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第一章 影が薄い騎士団長
焦る姫君と微笑む騎士
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式典を終え、時刻は夕刻。
立食形式のささやかな晩餐会が催されていた。
長いテーブルに並べられた様々な料理。冷たいものから温かいもの、デザートにお酒。使用人たちは汚れた皿を抱えて、忙しそうに動き回っている。
セリニは、侍女に貰った髪留めで長い空五倍子色の髪を一つにまとめ、目をキラキラとさせていた。料理を指差しては、傍に立つヘリオスにどのような料理なのか尋ねている。
「ヘリオスさん。こちらは何という料理ですか?」
「そちらは我が国特産の――」
説明に追われ、一口も手を付けていない彼のもとに千鳥足の金髪の男が近づいてきた。
「うぇーいヘリオス。食ってるか。あははっ、黙ってても見えるな。リボンってのが笑えるけど。ちょっと昔に戻ったみたいだ」
ヘリオスの肩に、上機嫌に顔を赤くした軽装のオリヴィニスの腕が回る。
「弱いのに飲んだのか」
自分よりも少し低いところから吹きかけられた吐息に、ヘリオスは顔をしかめる。
「王子がすり替えてたらしくてよぉ。俺は、面白いもんを聞いただけだってのにさぁー。あれぇ? お前、晩餐会でも鎧って……」
「問題あるか?」
急に飛んでしまった話を特に気に留めるわけでもなく、返事をするヘリオス。
「いや、お前らしー。セリニ様は楽しんでいらっしゃいますか~?」
彼は肩を組んだまま、くねっとした動きで姫の方を向いた。
「はい、身分関係なく皆様楽しそうですね」
あちこちで悪戯しているタルク王子を見ながら、セリニは祖国の晩餐会(というよりもはや宴会)を思い出していた。
兵士たちが踊るよくわからない躍りに笑い、父ザイデの無謀な瓦割り。国の記念日は毎年、お祭り騒ぎだった。
「これが陛下のごほーしんですので、先代様の代はガッチガチだったそうですよ~。第二は俺とクリスタだけですのでご安心をー」
オリヴィニスが唐突に片手を天井に向かって突き上げる。
内容を上手く呑み込めなかったセリニが苦笑いを浮かべた。
彼の支えになってしまっているヘリオスが、近くにいた使用人に声を掛ける。
「お前、もう失礼のないうちに部屋に戻れ……。すまない、そこの君」
いつもの癖で、彼は徐々に声を大きくしていた。いきなり大声を出すと、大半の相手が飛び跳ねて驚くのが彼にとっての常であったからだ。
「どういったご用件でしょう、ヘリオス様?」
驚かれずに振り返って貰えることに戸惑いを隠せぬまま、オリヴィニスを彼に任せた。
酔っ払いの退場を見計らってか、タルクが二人のもとへやって来る。彼は青白い長髪を、セリニと同じように後ろで一つにまとめていた。
「弱すぎだろ……アイツ。ま、僕に余計なことを嬉々として尋ねにくるから悪いんだ」
「タルク様。国王陛下と王妃殿下は?」
「自分たちがいると、かたっ苦しくなるだろって部屋に戻った。それよりセリニ……、様はつけなくていいって言ったろ? 敬語もいらねぇ」
「えっと、タルク? ですか」
満足げな顔で彼はヘリオスを見上げた。しかし、ヘリオスは王子がやって来たからと、彼らに背を向けて料理に舌鼓をうっている。
納得のいかないタルクが口角を下げた。
「……。おいセリニ、耳貸せ。ヘリオスに教えてやらねぇと」
「はい、ではなく……うん」
皿を使用人へと渡し、新しい皿を受け取ったヘリオスが振り返る。
「見ろ、影薄馬鹿力!」
皿をテーブルに置き、二人は手を繋いでいた。
「普通は、硬直なんてしねぇんだよ」
「タルクの手も大きいね」
繋いだ手に楽しそうに力を入れるセリニ。
「ド天然発動させんのやめろ!」
照れ隠しにタルクが声を張り上げた。
大声に萎縮してしまったセリニは、首を竦める。
「ごめんなさい」
「だーッ! ちげぇ、怒ってはない」
「そうなの?」
「少し……、驚いただけだ」
