある方向に顔を向けた露珠の虹彩が細く、瞳が青を帯びる。
 その攻撃色を確認してか、その殺気を感じてか、背後で高藤が刀に手をかける様子が伺えた。その様子を目の端でとらえた露珠の殺気が霧散する。
 高藤にとって攻撃対象となった、という事実が、凍牙が迷わず真白を守り、露珠を無視したとき時よりも、余程自分の今の状態を表しているようで、自虐的な笑いが漏れる。
 露珠が高藤にとって守るべき主君の妻ではなく、主君の大切な者に害をなす存在になり果てたということだ。主君の命に絶対服従の彼がそうするのであれば、きっとそうなのだろう。凍牙ともっとしっかり話したかった、という心残りはあれど、露珠はこれで決心がついた。

「高藤、今までありがとう。これを」

 もう一度高藤に向き直り、小指の爪ほどの大きさの、乳白色の石を手渡す。

「奥方様、これは」

 言いかけた高藤に向かって、露珠は人差し指を顔の前に立ててみせ、言葉を遮る。

「お守りよ。病気や怪我をしたときに、必ず役に立つわ。」

 手に渡された石の正体を知り、高藤は驚愕とともに決意を新たにする。
 先ほど奥方様がその瞳を青く染めた時に、我に返ったのだ。
 奥方様にそれをさせてはならない、後でどのように叱責され、たとえ命を奪われようとも、奥方様がそうする前に、私が真白を殺そうと。

 背後の高藤の決意には気が付かぬまま、露珠は真白を連れて滝へ降りると繋いでいた手を放し、真白に向き合う。できるだけ怯えさせないよう、穏やかに声をかけようと口を開きかけ、その耳と尾を見て動きを止めた。
 白味が強く、ところどころ灰色が混ざるそれは、犬のものより太く大きい。
 真白が何の半妖なのかを理解したことが、露珠の瞳を潤ませる。

「お姉さん、大丈夫?怪我、痛い?」

 全く警戒せず、心配して頬に手を伸ばしてくるその様子から、真白の純真さと、凍牙が彼女を大事にしていることが伝わってくる。

「大丈夫、心配させてごめんなさい」
「どうして真白のこと知ってるの?凍牙様のお友達?」

 自分と凍牙との関係をなんと名乗ればいいのかわからないが、真白の言葉に乗ることにする。

「ええ、そうよ。凍牙様のことが大好きなの。あなたも、そうでしょう?」
「うん!凍牙様、大好き!」

 それからしばらく、露珠は真白と凍牙の話をしていた。真白と凍牙がどのような生活をしているのかも。
 二人はあまり会話もなく、真白が凍牙について行っているようなものだが、話を聞き現状をみるに、凍牙としては驚くほど真白に優しく、また気遣っているように思えた。
 少なくない頻度で、凍牙は高藤と真白を置いてどこかに行くことが多いらしい。日数も数日から数週間に及ぶこともあるようだ。

「凍牙様がいない間に、怖い思いをしたことはない?」
「凍牙様が助けてくれるから怖くないよ。高藤も強いもん。でも…時々こわい。」

 少し声を落として、内緒話のように真白が漏らす。その様子にふ、と微笑むと、露珠は懐から銀糸と金糸で織られた巾着を取り出し、真白に渡した。

「これをあげる。お守りよ。これがあれば、怖い妖は寄ってこないの。それから」露珠が巾着から紅い石を取り出す。「これはなんでも治せるお薬。どうしようもない怪我や病気をしたときに使ってね。できれば、凍牙様のために。」

 真白が、受け取った巾着から手に余る大きさの銀の円錐を取り出す。銀がきらめくような遊色をもつそれに、真白の目は釘づけられる。

「これ…凍牙様の角みたい。」

 凍牙の額の左右に2本生えている角に、それはそっくりだった。

「ね、お守りになりそうでしょう?」

 紅玉も一緒に握らせて、真白の手ごと露珠が包み込む。

「これを持っていることを、できるだけ誰にも知られないように。大事にしてね。」
「いいの?お姉さんの大事なものじゃないの?」
「あなたに持っていてほしいの。きっと役に立つ。凍牙様にも。だから、ね?」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

最強退鬼師の寵愛花嫁

桜月真澄
恋愛
花園琴理 Hanazono Kotori 宮旭日心護 Miyaasahi Shingo 花園愛理 Hanazono Airi クマ Kuma 2024.2.14~ Sakuragi Masumi

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

処理中です...