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第2章

第八の月

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初夏がもう間近に近付いていることを伝えるように、日を追うごとに陽射しが強まり、森の草木はますます緑を濃くし始めていた。

鳥たちのさえずりは軽やかで、風は穏やかに大地を撫でる。

木漏れ日の中を低くゆっくりと飛びながら、少女は、季節の移ろいを全身で感じていたが、その胸中は穏やかではなかった。

彼女の目の前に広がる風景は変わらず美しかったが、ローシュとイーサンの成長によって、家族の関係や日々の過ごし方が少しずつ変わってきているのを感じていた。

子供たちは、身体だけでなく心も大人になりつつあり、二人の間に芽生えた微妙な距離感や感情の変化も目立つようになっていた。

ある日、朝日の降り注ぐ家の前で、ローシュがひとり弓の手入れをしていた。

彼女の長く艶やかな髪が陽の光を受けて赤く輝き、その様子はいつかの無邪気な少女とは違う、確かな大人の女性の色香を漂わせていた。

ローシュは、時折遠くを見つめてはため息をつくようになっていた。

イーサンもまた、成長の過程で変わった。

少年の頃の無邪気さは少し影を潜め、身体つきは尚がっしりとし、声も低く、力強さを増していた。

金に近い茶色に輝く頭髪を耳にかかる程度に切り揃えて、その立派な眉と彫りの深い眼窩から覗く澄んだ水のような蒼い瞳は憂いを帯びていた。

最近は、木々の間を歩きながらも落ち着かず、何かを思案しているかのように森をさまよう姿を目にすることが増えた。

そんな二人の姿を見守りながら、少女は気づいていた。

二人はただの家族としてではなく、異なる感情が芽生え始めていることに。

そんなある日、ローシュがひとりで少女の元を訪れ、深刻そうな面持ちで話を切り出した。

「母様、最近…イーサンのことをどう思っていいのかわからないの。
お互いに変わってきているのはわかるけど、それが怖いんだ。」

ローシュの声は震えていた。

彼女の瞳には戸惑いと不安が混ざり合い、その感情が溢れ出しそうになっているのが明らかだった。

少女はそっとローシュの手を握り、優しく微笑みかけた。

「そうね、変化は時に怖いものだけれど、それは自然なことなのよ。
イーサンも同じように感じているのかもしれないね。大事なのは、お互いに心を開き、正直に話し合うこと。
感情がどうであれ、それを受け入れる勇気が必要なんだよ。」

ローシュは少し驚いた表情を見せながらも、少女の言葉にじっと耳を傾けていた。その後、深く息をついて頷いた。


その翌日の夕暮れ時に、このところにしては珍しくローシュとイーサンが二人きりで森へ出かけで行った。

彼らがどのような結論に至るかはわからなかったが、少なくともこの瞬間が二人にとって重要な一歩であることを確信していた。

そのため少女は尚いつも通りに待っていてやることにした。

しかし、いつもならすぐに戻る二人が、その日は日が沈んでも帰ってこなかった。

少女は流石に少し心配になり、静かに森へと向かった。

森の奥、少し開けた崖の近くに着くと、二人はそこで何かを話し合っていた。

遠くからでも、緊張感が漂っているのがわかる。
何を話しているのかは想像に難くなかった。

イーサンの声はいつもの低さはどこへやら、上擦って掠れていた。

そんなイーサンをローシュは揶揄うように笑いながら、しかし自身の手を握りしめて話を聞いていた。

ややあって、イーサンが何かを口にした後、ローシュが顔を赤くして、口を閉ざして立ち尽くし、イーサンは顔を赤めて背けていた。

(これ以上は野暮だ。)
少女は二人に声をかけることなく、静かにその場を離れた。

何かが変わり始めていることを感じつつも、彼ら自身がその変化を受け止める必要があることを理解していた。

その晩、家に戻ってきた二人の間には、微妙な距離があった。夕食の席で、いつものように楽しげな会話がなく、なんとも言えない沈黙が漂った。

少女はそんな二人に、これからの道をどう歩むべきか、彼ら自身が選ぶ時が来たことを告げる必要があると感じていた。それは、彼女が育て上げた愛しい子供たちが、それぞれの人生を切り開くために必要な試練でもあった。

初夏の空気はまだ穏やかで、すべてが動き出す直前の静けさに包まれていた。そしてその静けさの中で、二人は少しずつ、自分たちの感情と向き合い始めていた。新しい家族の形が見えてくるのは、そう遠くない未来のことなのかもしれなかった。

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