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三、落花

三、落花 ①

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 一週間の高熱のあと、急性中毒として病院に入院した。

 熱が下がり病室で目を覚ますと、看護師も医師も僕を腫れものに扱うように接してきた。
 優しそうな女性の医師だったけれど、診察をしたあとゆっくりと僕の目を見て、伺うように慎重に質問してきた。

「まず、真実を言ってね。私たちはオメガの貴方を守る立場に居ます」
「あ、はい。でも熱の間の記憶はほぼないので、竜仁さんに聞いてもらえればーー」
「貴方の番は、貴方を無理やり番にしたと言ってきたけど、本当なの?」

 医師の言葉に、咄嗟に言葉が出てこなかった。
 本当なのかと言えば、誘ったのは僕だけど少しニュアンスが違う。
 彼は僕が中毒症状だったので、治療の為に番にしただけだ。

「貴方は無理やり番にされ、自分の身を守るために艶酔を摂取したんじゃないの?」

 医師の緊張した顔に、ようやく状況を理解できた。

 僕は艶酔の中毒症状で入院したわけではない。
 診断でも急性中毒になっていた。
 アルファの竜仁さんに花の毒を中和されてもらっていたから、僕が幼少の頃から摂取していたことは医師にはばれていないんだ。

 もっと詳しく、精密検査すればばれてしまうかもしれないけど、彼がきっと上手く説明したんだ。

 無理やり摂取させた状況に追い込んだこと。
 自分が悪者のように説明したんだろう。

「大丈夫よ。彼が地位や名誉あるアルファだとしても、そんなアルファから守るための財団も沢山あるの。怖がらなくていい。私たちは貴方を守るから真実を教えて」

 ここで僕が嘘を言えば、もう竜仁さんの元へ帰ることはない。
 保護してもらえるんだ。

 入院してからずっと注射と点滴を毎日繰り返していた。きっと常に摂取していたことは、艶酔の知識がない日本では簡単に誤魔化せる。
 
 本当に彼が憎いのであれば。
 あの行為に嫌悪と憎悪があるのであれば、嘘偽りで逃げて保護してもらえたらいい。

「辰紀くん?」
 気づけば両手が震えていた。
 医師は僕の手を握って、真実を聞こうとしてくれる。

 その瞬間に、目を閉じて思ったのは熱でうなされていたあの日。

 竜仁さんと笑い合って、綺麗な花束を持って、二人で海に行く未来だった。


「僕は、ずっと両親から花を食べさせられていて、彼が救ってくれました。運命の、相手なんです」

 言いながら、自分の浅はかで幼稚だった過去に涙が零れた。
 助けようと、嫌な役を買って出た彼を、僕はいつも傷つける言葉で翻弄していた。

 それなのに最後まで僕を助け、そして逃げ道を作ってくれるんだ。

「彼が居なかったら、僕は花の中毒で危険な状態だったと思います。僕がジャンキーだとばれないように彼は僕を守るために、貴方に色々言ったんだと思いますが」

 僕も彼を信頼しているんです。

 そう言いながら涙が零れた。
 恋愛なんてして来たこともないし誰かの優しさも知らない。
 彼が僕にどうしてあれほど優しくしてくれたのか、恐怖さえあった。

 でも根っこでは、それが愛だったんだ。

 僕はその真実と向き合わなければいけない。
 彼に会いたい。

「分かりました。艶酔のことは大丈夫だからね。こちらでも色々と治療の仕方を調べるから」

 それから三日後だった。
 番の彼の処置のおかげで後遺症もないでしょうと診断され、彼との面談が許された。

 僕がマインドコントロールされている場合もあるからと、竜仁さんとの面会は一時間だけで医師と看護師も
一緒だったけれど、後遺症がないと伝えると一番喜んでいたのは、竜仁さんだった。

 その時の竜仁さんを見て、医師から彼の病室への入室許可も下りた。

 入院のおかげで花の毒が薄れていく。
 でもどうしてだろう。僕はあの屋敷であの関係を怖いと言っていたのに、今はもう嫌ではないと思っていた。
 竜仁さんに最後まで花の毒を薄めてもらいたかったと思っていたんだ。

 入院後、花の中毒症状で悩まされている患者だけ集めて、艶酔が違法ドラッグに定められる法律の可決があったこと、年間に数百人の死亡が確認されたこと、これからおこるかもしれない後遺症について説明があった。その中に、祖母が苦しめられていた持病がいくつも載っていた。
 僕は竜仁さんが早く見つけてくれたおかげで、後遺症は出ていない。

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