50 / 55
三、落花
三、落花 ②
しおりを挟む「辰紀くん、退院日が決まりましたよ」
「竜仁さん」
彼が仕事終わりに顔を出してくれるのをいつの間にか、胸を弾ませながら待っていた。
けれど担当の看護師さんたちが竜仁さんへ向ける熱い視線があまり好きではなくて、来てもすぐに庭へ連れ出していた。
彼の魅力は、アルファもベータも関係ないようだ。
きっと婚約者だった胡蝶さんって人も、素直になれないだけで彼自身に惹かれていたんじゃないのかなって。
惹かれてしまう自分が言うのは、惚気ているように思えて言わないけど。
その彼が今日は、宝石箱の鍵を持ってやってきた。
「最初の約束通り、菫さんの形見は全て君に返します」
「そんな約束してましたね。今は、貴方が持ってることに安心してました」
鍵を受け取って、どこに仕舞おうかあたりを見渡すと、彼が咳ばらいをする。
「色々と順番が前後したんですが、これを」
番届と、指輪も用意していたのに驚いた。
「君の気持ちを聞こうか悩んだのですが、まあ聞かずとも。次のヒートで分かるから、いいかなと」
次のヒートか。
医師も、完治は時間かかるかもしれないがこのまま番と過ごしていけば禁断症状も後遺症も起きにくいと言っていた。
そしてヒートの時に相手の匂いが感じられたら治ってきた証拠だよ、と。
目の前の竜仁さんも一緒に聞いていたから、番届と指輪を持って、大きな尻尾を振ってきたいしているのが伺える。
ちなみに僕は未だに彼の匂いを知らないし、番だという自覚がもてるような何かは感じたことがない。
艶酔の摂取が長かったのだから、それは代償かもしれない。
アルファと番いたくなくて食べた代償だ。
「ちなみに証拠隠滅のために、君の家は取り壊し君のご両親には、花の栽培と販売を脅して、手切れ金を渡してきました。屋敷もとっくに取り壊されています。そして偶然、私のマンションには部屋が一室空いています」
「すごい偶然ですね」
「もしかして運命かもしれないです」
悪びれもせずに言うので、笑ってしまった。
でも両親と関わらないで済むのは正直助かっている。
祖母のお葬式にも来なかったのに、形見だけは売り払うような人だ。
的な教育も、愛情ももらえなかった部分よりも、祖母を大切にしなかった部分で愛情も興味も失せている。
僕を餌に有栖川家に二度と近づかないのであれば、もう僕も会わなくて済む。
すると返事も待たずに彼が、つけていた祖母の形見の指輪を外すと代わりに翡翠色の宝石が埋め込まれた指輪を薬指にはめてくれた。
そして自分の薬指も指さすので、僕がはめる。
「帰る家がないので、運命にまかせていいですか」
「色気がない返事ですがもちろんですよ」
そういいつつも、蕩けんばかりに笑っていた。
帰ろう。本当の居場所に。きっと彼の横では色鮮やかな花が心に溢れていくにちがいないのだから。
0
お気に入りに追加
195
あなたにおすすめの小説
欠陥αは運命を追う
豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」
従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。
けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。
※自己解釈・自己設定有り
※R指定はほぼ無し
※アルファ(攻め)視点
ベータの兄と運命を信じたくないアルファの弟
須宮りんこ
BL
男女の他にアルファ、ベータ、オメガの性別が存在する日本で生きる平沢優鶴(ひらさわゆづる)は、二十五歳のベータで平凡な会社員。両親と妹を事故で亡くしてから、血の繋がらない四つ下の弟でアルファの平沢煌(ひらさわこう)と二人きりで暮らしている。
家族が亡くなってから引きこもり状態だった煌が、通信大学のスクーリングで久しぶりに外へと出たある雨の日。理性を失くした煌が発情したオメガ男性を襲いかけているところに、優鶴は遭遇する。必死に煌を止めるものの、オメガのフェロモンにあてられた煌によって優鶴は無理やり抱かれそうになる――。
※この作品はエブリスタとムーンライトノベルズにも掲載しています。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。普段から作中に登場する事柄に関しまして、現実に起きた事件や事故を連想されやすい方はご注意ください。
