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切っ掛けは
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次の日、授業が終わった橘は如月霊能事務所に向かっていた。昨日、須々田が自分の情報を知っている事に気が付いた夜は少々寝つきが悪かったが、一日経てばそんな事はすっかり忘れていた。
暇だったので普段とは違う道に挑戦すると、少々汚らしい格好をした男が、数人の制服を着た学生に絡まれていた。中々お目にかかれない現場なので対応に困る。
「おいオッサン! きたねぇんだよテメエ!」
「本当だぜ。そんな恰好で掃除とかギャグかよ!」
「や、やめてください……」
道に落ちていた真っ二つにされている竹箒から察するに、どうやら男は道路に落ちている葉っぱやゴミを集めているようだった。格好からするとひょっとしたら浮浪者なのかもしれない。
(確かにギャグだな。とは言う物の、近頃のガキは加減がなっていないから止めないと)
そう言う橘も未成年なのだが、棚に上げて間に割って入る。途端、いきり立った学生たちが一斉に橘を見る。すぐに後悔したが、ここは冷静に言葉を投げかける事にした。
「まあ待て君たち」
「なんだテメエ! やるのか!?」
「まさかこいつの知り合いか!?」
一手でも間違うとリンチを喰らう未来が見えたので、少々ビビる橘。だがもう後には引けない。
「君たちの大事な時間を、その臭くて薄汚いカスみたいな生き物に使うのは、もったいないと思わないか? 君たちまで汚く見えるぞ。それよりも、例えば駅前に出てナンパをするとか、いくらでもあるだろう」
「な、なんだコイツ……?」
「おい、もう行こうぜ」
てっきり橘が全面的に男の味方をするのかと思っていると、自分たちよりも酷い言葉で男を蔑み、ナンパというこれまた決して奨励されない事を勧めて来たので学生たちは、そそくさとその場を後にした。本当にヤバい奴が来たのだと思ったのだろう。
「ふぅ、何とかなったか」
「あの、……ありがとうございました」
橘が安堵のため息をついていると、一瞬迷ったかのように男がお礼を言って来た。まあそれは迷うだろう。
「いえ、お気になさらず。でもあなたも、もう少し綺麗な恰好をした方が良いですよ。また絡まれるかもしれないので」
学生たちの言い分にも一理あると思っていた橘は、善意からアドバイスをしたが男は奇妙に笑う。
「……ひひ、良いんですよ。俺を襲うなら襲ってくれればそれで……」
「は? マゾなのお前、助けて損したわ……。次からは無視するからな!」
急に様子が変わった男に対して恐怖を覚えつつも、何とかそれに気が付いていないふりをして橘は言葉を返し先を急ぐ。
「ええ、次は放っておいてください」
後ろから聞こえて来た男の声と視線が、嫌にこびりついて離れなかった。
「全く……! 普段とは別の道を通るのも、人助けも、するもんじゃねえな!」
橘は少々お冠なのか、荒々しく歩いて如月宅に辿り着いた。玄関を開けると男の靴がある。客だろうかと橘は思ったが、その靴には何故か見覚えがあった。
「お帰りなさいませ、伊織様!」
「邪魔するぞ千代。お客さん来てるのか?」
いつもの様に千代が奥からせわしなく出迎える。何時の頃からか、千代は「お帰り」と言うようになっていたが、橘は頑なに「ただいま」とは言わなかった。千代はそんな橘の返答を少々不満に思っているようだったが、すぐに切り替えて橘の問いに答える。
「ええ、浩一様が来られています。急だったので、橘様には依頼を全て聞いた後で連絡する予定でした」
どこか申し訳なさそうに答える千代の頭を撫で、橘は居間に向かう。どうやら、初対面の客など余り親しくない連中は客間、それ以外は居間、というように分けられている事に橘は最近気が付いた。
「お邪魔します! 仕事の話ですか刑事さん!」
「先に家主の私に挨拶しなさいよ」
「おう、久しぶりだな橘。嬉しそうだな?」
文句を無視し、如月の隣に座る橘。如月は何かもっと言いたいことがあったようだが、客の手前それ以上は止めておくことにしたようだ。