二人のやりとりに、周りの空気が一変する。
「やはり、ラソワの姫君を?」
「小さい頃から仲良しだったもの」
「あれは仲良し……だったのか。ひたすら王子が構ってほしくて無茶苦茶な気の引きかたをしていただけでは?」
ヘリオスは皿を置いて、焦った様子で会場を見回す。間違いなく二人に好奇の目が向けられていた。
「いくら近しい者たちばかりとはいえ、貴方様は王位継承者。このような場で軽率ではありませんか? ましてや、婚約もなさっていない姫君と――」
彼の囁きを遮り、タルクも煽るように小声で返す。
「お前に言われたかねーよ。父上と母上の前で騎士様が、なぁ?」
「あれは――姫の私に対するご配慮で」
「ふーん。セリニの配慮ね。自覚もないのか、お前。母上は、コレの何が面白いんだか……。セリニ、これ食えよ。僕のおすすめ」
あっさり手を離し、皿に野菜と肉を炒めた料理を載せて彼女に手渡した。手をひらひらと振って、別の誰かを揶揄うべく去っていく。
また飲み物をすり替えようとしている彼を目で追い、ヘリオスは長嘆した。
皿を受け取ったセリニは、
「ありがとう、タルク! …………あっ」
載った野菜を見て顔を強張らせていた。
「姫も、タルク様の悪戯に付き合う必要は――? 顔色が優れぬようですが」
「なっ、何でもありません。大丈夫です」
セリニはフォークを手にとり、肉ばかりをひたすら刺して口に放り込んでいく。
――まさか、この野菜が苦手なのか。何とかして差し上げねば……。
気付いたヘリオスがどうしたものかと思案しているなか、彼の心中など知る由もないセリニは大きく息を吸った。
――これは、タルクのおすすめ。大丈夫、美味しい。他の野菜と一緒! 残しちゃだめ。これも命。
唱えながら、険しい顔でフォークを構える。そして、刺す寸前で動きが停止した。
「姫? お口に合わないようでしたら――」
王族貴族の偏食ぶりを散々目の当たりにしているヘリオスが、皿に手を伸ばす。
伸びてくる手から逃れるように、彼女は野菜を全て刺して口に入れた。ほとんど噛むこともなく、苦しそうに呑み込む。
「とっても美味しいです」
――やりました! 食べきりましたよ。
眉間にしわを寄せながら言う彼女に、ヘリオスは堪えきれず笑い声を漏らす。
「ふっ、姫。それは何よりです。シェフもお喜びになるでしょう」
ヘリオスの鋭い目が、やわらかく弧を描いた。
「えぇ、特にこのお肉とソースの相性が素晴らしいです」
「お野菜の方はいかがでしたか? 我が国の特産野菜なのですが」
「にっ、苦味が口の中に、広がり……後味が何とも形容しがたく……美味で」
「さっぱりとした後味が、癖になるでしょう?」
「そっ、そうです。とてもさっぱりとしています。タルク様がお好きなのも納得のお味です」
呼び方が戻っていることにも気が付かない彼女に、彼の悪戯心が擽られる。相手が異国の姫君であることをすっかり忘れてしまうほどに。
「では、おかわりをお持ちいたしましょうか」
「いっいえ、私はデザートが食べたいですなぁ」
口調までおかしくなってしまった彼女に、ヘリオスは笑みを深くした。
「ですな? 先ほどから、様子がおかしくありませんか? やはりお口に――」
「違います! 本当に美味しいですぞよ。です!」
目が泳ぐ彼女を見つめるヘリオスの表情は、この場の誰もが目にしたことのない温かいものだった。
そんな姫と騎士を遠巻きにして食事をする者たちが、物珍しそうに彼の表情を見る。
「団長が姫様と談笑している……羨ましい」
「訓練では怒ってばかりなのにな。途中で消えて怖いし」
「オリヴィニス団長、こういう時に限っていないんだな。相変わらずタイミングの悪い」
こそこそと話す騎士たちの間にひょっこりと顔を出したのは、
「お前たち、言いたい放題だな。ヘリオスに言ってやろーっと」
「「「タルク王子!」」」
突然騒がしくなった方に、セリニとヘリオスの目が向く。
タルクに彼の好物が盛られたであろう皿を差し出す団員たちの異様な姿があった。
「何かあったのでしょうか」
「またタルク様が、余計なことを仰られたのでしょう」
ヘリオスは最後まで、自身に向けられた好奇の目に気づくことはなかった。
立食形式のささやかな晩餐会が催されていた。
長いテーブルに並べられた様々な料理。冷たいものから温かいもの、デザートにお酒。使用人たちは汚れた皿を抱えて、忙しそうに動き回っている。
セリニは、侍女に貰った髪留めで長い空五倍子色の髪を一つにまとめ、目をキラキラとさせていた。料理を指差しては、傍に立つヘリオスにどのような料理なのか尋ねている。
「ヘリオスさん。こちらは何という料理ですか?」
「そちらは我が国特産の――」
説明に追われ、一口も手を付けていない彼のもとに千鳥足の金髪の男が近づいてきた。
「うぇーいヘリオス。食ってるか。あははっ、黙ってても見えるな。リボンってのが笑えるけど。ちょっと昔に戻ったみたいだ」
ヘリオスの肩に、上機嫌に顔を赤くした軽装のオリヴィニスの腕が回る。
「弱いのに飲んだのか」
自分よりも少し低いところから吹きかけられた吐息に、ヘリオスは顔をしかめる。
「王子がすり替えてたらしくてよぉ。俺は、面白いもんを聞いただけだってのにさぁー。あれぇ? お前、晩餐会でも鎧って……」
「問題あるか?」
急に飛んでしまった話を特に気に留めるわけでもなく、返事をするヘリオス。
「いや、お前らしー。セリニ様は楽しんでいらっしゃいますか~?」
彼は肩を組んだまま、くねっとした動きで姫の方を向いた。
「はい、身分関係なく皆様楽しそうですね」
あちこちで悪戯しているタルク王子を見ながら、セリニは祖国の晩餐会(というよりもはや宴会)を思い出していた。
兵士たちが踊るよくわからない躍りに笑い、父ザイデの無謀な瓦割り。国の記念日は毎年、お祭り騒ぎだった。
「これが陛下のごほーしんですので、先代様の代はガッチガチだったそうですよ~。第二は俺とクリスタだけですのでご安心をー」
オリヴィニスが唐突に片手を天井に向かって突き上げる。
内容を上手く呑み込めなかったセリニが苦笑いを浮かべた。
彼の支えになってしまっているヘリオスが、近くにいた使用人に声を掛ける。
「お前、もう失礼のないうちに部屋に戻れ……。すまない、そこの君」
いつもの癖で、彼は徐々に声を大きくしていた。いきなり大声を出すと、大半の相手が飛び跳ねて驚くのが彼にとっての常であったからだ。
「どういったご用件でしょう、ヘリオス様?」
驚かれずに振り返って貰えることに戸惑いを隠せぬまま、オリヴィニスを彼に任せた。
酔っ払いの退場を見計らってか、タルクが二人のもとへやって来る。彼は青白い長髪を、セリニと同じように後ろで一つにまとめていた。
「弱すぎだろ……アイツ。ま、僕に余計なことを嬉々として尋ねにくるから悪いんだ」
「タルク様。国王陛下と王妃殿下は?」
「自分たちがいると、かたっ苦しくなるだろって部屋に戻った。それよりセリニ……、様はつけなくていいって言ったろ? 敬語もいらねぇ」
「えっと、タルク? ですか」
満足げな顔で彼はヘリオスを見上げた。しかし、ヘリオスは王子がやって来たからと、彼らに背を向けて料理に舌鼓をうっている。
納得のいかないタルクが口角を下げた。
「……。おいセリニ、耳貸せ。ヘリオスに教えてやらねぇと」
「はい、ではなく……うん」
皿を使用人へと渡し、新しい皿を受け取ったヘリオスが振り返る。
「見ろ、影薄馬鹿力!」
皿をテーブルに置き、二人は手を繋いでいた。
「普通は、硬直なんてしねぇんだよ」
「タルクの手も大きいね」
繋いだ手に楽しそうに力を入れるセリニ。
「ド天然発動させんのやめろ!」
照れ隠しにタルクが声を張り上げた。
大声に萎縮してしまったセリニは、首を竦める。
「ごめんなさい」
「だーッ! ちげぇ、怒ってはない」
「そうなの?」
「少し……、驚いただけだ」
二人のやりとりに、周りの空気が一変する。
「やはり、ラソワの姫君を?」
「小さい頃から仲良しだったもの」
「あれは仲良し……だったのか。ひたすら王子が構ってほしくて無茶苦茶な気の引きかたをしていただけでは?」
