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第6章

神歴第四の年 伝道師と伴侶

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ちょうど天の高みまで昇りつめた太陽が、春の麗らかな風に揺られていた。

澄んだ空に鳥たちの囀る声が響き渡り、森の中には一際美しい歌が溶け込んでいた。

ケセフは家の前に腰を下ろし、神の教えを記すための草の果や種を潰していた。

小動物たちも彼の手伝いをしている。
栗鼠や鼠たちは、インクの原料となる種を彼に渡し、猪やシカはそれらを器用に砕いていた。

だが、ケセフの耳は隣から響く歌声に引き寄せられていた。

その美しい声の主は、白鯨の娘、ゼミーラである。
彼女は人間となり、神の力によってこの地に現れた。

ゼミーラが口ずさむのは、海の底で育まれた調べと神への賛美を謳っている経典の文章を歌にしたものだった。

その旋律は、ケセフの胸に深く響いていた。

「君の歌声は、本当に素晴らしい…」
ケセフが言いかけると、栗鼠が彼の足を突いた。

「ごめん、作業に戻らないとね」と苦笑しながら種を潰し続けるが、その目はたびたびゼミーラへと向かってしまう。

その様を見て、ゼミーラは幸せそうに笑みを浮かべた。

白鯨の娘、ゼミーラがケセフの前に初めて現れたのは、彼女が神の力によって人間となった翌日のことだった。

風にわずかに秋の気配が混じる、神歴第三の年の晩夏のこと。

昼前に編纂の作業を終えたケセフが、動物たちの世話に向かう途中で、彼女は突然現れた。

何処までも透き通るような、夏空と海がそこにあるかのような青。

目の前の女性の美しさに目を奪われた。

はっとして、インクで染まった指を見下ろし、ズボンで少しでも汚れを拭き、抱えた牧草を足元に置き、草臥れた粗末な服を整えようとした。

その姿がゼミーラにどう映っていたかはわからないが、彼女は彼に笑いかけた。

ゼミーラは肩で息をしていたが、その声は透き通るように清らかで、
「やっと、あなたに会えました」と嬉しそうに言った。


ケセフは目を見開いた。
この声、この姿、何か遠い記憶が引っかかる。しかし、どこで会ったのかが思い出せない。

「君、大丈夫かい? 随分急いでここまで来たみたいだね。
申し訳ないが、君のことを思い出せないんだ…。
でも、どうか少し休んでからでいいから、話を聞かせてくれないか?」

ケセフは優しく声を掛けた。

ゼミーラは小さく頷き、彼の横に座り込んだ。

その瞳は深い海のように澄んでいた。
彼女が心に抱いている感情は、言葉にするにはまだ早かった。

しかし、ケセフの誠実な優しさに、彼女は徐々に心を開いていく。

彼らはその日、太陽が沈むまで会話を続けた。

ゼミーラは、彼が自分を救った記憶を辿りながらも、神と海の間で起こった奇跡については多くを語らなかった。

そして、時が流れ、季節は次第に冬へと移ろっていった。

厳しい寒さが森を包む中、ゼミーラはケセフのもとで暮らすようになった。

彼女は寒さに耐える方法を知らなかったが、ケセフが彼女に、
獣から分けてもらった羽毛を使った暖かい衣を贈り、共に食べ物を分け合い、
火を囲んで話す時間を持つことで、二人の絆はゆっくりと深まっていった。

雪が積もり、冷たい風が吹き荒れる夜には、彼らは互いを支え合った。

ケセフはゼミーラが何よりも大切にしている歌声を守り、彼女はケセフに愛と感謝を込めた新たな調べを教えた。

彼女が初めてケセフにその愛と、ここに来るまでの全てを打ち明けたのは、冬が終わりを迎え、春の兆しが見え始めた頃だった。

だが、彼らの愛が生まれる過程には、避けねばならない問題が立ちはだかっていた。

それは、ゼミーラが人間になる前に抱えていた記憶の断片だった。

血の繋がったものが子を成すと、その子はすぐ命を落とす。
そのことだった。

「ケセフ…私はあなたを愛している。でも、私たちが一緒にいてはいけない理由があるのかもしれない…」

彼女の言葉に、ケセフは驚いた。
ゼミーラは涙を浮かべ、海の彼方を見つめていた。

彼女が抱える不安は、二人の未来に影を落とすものだった。

神に作り替えられた人と、神の子とが交わって良いのか…彼らは知り、どう共にあるのか模索しなければならなかった。

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