「だけど仕事の話はもう終わった。あとは葵から聞いてくれ」
「えぇ!? 一足遅かったか……! 人助けなんてしなければな」
「へぇ、そんな事してたんだ」
如月は詳しく聞きたい様だったが、橘はあまり思い出したくない出来事だったのでそれは流すことにした。古河はそんな橘の様子をみて目を細める。
「まあ人助けをしたご褒美と言う訳でも無いが、この前の事件の後日談でも伝えておこう」
「本当にご褒美じゃないわね、それ」
「おお、どうなったんですか!?」
「あなたは面白そうなら何でもいいのね」
どこか呆れた顔の如月と、嬉しさのあまり身を乗り出して興奮する橘がどこまでも対照的で、古河はまた笑った。だがすぐに顔を引き締める。そうして古河は、先日橘たちが解決した、被害者の指が持ち去られた殺人事件について話し始める。
「被害者の家で殺害、理由は指が欲しかったから。ここまではあの時本人の口から聞いたな?」
古河の言葉に二人はコクリと頷く。丁度千代がお茶を用意してくれて橘の隣に座り、一緒に話を聞く流れになる。
「死因は睡眠薬の過剰摂取によるものだった。これによって最初自殺と思われたが、犯人の口から、最初にお茶に混ぜて、意識がもうろうとしている所を更に追加で飲ませたと語られた。凶器であるナイフ等の捨て場所も明らかになって、捜査一課は解決という事にした様なんだが」
「何か引っかかるんですか?」
渋い顔をする古河に問いかける橘。捜査一課の人たちの言う通り事件は解決して万々歳だと思うのだが。
「何で指を切り落としたんだ」
「え……?」
そう古河は怖い顔をしたが橘には何を言っているのかわからなかった。それこそ犯人の口から「指が好きだから」と告げられているのだ。それ以上は無いんじゃないかと思ったが古河は違ったようだ。
「いくら指が好き、だからといって、じゃあ切り落とそう、とは普通はならん。現に奴はその性癖を隠してこれまで何も問題なく生きてきた。今回事件を起こそうと思った切っ掛けが、何かあるはずなんだ」
「……まさか、あの廃屋を見た?」
橘は凄惨な光景が広がっていた廃屋を思い浮かべたが、それは如月が否定する。
「忘れたの橘? あそこにはわたしでさえ見落とした結界が貼ってあったのよ。普通の人間には入れないわ」
「ってことは……。別の所で似たような光景が広がっていてそれを見たとか?」
古河は橘の意見にコクリと頷き、
「あるいはあんな事をした奴と親交があったから、かもな」
古河がそう言った後この場にはどこか重たい空気が広がった。もしかしたらあんな光景が別のどこかでまたあるのかもしれない。そして、それを作った奴に刺激され、また別の奴が事件を起こすかもしれない。そう思うと肝が冷える。
そんな重たい空気を吹き飛ばすように千代が声を上げる。
「まあ皆さま、色々思う事があるでしょうがいくら考えても解決しない問題もあります。今は心と頭を休めましょう!」
そんな千代の言葉に三人は頷いて、お茶を飲みながら雑談に話を咲かせることにした。思いのほか話は盛り上がったが、暗い空気を払拭しようとしてどこか無理矢理な感じがあると橘は感じていた。
しばらくたって古河は帰っていった。機会があれば何とか奴を尋問してみるが期待はしないでくれ、そんな言葉を残して。また少し空気が重たくなったが、いつまでも気にしていられないので、橘は早速如月に依頼の詳細を話すように要求する。
「何でも交通事故が絶えない交差点があるからちょっと視てほしい、だそうよ」
「なんだそれ」
先ほどまでと比べて何だか軽く感じ、橘は拍子抜けをした。交差点に問題があるのなら、それこそ警察の仕事ではないか、橘がそう考えていると如月は咳払いをする。
「昔から、と言う訳じゃなくて今年に入って急に、だそうよ。恐らく地縛霊が悪さをしていると思うのだけど実際に視てみないとね」
「なるほど、俺達霊能力者の出番だな」
橘が冗談を言いつつ気合を入れると如月は、
「幽霊視えないくせに」
と悪戯っぽく笑った。それを聞いた橘は少し動揺する。
(あなたは違う、という突っ込みを期待していたんだけど俺も霊能力者を名乗って良いのか?)
