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地獄の火クラブ

帰路に着く

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 しばらく続いた乱痴気騒ぎは、司祭のコスプレをした主催者の宣言により終了した。

 教会を後にした馬車が暗い道を進んでゆく。

 夢魔の情報を手に入れられず腹だけ満たしたヴェルト。

 演奏も淫蕩な行為も楽しみ満足した様子のダーティ。

 生きる為に数々の男に穿たれ足腰が立たない状態らしいコウモリ姿のディック。

「地獄の火クラブは楽しかったろう、ヴェルト」

「いや全く。情報は手に入んないし、サキュバスに狙われるし、悪魔召喚の儀式に加わるよう迫られるし……最低だったよ」

「しかも、君が旨そうに食っていたのはいわゆるゲテモノ……夢魔の肉だったんだからな」

 ヴェルトは顔を歪めた。

「君達には倫理観は無いのかい」

「ハッ! ……そんな物、母の腹の中に置いてきた」

「君みたいな碌でなし、いつか制裁を受ければ良い」

 呪いのような言葉を適当に聞き流すダーティに、ヴェルトは呆れて溜息を吐いた。

 その時……確かにヴェルトは聞いた。

 何かが空を切りこちらへ向かってきている音を。

 鳥籠の中で休んでいたディックも聞いたらしく、咄嗟にケージから出て人間の姿になりダーティを庇った。

「ぐぅ……っ!?」

 それは矢であった。ディックは背を貫かれ呻き声を上げてダーティに身を任せる。

「ラブ? ……ラブ!」

 常に飄々としていた男が遂に表情を崩した。

 黒い服を着ている為見づらいが、血が服に滲んでいるに違いない。

 「ひぃぃっ!」という御者ぎょしゃの間抜けな叫び声と共に馬車が急停止した。

「2人は伏せてて、僕が何とかする」

 ぐったりとして動かないディックと顔を青ざめさせているダーティを残し、ヴェルトは双剣を手に馬車から降りた。

 旅人の為に舗装された一本道を挟む草原が絨毯のようで、柔らかな風を受け波のようにこうべを垂れる。

 今宵は雲が厚く、月はおろか星がひとつも見えない。馬車に提げられたランプと、馬車を取り囲む松明の灯りのみが頼りなく辺りを照らすのだ。

「野盗ってやつかい? こんな馬車ひとつ襲ったくらいで何も得られやしないさ」

 ヴェルトの問いかけに誰も答えない。

 1、2、3……5人だ。少なくとも5人いる。

 恐らく旅人から剥ぎ取ったのであろう装備や武器を手に、目をギラギラと輝かせている。

 矢が放たれた音を聞き、ヴェルトは冷静に飛行物をかわした後に1番近くにいた男に斬り掛かった。

 剣による一撃を剣で受け止められ、辺りに快い金属音が響く。

 ヴェルトは野盗が1本の剣に気を取られているうちに、もう1本の剣で奴の腹を……

   ***

「ラブ……聞こえるか、ラブ」

 馬車の中で車窓から見えぬように身を屈めたダーティが、ディックに呼びかける。

「……ん」

 力無い返事だったが、何も返ってこないよりよっぽど良い。

「『キュア』」

 手のひらをディックにかざし、ダーティは回復魔法を唱える。旅の道中で怪我をした時の為にと学んでおいたのだが……

(おかしいな、治らない)

 どれほど魔法をかけても、一向に傷が塞がる気配が無い。

 ダーティはディックに呼びかけ続ける。

「大丈夫だ、ヴェルトが今戦ってくれている。恐らくもうじき____」

 馬車の扉が勢い良く開かれた。

 その向こうから冷たい空気と共に現れたのは、大量の血を浴びたヴェルトであった。

 白い服と髪がすっかり赤黒く染まり、ランプに照らされる彼の顔が悪魔のようだ。

 ダーティは鋭く息を吸う。

「旅する演奏家ならこれくらい見慣れてるでしょ」

 あくまでもヴェルトは平然としていて、汚れたジャケットを脱ぎ馬車が汚れぬよう中表にして折り畳む。

「ラブなんだが、回復魔法をかけても一向に治る気配が無い。恐らくあれは毒矢だったんだ。私程度の魔力では治せない」

「病院に行かせないとマズいと思うよ。アテはあるのかい」

 ダーティは首を横に振った。

「ディックは夢魔だ。下手な病院を選ぶと密告されて、ダーティ共々しょっ引かれる事になるだろうね」

 自分と深い関わりがあり、秘密を守れる医者。

 そのような知り合いは、1人しかいない。

「……御者さん、僕が言う所まで運転して欲しい」

「は……はいっ!」

 先程まで目前で繰り広げられていた惨劇に呆然としていた御者は、手綱を握りしめた。
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