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夢魔の命
休息
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「疲れたね」
屋敷に帰るなり、ヴェルトは静かに呟いた。
「ヴェルトさん、少し休みますか?」
ヴェルトに続いて屋敷の玄関を潜ったカイラは恋人の背を見上げた。
「そうだね……ちょっと休むよ」
最早風呂で体を清める事すら億劫で、ヴェルトはそのまま寝巻きを着て眠る事に決めた。
重い体を引き摺るようにして寝室へ向かい、柔らかなベッドに身を横たえる。
「……カイラ君も疲れたのかい?」
ふとヴェルトが視線を扉の方へ向けると、寝巻き姿のカイラが立ち尽くしているのが見えた。
「えぇ。僕もヴェルトさんと一緒に寝てもいいですか?」
「いちいち許可なんてとらなくて良いのに」
カイラは静かに布団に潜りヴェルトの体に手を回した。
「ヴェルトさん」
「ん、なに?」
ヴェルトもカイラの小さな体へ腕を回す。
「ヴェルトさんには僕がいますからね」
何故カイラが突然このような事を言い始めたのか。その理由を何となく理解したヴェルトは一瞬だけ表情を引き攣らせた。
それは、マジェスティック邸での何気ない会話の事。
「……うーん、強いて言えば、昔付き合ってた彼女に似てるからかな」
「彼女ですか? そういえばヴェルトさんの恋愛関係の話って聞いた事無かったです」
「そうだったっけ? ……でまあ、髪や目の色も同じだし、なんかこう……全体の雰囲気が似てるというか。魔法も勉強してたからね、今思うと共通点多いかも」
カイラの頭に、美しい茶髪と緑の瞳をもった、ヴェルトと同じくらいの年齢の女性が思い浮かぶ。
「そうなんですか? ……えへへ、じゃあ僕にとって魔導士の先輩なんですね」
「まぁもうとっくに死んでるんだけどね」
あまりに平然とした様子で言うので、カイラは冷水を掛けられたかのような表情を浮かべる。
「もう……10年になるよ。彼女が病気になっちゃって、そのまま死んじゃった」
「10年くらい前に亡くなったって話したの、覚えてたんだ」
「大切なヴェルトさんの事ですから」とカイラは微笑し、更に強くヴェルトを抱き締めた。
「何? 僕の事心配してるのかい」
「あの夢魔の状況と似ている気がしたので」
「あのねぇ、カイラ君」と諭すような口調でヴェルトは続ける。
「君が僕の事心配するなんて100年早い」
「でもヴェルトさん、僕、時々不安なんです」
「僕の心配するくらいなら自分の心配でもしたらどうだい? 僕がいなけりゃ碌に____」
「フロイさんの事、ずっと好きなんでしょう?」
「そうだよフロイが……待って。何でカイラ君がフロイの事知ってるの」
いよいよ顔を強張らせたヴェルトはカイラに尋ねる。
「昨日起きた僕を見てヴェルトさんが『フロイ?』って呼んでたから」
「……そんな事したっけ」
「ヴェルトさん寝ぼけてたから覚えてないんですよ」
「……そっか」
深い溜息を吐いたヴェルトはこう続けた。
「……僕は今でもフロイの事が好きなんだと思う。だけどね、それと同じくらいのカイラ君の事が好きだ」
「えへ、嬉しいです」
「だからね」と真剣な声色でヴェルトは話を始める。
「君が苦しむ姿は見たくないんだよ。だからすぐにでもミキを見つけだして、倒さなきゃいけない」
鈍感なカイラですら、ヴェルトが無理やり話を変えようとしているのが分かった。
『僕、死神みたいなものなんだ。休憩中に話してた彼女の事も、僕が死なせたようなものだから』。そう語った理由を聞くには、まだまだ時間がかかりそうだ。
「はい」
「ええと……クロウ、だったっけ? あの夢魔から聞いたのって」
「そうですよ。……あの、ヴェルトさん。『クロウ』って名前、どこかで聞いた事があるって思ってたんですが……思い出しました」
「本当かい?」
「えぇ。……この前来たクマちゃんを覚えてますか?」
途端にヴェルトは不機嫌そうに顔を歪めた。
それは、ヴェルトがカイラに2度目の禁欲を言い渡した後、情を交わし合った後の事である。
「カイラ君……何かいる」
「へっ?」
「これ羽織って布団の中に隠れてて」
とカイラはヴェルトから全て終わったら着ようと用意していた寝巻きを渡された。
カイラが言われた通りにするのを見届けてから、ヴェルトもさっと寝巻きを羽織りカーテンを全開にする。