ヘリオスは皿を置いて、焦った様子で会場を見回す。間違いなく二人に好奇の目が向けられていた。
「いくら近しい者たちばかりとはいえ、貴方様は王位継承者。このような場で軽率ではありませんか? ましてや、婚約もなさっていない姫君と――」
彼の囁きを遮り、タルクも煽るように小声で返す。
「お前に言われたかねーよ。父上と母上の前で騎士様が、なぁ?」
「あれは――姫の私に対するご配慮で」
「ふーん。セリニの配慮ね。自覚もないのか、お前。母上は、コレの何が面白いんだか……。セリニ、これ食えよ。僕のおすすめ」
あっさり手を離し、皿に野菜と肉を炒めた料理を載せて彼女に手渡した。手をひらひらと振って、別の誰かを揶揄うべく去っていく。
また飲み物をすり替えようとしている彼を目で追い、ヘリオスは長嘆した。
皿を受け取ったセリニは、
「ありがとう、タルク! …………あっ」
載った野菜を見て顔を強張らせていた。
「姫も、タルク様の悪戯に付き合う必要は――? 顔色が優れぬようですが」
「なっ、何でもありません。大丈夫です」
セリニはフォークを手にとり、肉ばかりをひたすら刺して口に放り込んでいく。
――まさか、この野菜が苦手なのか。何とかして差し上げねば……。
気付いたヘリオスがどうしたものかと思案しているなか、彼の心中など知る由もないセリニは大きく息を吸った。
――これは、タルクのおすすめ。大丈夫、美味しい。他の野菜と一緒! 残しちゃだめ。これも命。
唱えながら、険しい顔でフォークを構える。そして、刺す寸前で動きが停止した。
「姫? お口に合わないようでしたら――」
王族貴族の偏食ぶりを散々目の当たりにしているヘリオスが、皿に手を伸ばす。
伸びてくる手から逃れるように、彼女は野菜を全て刺して口に入れた。ほとんど噛むこともなく、苦しそうに呑み込む。
「とっても美味しいです」
――やりました! 食べきりましたよ。
眉間にしわを寄せながら言う彼女に、ヘリオスは堪えきれず笑い声を漏らす。
「ふっ、姫。それは何よりです。シェフもお喜びになるでしょう」
ヘリオスの鋭い目が、やわらかく弧を描いた。
「えぇ、特にこのお肉とソースの相性が素晴らしいです」
「お野菜の方はいかがでしたか? 我が国の特産野菜なのですが」
「にっ、苦味が口の中に、広がり……後味が何とも形容しがたく……美味で」
「さっぱりとした後味が、癖になるでしょう?」
「そっ、そうです。とてもさっぱりとしています。タルク様がお好きなのも納得のお味です」
呼び方が戻っていることにも気が付かない彼女に、彼の悪戯心が擽られる。相手が異国の姫君であることをすっかり忘れてしまうほどに。
「では、おかわりをお持ちいたしましょうか」
「いっいえ、私はデザートが食べたいですなぁ」
口調までおかしくなってしまった彼女に、ヘリオスは笑みを深くした。
「ですな? 先ほどから、様子がおかしくありませんか? やはりお口に――」
「違います! 本当に美味しいですぞよ。です!」
目が泳ぐ彼女を見つめるヘリオスの表情は、この場の誰もが目にしたことのない温かいものだった。
そんな姫と騎士を遠巻きにして食事をする者たちが、物珍しそうに彼の表情を見る。
「団長が姫様と談笑している……羨ましい」
「訓練では怒ってばかりなのにな。途中で消えて怖いし」
「オリヴィニス団長、こういう時に限っていないんだな。相変わらずタイミングの悪い」
こそこそと話す騎士たちの間にひょっこりと顔を出したのは、
「お前たち、言いたい放題だな。ヘリオスに言ってやろーっと」
「「「タルク王子!」」」
突然騒がしくなった方に、セリニとヘリオスの目が向く。
タルクに彼の好物が盛られたであろう皿を差し出す団員たちの異様な姿があった。
「何かあったのでしょうか」
「またタルク様が、余計なことを仰られたのでしょう」
ヘリオスは最後まで、自身に向けられた好奇の目に気づくことはなかった。
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