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神永ピノ

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杏純と男

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〝ついてる時はついてるけどついてない時はとことんついてない〟


「あー、そこで降りちゃったか……。じゃあ、そこからあそこまで行って、あそこで乗り換えてそのまま○○駅まで乗ってればいいよ。うん、うん、じゃあ、また着いたら連絡して」
電話を切り、杏純あすみは空を仰いだ。
曇天の空に浮かぶ雲は流れが早かった。午後からは雨も降るそうだ。
(なんてついてないんだろう……)


ここ一週間の不運がよみがえった。
今日、デートするはずだった彼氏に一週間前に振られたのがこの悪夢の1週間の幕開けだった。
その次の日に振られたことが早くもサークル内に知れ渡り、その次の日には別れた彼氏に彼女が出来た。それを知った次の日からは学業に専念しようとはりきってみたものの、テストがあったことを忘れており、おまけに筆箱を忘れる始末。次の日、もう何もしたくないと思っていたところにうるさい姪っ子が家に来て、私の部屋を勝手に漁り、大切なうさぎの人形の耳が引きちぎられていた。もうこれ以上の不幸は十分だと思い、授業をさぼり家にひきこもったりもしてみたが、両親は慰めることなく、家にいるなら家事ぐらいやりなさいと言われ、1日シンデレラになった。
そして今日が週の終わり、土曜日。もうどこにいても踏んだり蹴ったりなら外に出てしまった方がいいと思って高校時代の友人と出かけることにしたのだが、これまた友人が駅を間違え、さらに財布を忘れたという。どこかでお金をおろしてから来るといい、予定が大幅にずれることとなった。

「たくさん話聞いて欲しかったんだけどなぁ~」
でも、遅れてでも来てくれることに感謝だ。
さて、時間が出来たが、特にすることは無い。
周りをぐるりと見渡してカフェを見つけた。
(あそこにでもいよっかな)
そう思って、進もうとした瞬間、後ろからとんとんと肩を叩かれた。
肩を叩かれれば誰でも反射的に振り返ってしまうもの。当然、杏純も振り返った。
振り返った先には、顔も知らない男がたっていた。
「あの、今お時間ありますか?」
杏純はうんざりした。
今日はもう、友人の遅刻だけで許して欲しいのに、キャッチャーに捕まってしまうなんて。
「あの、少しでいいんです。少しだけお時間貰えませんか?」
男はまだ一言も発していない杏純に対して逃げられること前提で、必死に懇願するかのように言う。
「お願いです!お願いします!15分ほどでいいんです!」
杏純はその勢いに後ずさった。
(なんなのこの人……)
男を観察してみるに、おもそうな手提げカバンを持っていた。
杏純の中にひとつの仮説がたった。
(もしかしたら、あの重そうなカバンに入っている資料を配りきらなければ会社に帰れないとか?)
カバンから視線を男に向けた。男は今にも泣き出しそうであった。
自分も不運続きである。なら、ここで、いいことをして少しでも神様から恵みをもらおうではないかという考えが浮かんだ。
「まぁ、少しくらいなら……」
おずおずと言うと、男は目を輝かせた。
「本当ですか!じゃあ、あのカフェで!」
そう言って指さしたのは、杏純がさっき行こうとしていたカフェであった。


カランカラン
「いらっしゃいませー」
品のいい声のウェイトレスの声が響いた。
男は窓際の席を指さし、2人でそこに座った。席に着いてからすぐにおのおのの飲み物を注文し、5分ほどで席に運ばれてきた。
杏純はレモンティーに口をつけた。
「あ、シロップとか入れないんですか?」
男がきいてきた。
「甘いの苦手なので」
「そうなんですかー。俺なんて、カフェオレにシロップ3つは入れないと飲めないんですよー」
そう言って男はカゴに入っていたシロップを次々入れていく。
「あそこで何されてたんですか?」
「友人を待っていたんです」
それを聞いて男は少ししゅんっとした。
「デートでしたか……」
「いや、デートじゃないです。友人って女ですよ?」
杏純は何を当たり前のことを言わされているのだろうと思った。
男は恥ずかしそうに頭をかいた。
「あ、そうですよね!友人といえばたいてい同性ですよね!」
男は恥ずかしさを隠すためか、スプーンでグラスの中をクルクルとかき回す。
杏純は男を怪訝そうな目で見た。キャッチャーだと思っていたこの男、さっきからこんなたわいもない話しかしてこない。
(もしかして、こうしたたわいもない話から私の性格とか探って、マルチ商法にでもかけつもり!?)
男のあの膨れた手提げカバンといい、この一見無害そうな見た目といい、全てが怪しく見えてきた。
杏純はガタッと勢いよく椅子から立ち上がった。男は杏純を見上げ、目を丸くする。
「あの、やっぱりお話聞くのお断りします!」
「えぇ!?」
それを聞いて驚いた男も立ち上がる。何人かがこちらを見たが、カフェの店員はこういった場面をよく見てきたのか、割って入ってくるようなそぶりがない。
杏純は口早に言いながら置いていたカバンを肩にかけた。
「私はこれ以上不幸なことに巻き込まれたくないんです!怪しい商法になんて引っかかりませんよ!」
「ちょっちょっと待ってください!なんですかその怪しい商法って!?」
「そんなのあなたが1番よくわかってるでしょ!!手提げカバンの中身をよく見てみなさい!」
男は自分のカバンを見る。その隙に杏純はドアに向かって歩き出す。それに気づいた男はすかさず声をはりあげた。
「このカバンの中身!ただの教科書です!」
その言葉の後にバサバサっとものが落ちる音がした。
杏純が振り返った先には、手提げカバンを逆さにした男がたっていた。床には教科書がばらまかれていた。