想定していた言葉が返って来なかったので戸惑いながら、
「お前が代わりに視てくれるから良いだろ」
そう強がった。ふと如月を見ると何だか居心地が悪いようで、そうね、と返事をして部屋から出て行った。橘は首を傾げていたが千代はそんな二人の様子を微笑ましく眺めていた。
暇だったので普段とは違う道に挑戦すると、少々汚らしい格好をした男が、数人の制服を着た学生に絡まれていた。中々お目にかかれない現場なので対応に困る。
「おいオッサン! きたねぇんだよテメエ!」
「本当だぜ。そんな恰好で掃除とかギャグかよ!」
「や、やめてください……」
道に落ちていた真っ二つにされている竹箒から察するに、どうやら男は道路に落ちている葉っぱやゴミを集めているようだった。格好からするとひょっとしたら浮浪者なのかもしれない。
(確かにギャグだな。とは言う物の、近頃のガキは加減がなっていないから止めないと)
そう言う橘も未成年なのだが、棚に上げて間に割って入る。途端、いきり立った学生たちが一斉に橘を見る。すぐに後悔したが、ここは冷静に言葉を投げかける事にした。
「まあ待て君たち」
「なんだテメエ! やるのか!?」
「まさかこいつの知り合いか!?」
一手でも間違うとリンチを喰らう未来が見えたので、少々ビビる橘。だがもう後には引けない。
「君たちの大事な時間を、その臭くて薄汚いカスみたいな生き物に使うのは、もったいないと思わないか? 君たちまで汚く見えるぞ。それよりも、例えば駅前に出てナンパをするとか、いくらでもあるだろう」
「な、なんだコイツ……?」
「おい、もう行こうぜ」
てっきり橘が全面的に男の味方をするのかと思っていると、自分たちよりも酷い言葉で男を蔑み、ナンパというこれまた決して奨励されない事を勧めて来たので学生たちは、そそくさとその場を後にした。本当にヤバい奴が来たのだと思ったのだろう。
「ふぅ、何とかなったか」
「あの、……ありがとうございました」
橘が安堵のため息をついていると、一瞬迷ったかのように男がお礼を言って来た。まあそれは迷うだろう。
「いえ、お気になさらず。でもあなたも、もう少し綺麗な恰好をした方が良いですよ。また絡まれるかもしれないので」
学生たちの言い分にも一理あると思っていた橘は、善意からアドバイスをしたが男は奇妙に笑う。
「……ひひ、良いんですよ。俺を襲うなら襲ってくれればそれで……」
「は? マゾなのお前、助けて損したわ……。次からは無視するからな!」
急に様子が変わった男に対して恐怖を覚えつつも、何とかそれに気が付いていないふりをして橘は言葉を返し先を急ぐ。
「ええ、次は放っておいてください」
後ろから聞こえて来た男の声と視線が、嫌にこびりついて離れなかった。
「全く……! 普段とは別の道を通るのも、人助けも、するもんじゃねえな!」
橘は少々お冠なのか、荒々しく歩いて如月宅に辿り着いた。玄関を開けると男の靴がある。客だろうかと橘は思ったが、その靴には何故か見覚えがあった。
「お帰りなさいませ、伊織様!」
「邪魔するぞ千代。お客さん来てるのか?」
いつもの様に千代が奥からせわしなく出迎える。何時の頃からか、千代は「お帰り」と言うようになっていたが、橘は頑なに「ただいま」とは言わなかった。千代はそんな橘の返答を少々不満に思っているようだったが、すぐに切り替えて橘の問いに答える。
「ええ、浩一様が来られています。急だったので、橘様には依頼を全て聞いた後で連絡する予定でした」
どこか申し訳なさそうに答える千代の頭を撫で、橘は居間に向かう。どうやら、初対面の客など余り親しくない連中は客間、それ以外は居間、というように分けられている事に橘は最近気が付いた。
「お邪魔します! 仕事の話ですか刑事さん!」
「先に家主の私に挨拶しなさいよ」
「おう、久しぶりだな橘。嬉しそうだな?」
文句を無視し、如月の隣に座る橘。如月は何かもっと言いたいことがあったようだが、客の手前それ以上は止めておくことにしたようだ。
「だけど仕事の話はもう終わった。あとは葵から聞いてくれ」
「えぇ!? 一足遅かったか……! 人助けなんてしなければな」
「へぇ、そんな事してたんだ」
如月は詳しく聞きたい様だったが、橘はあまり思い出したくない出来事だったのでそれは流すことにした。古河はそんな橘の様子をみて目を細める。
「まあ人助けをしたご褒美と言う訳でも無いが、この前の事件の後日談でも伝えておこう」
「本当にご褒美じゃないわね、それ」
「おお、どうなったんですか!?」
「あなたは面白そうなら何でもいいのね」
どこか呆れた顔の如月と、嬉しさのあまり身を乗り出して興奮する橘がどこまでも対照的で、古河はまた笑った。だがすぐに顔を引き締める。そうして古河は、先日橘たちが解決した、被害者の指が持ち去られた殺人事件について話し始める。
「被害者の家で殺害、理由は指が欲しかったから。ここまではあの時本人の口から聞いたな?」
古河の言葉に二人はコクリと頷く。丁度千代がお茶を用意してくれて橘の隣に座り、一緒に話を聞く流れになる。
「死因は睡眠薬の過剰摂取によるものだった。これによって最初自殺と思われたが、犯人の口から、最初にお茶に混ぜて、意識がもうろうとしている所を更に追加で飲ませたと語られた。凶器であるナイフ等の捨て場所も明らかになって、捜査一課は解決という事にした様なんだが」
「何か引っかかるんですか?」
渋い顔をする古河に問いかける橘。捜査一課の人たちの言う通り事件は解決して万々歳だと思うのだが。
「何で指を切り落としたんだ」
「え……?」
そう古河は怖い顔をしたが橘には何を言っているのかわからなかった。それこそ犯人の口から「指が好きだから」と告げられているのだ。それ以上は無いんじゃないかと思ったが古河は違ったようだ。
「いくら指が好き、だからといって、じゃあ切り落とそう、とは普通はならん。現に奴はその性癖を隠してこれまで何も問題なく生きてきた。今回事件を起こそうと思った切っ掛けが、何かあるはずなんだ」
「……まさか、あの廃屋を見た?」
橘は凄惨な光景が広がっていた廃屋を思い浮かべたが、それは如月が否定する。
「忘れたの橘? あそこにはわたしでさえ見落とした結界が貼ってあったのよ。普通の人間には入れないわ」
「ってことは……。別の所で似たような光景が広がっていてそれを見たとか?」
古河は橘の意見にコクリと頷き、
「あるいはあんな事をした奴と親交があったから、かもな」
古河がそう言った後この場にはどこか重たい空気が広がった。もしかしたらあんな光景が別のどこかでまたあるのかもしれない。そして、それを作った奴に刺激され、また別の奴が事件を起こすかもしれない。そう思うと肝が冷える。
そんな重たい空気を吹き飛ばすように千代が声を上げる。
「まあ皆さま、色々思う事があるでしょうがいくら考えても解決しない問題もあります。今は心と頭を休めましょう!」
そんな千代の言葉に三人は頷いて、お茶を飲みながら雑談に話を咲かせることにした。思いのほか話は盛り上がったが、暗い空気を払拭しようとしてどこか無理矢理な感じがあると橘は感じていた。
しばらくたって古河は帰っていった。機会があれば何とか奴を尋問してみるが期待はしないでくれ、そんな言葉を残して。また少し空気が重たくなったが、いつまでも気にしていられないので、橘は早速如月に依頼の詳細を話すように要求する。
「何でも交通事故が絶えない交差点があるからちょっと視てほしい、だそうよ」
「なんだそれ」
先ほどまでと比べて何だか軽く感じ、橘は拍子抜けをした。交差点に問題があるのなら、それこそ警察の仕事ではないか、橘がそう考えていると如月は咳払いをする。
「昔から、と言う訳じゃなくて今年に入って急に、だそうよ。恐らく地縛霊が悪さをしていると思うのだけど実際に視てみないとね」
「なるほど、俺達霊能力者の出番だな」
橘が冗談を言いつつ気合を入れると如月は、
「幽霊視えないくせに」
と悪戯っぽく笑った。それを聞いた橘は少し動揺する。
(あなたは違う、という突っ込みを期待していたんだけど俺も霊能力者を名乗って良いのか?)
想定していた言葉が返って来なかったので戸惑いながら、
「お前が代わりに視てくれるから良いだろ」
そう強がった。ふと如月を見ると何だか居心地が悪いようで、そうね、と返事をして部屋から出て行った。橘は首を傾げていたが千代はそんな二人の様子を微笑ましく眺めていた。
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