君はぼくの婚約者
まめだだ
BL
中学生のとき引き合わされた相手と婚約した智史。
元々オメガと判る前は異性愛者だった智史は、婚約者である直孝が女の子といるところを見てショックを受ける。
―――そして気付いた。
直孝だって突然男の婚約者をあてがわれたわけで。なのに自分は、当たり前のように相手からは愛されるものと思っていたのか。
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
恋は終わると愛になる ~富豪オレ様アルファは素直無欲なオメガに惹かれ、恋をし、愛を知る~
大波小波
BL
神森 哲哉(かみもり てつや)は、整った顔立ちと筋肉質の体格に恵まれたアルファ青年だ。
富豪の家に生まれたが、事故で両親をいっぺんに亡くしてしまう。
遺産目当てに群がってきた親類たちに嫌気がさした哲哉は、人間不信に陥った。
ある日、哲哉は人身売買の闇サイトから、18歳のオメガ少年・白石 玲衣(しらいし れい)を買う。
玲衣は、小柄な体に細い手足。幼さの残る可憐な面立ちに、白い肌を持つ美しい少年だ。
だが彼は、ギャンブルで作った借金返済のため、実の父に売りに出された不幸な子でもあった。
描画のモデルにし、気が向けばベッドを共にする。
そんな新しい玩具のつもりで玲衣を買った、哲哉。
しかし彼は美的センスに優れており、これまでの少年たちとは違う魅力を発揮する。
この小さな少年に対して、哲哉は好意を抱き始めた。
玲衣もまた、自分を大切に扱ってくれる哲哉に、心を開いていく。
たとえ月しか見えなくても
ゆん
BL
留丸と透が付き合い始めて1年が経った。ひとつひとつ季節を重ねていくうちに、透と番になる日を夢見るようになった留丸だったが、透はまるでその気がないようで──
『笑顔の向こう側』のシーズン2。海で結ばれたふたりの恋の行方は?
※こちらは『黒十字』に出て来るサブカプのストーリー『笑顔の向こう側』の続きになります。
初めての方は『黒十字』と『笑顔の向こう側』を読んでからこちらを読まれることをおすすめします……が、『笑顔の向こう側』から読んでもなんとか分かる、はず。
それが運命というのなら
藤美りゅう
BL
元不良執着α×元不良プライド高いΩ
元不良同士のオメガバース。
『オメガは弱い』
そんな言葉を覆す為に、天音理月は自分を鍛え上げた。オメガの性は絶対だ、変わる事は決してない。ならば自身が強くなり、番など作らずとも生きていける事を自身で証明してみせる。番を解消され、自ら命を絶った叔父のようにはならない──そう理月は強く決心する。
それを証明するように、理月はオメガでありながら不良の吹き溜まりと言われる「行徳学園」のトップになる。そして理月にはライバル視している男がいた。バイクチーム「ケルベロス」のリーダーであるアルファの宝来将星だ。
昔からの決まりで、行徳学園とケルベロスは決して交わる事はなかったが、それでも理月は将星を意識していた。
そんなある日、相談事があると言う将星が突然自分の前に現れる。そして、将星を前にした理月の体に突然異変が起きる。今までなった事のないヒートが理月を襲ったのだ。理性を失いオメガの本能だけが理月を支配していき、将星に体を求める。
オメガは強くなれる、そう信じて鍛え上げてきた理月だったが、オメガのヒートを目の当たりにし、今まで培ってきたものは結局は何の役にも立たないのだと絶望する。将星に抱かれた理月だったが、将星に二度と関わらないでくれ、と懇願する。理月の左手首には、その時将星に噛まれた歯型がくっきりと残った。それ以来、理月が激しくヒートを起こす事はなかった。
そして三年の月日が流れ、理月と将星は偶然にも再会を果たす。しかし、将星の隣には既に美しい恋人がいた──。
アイコンの二人がモデルです。この二人で想像して読んでみて下さい!
※「仮の番」というオリジナルの設定が有ります。
※運命と書いて『さだめ』と読みます。
※pixivの「ビーボーイ創作BL大賞」応募作品になります。
【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる