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第一章 影が薄い騎士団長

空飛ぶ王子とピーコちゃん

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 セリニがシュタールへやって来て五日目の朝。シュタール王都西門に、大きな馬車が一台停まっている。
 橙の髪色の女性が、自身よりも小柄なセリニに抱きついていた。
 タルク、ヘリオス、オリヴィニスが後ろで別れの抱擁が終わるのを呆れ顔で待っている。

「やだよ~セリニちゃんの弟くんに会いたかったよぉ」
 ヘルベラは涙ながらに言った。

「ラソワに来てくださるのでしょう? その時に会えますよ」
「うんっ! 絶対だからね。お手紙書くし、お父様とお母様に可愛い妹ができたって自慢する♡」
「はい。私も素敵なお姉ちゃんができたと自慢します」
「可愛いよぉ。持って帰りたい~」

 今日何度目かわからない頬擦りに、タルクは後ろでため息を吐く。

――母上もヘルベラもセリニの頬が好きだな……。そんなに柔らかいのか?

 彼がじーっと頬を見ていると、ヘルベラと目があった。

「タルくんもまたね。ありがと♪」
「お、おう。本当に助かった。こちらこそありがとな」
「あたしの目が人を救うならいいんだよ。じゃあスーくん」

 タルクの更に後ろに立つ金髪の男にセリニを抱き締めたまま視線を移す。

「はい」
「魔物のせいで第二に欠員出たから、大変になると思うけど、頑張ってね」
「お気遣い痛み入ります。ヘルベラ様もお元気で」
「ヘリオスくんは、スーくんの隣かな?」

 彼女の視線がオリヴィニスの隣の誰もいない空間に向いた。

「はい」
「あたしの可愛い妹、セリニちゃんをよろしくね。あと、贈り物のセンス良いんだね~」
――無自覚でちょっと重ための花言葉あるヤツ選んでるけど。

 赤い耳飾りを指で揺らしながら、ヘルベラは心中で付け足す。

「セリニ姫はこの身に代えてもお護りいたします。ヘルベラ様もどうかお元気で」

 彼らしい真面目な返答。しかし、いつもの仏頂面ではなく、どこか柔らかい表情をしていた。
 ヘルベラが珍しい表情に目を見張る。

「あははっ、ヘリオスくんの笑顔はレアだね。良いことありそう♪」

 タルクとオリヴィニス、そしてセリニが彼の方を向いた頃には、いつもの仏頂面に戻っていた。

「ヘルベラ様。お時間です」
「わかったよぉ」
 ルルディの兵士の言葉に、セリニを解放して渋々馬車の方へと歩く。

「本当にありがとうございました。ヘルベラさん」
「うん! またね、セリニちゃん。……ん?」
 手を振りながら、ヘルベラが空を見上げる。

「どうかしたのですか?」
「いや、高いところにおっきな鳥? がいる」

 皆が空を見た。しかしヘルベラが言うような鳥は見当たらない。

「いねぇけどな。ヘルベラにしか見えない高さにいるのか?」
「しかも大きな鳥ですからね。どう考えても魔物……」

 タルク、オリヴィニスが言って、セリニの顔が明るくなる。

「きっとピーコちゃんです! ピーコちゃんはとっても大きいので」
「うそぉ。セリニちゃんの弟、魔物に乗って来たの? ラソワ……未知だわ」
「ヘルベラ様ッ! 間に合わなくなります」

 痺れを切らした御者までもが、ヘルベラに大声を上げた。

「みーたーいーよー」
 ごねるヘルベラが兵士に引き摺られていく。騎士たちは頭を下げ、タルクとセリニは馬車の姿が見えなくなるまで手を振った。


「さて、僕を毒殺するつもりのセリニ弟が来るわけだが……。どこに降りるつもりだ」

 四人は馬車に乗り、城への地下通路へと急ぐ。

「中庭に降りてくると思います。城門付近や町中に降りると混乱を招くことは、キヴィもわかっていると思うので」
「城に来られてもパニックだけどな」

 タルクの言葉に馬車で縮こまっている大男二人が頷いていた。

「ピーコちゃんはキヴィが拾ってきた卵から生まれました。私たちの大事な家族です」

「魔物が家族ねぇ。手紙にあった猫といい、よくわからん男といい。何でもかんでも助けりゃいいってもんじゃねぇだろ。腹黒やトリポテみたいに、面倒なヤツもいるんだぞ? ラソワに潜り込むためにわざと怪我してるヤツもいるかもしれない」

「そんな方々は私が助ける前に、お父様が治療してお家に帰してあげているそうなので大丈夫です。方法は教えてくれませんが」

――あぁ、ザイデ様が暗躍しているから平気だったな。
 三人は思い出した。彼女の父親が、ラソワを落とそうとしたキューナの猛攻を防ぎきって、最後には敵と結婚した変わり者、かつ怜悧な頭を持つ男であったことを。

――あのザイデ様が、どーしてセリニだけを寄越したんだろうな。こんなぽわぽわした箱入り娘を。選択肢がなかったとはいえ、どうもおかしい。
 タルクは正面で楽しそうにピーコちゃんの話をしている彼女を見た。考えれば考えるほど頭がこんがらがる。

「ピーコちゃんは真っ赤で、ハクサイが大好きです。ブラシがけしてあげるととっても喜びます」
「本当に仲良しなんですね」

 黙ってしまったタルクの代わりにオリヴィニスが会話を続けた。

「はい! キヴィは動物や魔物の言葉がわかるので、キヴィに頼んで背中に乗せてもらってお空を飛ぶのはとても気持ちが良いですよ。オリヴィニスさんもいかがですか」
「いやー……私、高いところが少々苦手で」
「そうなのですか」

 ピーコちゃんとキヴィの話題で持ち切りのまま、城の入口へと馬車が到着する。
 四人が中庭へと急ぐと、空に小さな点が見えた。

「おいおい、マジでここに降りる気か……。人払いは済ませたが」

 徐々に近づいてくる真っ赤な存在。徐々にそのシルエットが明らかになる。コウモリに似た大きな翼、赤い鱗、立派な爪に角、そして牙の鋭い大きな口に大きく黄色い丸い目。

「おいヘリオス。あれ、どう見てもピーって鳴く見た目じゃないんだが」
 隣にいるはずの大男に言った。声には動揺が混じる。

「タルク様……あれは真っ赤なドラゴンです」
 赤い巨体を見上げながら、淡々と説明するヘリオス。

「見りゃわかるわ! おいオリヴィニス!」
「ドラゴンですね。ピーコちゃんですから雌なのでしょうか」
 なぜか雌雄を気にするオリヴィニス。

「そういう問題じゃねぇ! おいセリニ」
「キヴィー! ピーコ! こっちですよー」
 両手を大きく振って弟を呼ぶセリニ。

「呼ぶなド天然! 鳥だったんじゃないのかッ!」

 セリニ以外は迫ってくるドラゴンを受け入れられなかった。


 一方の上空。厚着をし、ゴーグルを着けた少年がセリニの姿を捕えていた。

「ピーコ、セリニ姉様だ。その近くにいる青白い髪の男が、姉様に暴行を加えたという最低な男だ」

 ピーコが彼に答えるように咆哮する。

「そうだ。許すわけにはいかない。姉様を傷つけた罪は死で償ってもらうしかない」

 ピーコが更に大きな声で咆哮する。

「ピーコやってくれるか! そうだ。丸飲みにしてやれ! いくぞッ!」

 真っ赤なドラゴンがタルクに狙いを定め、急降下した。


「タルク様。ピーコちゃんタルク様目掛けて飛んできてませんか?」
 オリヴィニスが焦った様子で言って、ヘリオスと共に王子の前に立つ。

「どーみても毒殺じゃなく、僕を噛み殺す気だ!」
 タルクが防御のために氷の壁を築く。しかし、ピーコの口から吐き出された炎によってあっさりと溶けていった。

「タルク様、お逃げください」
 風圧に耐えながら杖を構えるヘリオス。

「キヴィ! ピーコ! いけません」
 セリニが転びそうになりながら三人の前に飛び出した。

「姉様ッ! 止まれピーコ」
 彼の声にピーコの前足がセリニを掴み、後ろ足で見事に中庭の低木たちを踏みつぶして着地する。

「助かった……のか」
 タルクが目を開けると、ピーコに二本の前足でそっと掴まれ、顔を舐められているセリニがいた。

――セリニが補食されそうになってるようにしか見えん。

「あははっ、ピーコちゃん。ベタベタになってしまいます」
「ガルルルッ♪」
「姉様に会えてこの上なく幸せだと言っています」
「私も嬉しいですよ。でも、人を食べようとしてはいけません」
 怒るセリニに、ピーコが項垂れる。

「姉様、僕が悪いのです。申し訳ありませんでした。まずはご挨拶をせねばなりませんね」

 ドラゴンから降りた少年が、ゴーグルと帽子を取った。セリニと同じ天色の大きくもツンとした目が、尻餅をついたタルクを見る。
 右手を胸元にあて、恭しく少年が頭を下げた。

「お初にお目にかかります。タルク様。私はラソワより貴方のお命を頂戴しに参りました。キヴィ・ラソワと申します」
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