あの行動にはすぐさま店員が出てきて、どうしたのか聞いてきた。ちょっとカバンを持ち損ねて、と男は説明していたが、それは無理があるだろうと杏純は思いながら聞いていた。誰が手提げカバンの天地を間違えて持つだろうか。
帰ろうとしていた杏純は、結局また席に座っていた。
手提げカバンを逆さにして教科書をばらまき、カフェで大きな声をはりあげてまで止めてくるなんて、よっぽどなにか理由があるのかもしれない。
杏純はもう残ってもいないグラスの中でストローをもてあそびながら聞いた。
「あの、さっきはすみませんでした。でも、勧誘じゃなければなんなんですか?」
男はしゅんっとしていた。
「俺、そんなに怪しいですかね?」
「はい?」
男は口早に言い出した。
「俺!これで失敗したの5回目なんです!どの女の子もあなたみたいに少し会話しただけで立ち去ってしまって!」
言い切ると、男は下を向いて頭を抱えた。
杏純は首を傾げた。そして、顔を引きつらせた。
「もしかして、あなた……ナンパしてたんですか?」
男は下を向いたまま頷いた。
今度は杏純が頭を抱える番だった。
自分はこんな男と何をしているのだ。
「俺、彼女いるんですけど….」
その言葉に杏純は目をむいた。
(彼女がいるのにナンパ!?)
「彼女が、『あなたっていつも言動が怪しいのよ。隣にいて恥ずかしいわ』て言ってきて。俺は別に怪しくないって言い返したんですけど……。そしたら、別れる別れないの話になって。街中でナンパして成功したら可能性を見てあげるわって……。まぁ、成功なんてしないでしょうけど、て最後に言ってましたけど」
聞いていてこの男もこの男だが、女の方もその発想はどうかと思った。
おおかた、いいように言って彼氏にナンパさせといて、上手くいけばそっちとくっついて欲しかったのだろう。ナンパが上手くいこうがいくまいが、結局は別れるのだろう。私が彼女の立場なら多分そうする。
私は再びカバンを手に取った。
「じゃあ、私の時も失敗ということで……」
(どうせ別れるような他人の恋愛に付き合ってられっか!勝手に別れろよ!)
テーブルに手を付き椅子から立ち上がった時、付いていた手の方をいきなり握られた。
「せめて!せめてどこが悪かったかだけでも教えてもらってもいいですか!」
「いや、もう友人が来てるんで」
さっきからスマホが振動している。早く出て迎えに行かないと、またあの子は迷子になる。
男は杏純を絶対に逃がすまいとさらに力を込めた。
「痛い!痛い!もう、本当に離して!」














「ごらぁぁぁぁぁ!!!なにしとんじゃい!!!」










その声はカフェの入口から聞こえた。
この懐かしい声は……



「「あっ!!!」」





杏純と男は同時に叫んだ。
そこに立っていたのは友人だった。
友人はそのままロングスカートを揺らしながらズカズカ進んでくる。
杏純の隣に立つと、杏純の手を握る男の手首に爪を立てた。
「痛い!痛い!痛い!痛い!」
男は杏純の手を離し、爪を立てられた所を撫でていた。
「どうしてこんな所に君が……」
力なさそうに尋ねる男に対して、友人はここぞとばかり怒っていた。
「あんたね、なに私の友達に嫌がらせしてんのよ!」
「嫌がらせじゃない!君に言われた通り、ナンパしていただけなんだ!」
「あんたなんかにナンパされるなんて嫌がらせ以外の何ものでもないでしょ!」
2人の言い合いをただ驚いて見ていた杏純だったが、友人がなにか大きな声で叫んだあと、そのまま引っ張られてカフェをあとにした。



「あれ、なんだったの、て一応聞いておくね」





「……あんなのとなんで付き合ってたんだろ」


トラウマをまとう友人の横で杏純は空を仰いだ。額にぽつりと雨粒が当たった。


〝ついてる時はついてるけどついてない時はとことんついてない。それは友人も同じなのかもしれない〟







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