そこにいたのは……マティアスの所にいるのと同じ型のお手伝い魔道具だった。
柔らかな色合いのこげ茶のふわふわな体とベージュの大きなマズルをぎゅっと窓に押し付けているので滑稽だ。
ぬいぐるみはふわふわな手でガラス窓をポンポンと叩き始める。
「あ~け~て~! ここ、あ~け~て~!」
ガラス越しのぐぐもった声がカイラの耳にも届き、カイラは身を起こした。
「クマちゃん!?」
カイラの姿に気付いたクマは手を振る。
「カイラきゅ~ん♡ ここあ~け~て~!」
「覚えてるよ、あのぬいぐるみ。すばしっこくて、捕まえるの大変だったんだから……網持ったマジャスさんと一緒に追いかけてさぁ」
「マジャスさんじゃなくてマティアスさんです!」
カイラにやや強い口調で咎められたヴェルトは素直に「ごめん」と謝った。
「クマちゃんの製作者であり、マティアスさんの息子さんである人の名前がクロウさんです」
それを聞いたヴェルトは面白そうに唸った。
「なら、マジャ……マティアスさんに話を聞く必要があるね」
「はい……」
カイラは顔を陰鬱に沈み込ませた。
マジェスティック邸での植物騒動があってから、カイラは足繁くマティアスの元へ通い魔法を習っているのだ。
師匠と思い慕っていた男が、近くに夢魔がいる事を隠していた。
クロウの事を息子だと呼んでいる為、彼に危害を加える可能性がある自分を遠ざけたかったのだろう。
……そう納得してはいるものの、マティアスに対する疑念が黒い点となり、カイラの心にこびりついてしまった。
その思いを知ってか知らずか、ヴェルトは「カイラ君」と穏やかな口調で呼びかける。
「大丈夫だよ。僕が思うに、あの人は悪い人じゃない」
「ですよね……えぇ、ですよね!」
自分に言い聞かせるように、カイラは何度も肯定の声を上げる。
「でも……話し合いなら、アイツがいた方が効果的かも知れないねぇ」
「アイツ? ですか?」
ヴェルトが言うアイツが誰の事か全く分からず、カイラはキョトン顔を浮かべた。
「良いかいカイラ君。話し合いでは、まず相手をビビらせるのが大事なんだ。後ろに権力者を置いておくだけでも、話し合いが有利に動くんだよ」
とヴェルトは悪い笑みを浮かべる。
「はぁ……」
「まぁ見てなよ。僕とソイツで何とかしてみせるからさぁ」
やけに自信満々なヴェルトに一抹の不安を抱きながら、カイラはヴェルトに頭を撫でられた。
屋敷に帰るなり、ヴェルトは静かに呟いた。
「ヴェルトさん、少し休みますか?」
ヴェルトに続いて屋敷の玄関を潜ったカイラは恋人の背を見上げた。
「そうだね……ちょっと休むよ」
最早風呂で体を清める事すら億劫で、ヴェルトはそのまま寝巻きを着て眠る事に決めた。
重い体を引き摺るようにして寝室へ向かい、柔らかなベッドに身を横たえる。
「……カイラ君も疲れたのかい?」
ふとヴェルトが視線を扉の方へ向けると、寝巻き姿のカイラが立ち尽くしているのが見えた。
「えぇ。僕もヴェルトさんと一緒に寝てもいいですか?」
「いちいち許可なんてとらなくて良いのに」
カイラは静かに布団に潜りヴェルトの体に手を回した。
「ヴェルトさん」
「ん、なに?」
ヴェルトもカイラの小さな体へ腕を回す。
「ヴェルトさんには僕がいますからね」
何故カイラが突然このような事を言い始めたのか。その理由を何となく理解したヴェルトは一瞬だけ表情を引き攣らせた。
それは、マジェスティック邸での何気ない会話の事。
「……うーん、強いて言えば、昔付き合ってた彼女に似てるからかな」
「彼女ですか? そういえばヴェルトさんの恋愛関係の話って聞いた事無かったです」
「そうだったっけ? ……でまあ、髪や目の色も同じだし、なんかこう……全体の雰囲気が似てるというか。魔法も勉強してたからね、今思うと共通点多いかも」
カイラの頭に、美しい茶髪と緑の瞳をもった、ヴェルトと同じくらいの年齢の女性が思い浮かぶ。
「そうなんですか? ……えへへ、じゃあ僕にとって魔導士の先輩なんですね」
「まぁもうとっくに死んでるんだけどね」
あまりに平然とした様子で言うので、カイラは冷水を掛けられたかのような表情を浮かべる。
「もう……10年になるよ。彼女が病気になっちゃって、そのまま死んじゃった」
「10年くらい前に亡くなったって話したの、覚えてたんだ」
「大切なヴェルトさんの事ですから」とカイラは微笑し、更に強くヴェルトを抱き締めた。
「何? 僕の事心配してるのかい」
「あの夢魔の状況と似ている気がしたので」
「あのねぇ、カイラ君」と諭すような口調でヴェルトは続ける。
「君が僕の事心配するなんて100年早い」
「でもヴェルトさん、僕、時々不安なんです」
「僕の心配するくらいなら自分の心配でもしたらどうだい? 僕がいなけりゃ碌に____」
「フロイさんの事、ずっと好きなんでしょう?」
「そうだよフロイが……待って。何でカイラ君がフロイの事知ってるの」
いよいよ顔を強張らせたヴェルトはカイラに尋ねる。
「昨日起きた僕を見てヴェルトさんが『フロイ?』って呼んでたから」
「……そんな事したっけ」
「ヴェルトさん寝ぼけてたから覚えてないんですよ」
「……そっか」
深い溜息を吐いたヴェルトはこう続けた。
「……僕は今でもフロイの事が好きなんだと思う。だけどね、それと同じくらいのカイラ君の事が好きだ」
「えへ、嬉しいです」
「だからね」と真剣な声色でヴェルトは話を始める。
「君が苦しむ姿は見たくないんだよ。だからすぐにでもミキを見つけだして、倒さなきゃいけない」
鈍感なカイラですら、ヴェルトが無理やり話を変えようとしているのが分かった。
『僕、死神みたいなものなんだ。休憩中に話してた彼女の事も、僕が死なせたようなものだから』。そう語った理由を聞くには、まだまだ時間がかかりそうだ。
「はい」
「ええと……クロウ、だったっけ? あの夢魔から聞いたのって」
「そうですよ。……あの、ヴェルトさん。『クロウ』って名前、どこかで聞いた事があるって思ってたんですが……思い出しました」
「本当かい?」
「えぇ。……この前来たクマちゃんを覚えてますか?」
途端にヴェルトは不機嫌そうに顔を歪めた。
それは、ヴェルトがカイラに2度目の禁欲を言い渡した後、情を交わし合った後の事である。
「カイラ君……何かいる」
「へっ?」
「これ羽織って布団の中に隠れてて」
とカイラはヴェルトから全て終わったら着ようと用意していた寝巻きを渡された。
カイラが言われた通りにするのを見届けてから、ヴェルトもさっと寝巻きを羽織りカーテンを全開にする。
そこにいたのは……マティアスの所にいるのと同じ型のお手伝い魔道具だった。
柔らかな色合いのこげ茶のふわふわな体とベージュの大きなマズルをぎゅっと窓に押し付けているので滑稽だ。
ぬいぐるみはふわふわな手でガラス窓をポンポンと叩き始める。
「あ~け~て~! ここ、あ~け~て~!」
ガラス越しのぐぐもった声がカイラの耳にも届き、カイラは身を起こした。
「クマちゃん!?」
カイラの姿に気付いたクマは手を振る。
「カイラきゅ~ん♡ ここあ~け~て~!」
「覚えてるよ、あのぬいぐるみ。すばしっこくて、捕まえるの大変だったんだから……網持ったマジャスさんと一緒に追いかけてさぁ」
「マジャスさんじゃなくてマティアスさんです!」
カイラにやや強い口調で咎められたヴェルトは素直に「ごめん」と謝った。
「クマちゃんの製作者であり、マティアスさんの息子さんである人の名前がクロウさんです」
それを聞いたヴェルトは面白そうに唸った。
「なら、マジャ……マティアスさんに話を聞く必要があるね」
「はい……」
カイラは顔を陰鬱に沈み込ませた。
マジェスティック邸での植物騒動があってから、カイラは足繁くマティアスの元へ通い魔法を習っているのだ。
師匠と思い慕っていた男が、近くに夢魔がいる事を隠していた。
クロウの事を息子だと呼んでいる為、彼に危害を加える可能性がある自分を遠ざけたかったのだろう。
……そう納得してはいるものの、マティアスに対する疑念が黒い点となり、カイラの心にこびりついてしまった。
その思いを知ってか知らずか、ヴェルトは「カイラ君」と穏やかな口調で呼びかける。
「大丈夫だよ。僕が思うに、あの人は悪い人じゃない」
「ですよね……えぇ、ですよね!」
自分に言い聞かせるように、カイラは何度も肯定の声を上げる。
「でも……話し合いなら、アイツがいた方が効果的かも知れないねぇ」
「アイツ? ですか?」
ヴェルトが言うアイツが誰の事か全く分からず、カイラはキョトン顔を浮かべた。
「良いかいカイラ君。話し合いでは、まず相手をビビらせるのが大事なんだ。後ろに権力者を置いておくだけでも、話し合いが有利に動くんだよ」
とヴェルトは悪い笑みを浮かべる。
「はぁ……」
「まぁ見てなよ。僕とソイツで何とかしてみせるからさぁ」
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