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ハルキオン

親友との語らい

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 ステージから降りた死神ハルキオン・ブラッドムーンは、よろよろと頼りない足取りで死刑執行人の控え室の扉を開いた。

 子綺麗な椅子やテーブル。魔力で動く湯沸かし器やティーカップ、上等な紅茶の葉などが置かれている。

 ハルキオンは柔らかなクッションが敷かれた椅子に腰掛け、机に身を投げた。

 まるで授業中に寝る学生のように。

 しばらく無言のまま机に突っ伏していたが、ようやく起き上がり黒い革のバッグを漁る。

 そこから取り出したのは……手乗りサイズのクマのぬいぐるみ。

 ハルキオンが子供の頃から大切にしているので、随分と古ぼけている。

 真っ赤な蝶ネクタイでおめかししたぬいぐるみを、自分の目の前にちょこんと座らせた。

「ぺぺ」

 ぬいぐるみ……ぺぺはもちろん何も応えない。

「お仕事終わったよ。……うん、終わったんだ」

 やや子供っぽい口調でぬいぐるみに話しかけ続ける。

「今日も少しだけ……話す練習をさせてくださいね。いつか、誰かとその、雑談? ……ていうんですかね? を、するかもしれないからね」

 敬語とタメ口が入り混じった、たどたどしい話し方だ。

 自分にしか聞こえないぺぺの話に耳を傾け、ハルキオンは弱々しく微笑んだ。

「ありがとう。彼の名前もしっかりとてっ、手帳に残しとくつもりですよ……アハハ、ごめんね。やっぱりわたくしは話すのが苦手なんだ……あー……今日は、特に、調子が悪いなぁ」

 ハルキオンは咳払いをする。

「……なんだか、この仕事をし始めてから……調子が、こう……おかしい、というか。私、なんかまだ若いのに、なんか白髪生えてきたし……ええ。体もなんか、おかしいんです」

 ハルキオンはため息を吐く。話す事に疲れてきたのだ。

 だが、いつ誰と会話をするか分からないのだ。

 その時のために話す練習をしなければならないと、ハルキオンは自分にこのトレーニングを課しているのだった。

 ……もっとも、死刑執行人という肩書きを背負った自分に話しかけるような酔狂な者などいないのだが。

「……なんかね。色々な事が、できなくなってるんです。話す事も、そうだけど。文字を読むのも、書くのも。……それでも頑張って、手帳になまっ名前は書いてるんですよ。……えぇ。死刑囚のね」

 ハルキオンは少しだけ口角を上げる。

「『罪人に敬意を払え』……ちゃんと守ってますよ」

 えらいでしょと早口でぺぺに訊ねた。

「……さて、そろそろ、帰ろうか。ムイとモイが待ってるからね」

 ぺぺの頭を指先で撫でた後、ハルキオンは彼をバッグに詰めて控え室を後にした。


『……ハルキオン、ねぇ』

 無数のコウモリが羽音を立てながら虚空をクルクルと舞い、やがてそれが人の形を取り始める。

 人形ひとがた……ミキは、艶やかな笑みを浮かべた。

「死刑執行人なんて無理にやってるからか、奴の体と精神は壊れかけてる」

 だが。とミキは独白の如く話し続ける。

「あんな奴に一度快感を覚えさせたら……どうなるかなぁ? 面白そーだ」

 ミキは再び無数のコウモリと変化し消えてしまった。
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