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第一章 影が薄い騎士団長
影が薄い騎士団長と口悪王子
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多くの灯りが点る石造りの地下通路を抜けると、城を囲む円塔と城壁の向こう側へとたどり着いた。
ラソワの木造の城とは異なる荘厳な佇まいに、セリニは見上げながら情けなく口をポカンと開けている。
「姫? いかがなさいました」
背後からの足音が途絶え、ヘリオスが振り返った。
「えっ、と。見惚れていました。我が国の城よりも立派だと思いまして」
「そうでしょうか。ラソワの城を拝見したことはないのですが、陛下から大変趣のある城だと伺っています」
「趣……階段が急すぎて、上るだけで一苦労するあの城が?」
彼女は眉根を寄せ、小さく呟いた。
ラソワの城は、駆けた拍子に床が抜けてしまうほど脆い。彼女には趣どころか欠陥だらけにしか思えなかった。
「ではまず、姫のお部屋へとご案内いたします」
「陛下へのご挨拶は――」
「昼食の後にと、仰せつかっております」
「わかりました。ありがとうございます」
ヘリオスのあとに続き、豪著な装飾が施された大きな扉の前にやって来た。左右には見張りの騎士が立っている。
セリニは普通に通してもらえるものだと小さく会釈した。しかし、見張りの顔が険しくなる。
「貴様、従者も連れずにこの城へ何の用だ」
鋭い声。ヘリオスが前を歩いているにもかかわらず、セリニは騎士たちに武器を向けられた。
「えっ、その。ラソワより参りました。セリニ・ラソワです」
戸惑いながら言うと、騎士たちの険しさが増す。
「ふざけるなっ! もう間もなく、セリニ様が到着なさると連絡を受け、先ほど南門へ担当の者が向かったところだ」
「いや、ですから騎士団長のヘリオスさんと――」
セリニがヘリオスに視線を送ると、無言で扉を開けようとしているところだった。
騎士たちは、背後の木が軋む音に肩を揺らし、慌てて振り返る。
「「ヘっ、ヘリオス団長! いらっしゃったのですか‼」」
仲良く声を揃えて驚く彼らに、ヘリオスは冷ややかな視線を投げた。
「貴様ら、胸元のブローチを見ろ」
「えっ、ぶろー……あっ」
ゆっくりと、二人の目が彼女の赤い宝石がはめ込まれたブローチへ向けられる。
「もっ、申し訳ございません! セリニ様。ご無礼をお許しください」
彼らは正座をして、石畳に両手をついた。額を何度もぶつけては、セリニへの謝罪を繰り返す。もう謝らなくてもいいと言った彼女が、一歩だけそっと後ろへと下がってしまうほどにその動作を繰り返し続けた。
「南門にて手違いがあったようだ。迎えに出向いた者にどちらかが伝えろ」
ヘリオスが言い放つと、
「「はっ! 承知しました」」
一人が赤い額をそのままに、一礼して全速力で駆けていく。
「申し訳ございません。またもやご無礼を」
ヘリオスも彼女に頭を下げた。
「気になさらないでください。それよりも、あのお二人はどうしてヘリオスさんに気づかなかったのですか?」
「それは――」
言い淀み、口を閉ざした彼は片手で彼女に入城を促す。
「どうぞ、中へ」
「えっ、はい」
返答がなかったことにモヤモヤしながら、促されるままセリニは歩を進めた。そして、扉の向こうに広がっていた圧倒的な空間を見回しながら、再び口をポカンと開ける。
動植物をモチーフとした美しい意匠の凝らされた柱が並び、中央には奥の扉に向かって、藍色の絨毯が敷かれている。
見惚れる彼女の前に、奥の扉から派手な格好の若い男が姿を現した。
彼はセリニを見て一瞬目を見開くと、月の色を思わせる長く青白い髪をくるくると人差し指で巻きながら彼女の方へと近づいてくる。
「おーちょっとは背が伸びたなぁ。チビ子」
「チビ子?」
吊り上がった大きな目を細めてヘラヘラと笑う彼の言葉に、セリニは目を皿にした。彼の整った顔をじーっと見つめてみても、彼女の記憶に該当する人物は見つからない。
「タルク様」
低い声に、タルクと呼ばれた男が体を揺らす。
「わっ! ヘリオス……お前いたのかよ。相変わらず心臓に悪りぃな」
「いつものことでしょう。それよりも、セリニ姫に何て口の利き方を」
「あ? チビ子はチビ子だろーが。ま、出るとこは出たみたいで良かったな。僕の好みではないが」
タルクが視線を彼女の胸元に向けた刹那。背負っていた魔法用の杖を握ったヘリオスが、石のはめ込まれた部分でタルクの右頬を凄まじい勢いで殴打した。
一瞬の鈍い音と呻き声を上げながら、タルクは絨毯を飛び越え、石畳をゴロゴロと転がっていく。
あまりの早業にセリニは唖然としながら、目でタルクを追う。そして、杖を握るヘリオスを見上げた。
腰に差している剣を抜かなかったのはせめてもの慈悲らしい。
「あの、ヘリオスさん。私も十年も前のことなので、今思い出したのですが……彼は王子では?」
セリニは不安げに、騎士団長と上半身を起こした王子を交互に見る。
「ご心配には及びません。陛下の許可は得ております。婦女子を辱める発言をするような男には、鉄槌を下さねば」
「いてぇ……お前っ、ふざけんなっ! 影薄いくせに馬鹿力なんだよ!」
「影の薄さと、力は何の関係もありません」
タルクは頬を押さえながら二人の元へ戻ってくると、ヘリオスを指差す。
「いーや、あるね。チビ子、コイツはなぁ、デカめの音でも立てねぇと誰にも気づいてもらえないくらい影が薄い」
彼女は先ほどの出来事を振り返る。扉を開けた音で騎士たちは彼に気が付いた。先ほどのタルクも同様の反応である。
「確かに、見張りの方々もタルク様も――」
「チビ子も驚いたろ? 誰もいねぇとこから声がしたと思ったら、無駄に図体のデカいコイツがいるんだからな」
セリニが右隣の彼を見る。
ヘリオスはどこか寂しそうな顔をして目を逸らした。
タルクはキョロキョロと周りに人がいないことを確認し、更に良く回る口を動かす。
「他のヤツには言うなよ。お前も消える魔法を使うと思っているんだろうが、コイツの使う魔法はな……死霊魔法だ」
囁かれた内容に顔色を変えることなく、セリニはただ目を瞬かせる。彼女にとっては、隣に立つ騎士団長の暗い表情の方が気掛かりだった。
「そうなのですね」
「そうなのですね、じゃねぇ。陰気くせぇ魔法使うから影まで薄くなったんだよ。もしかしたら、コイツも幽霊なのかもな」
「幽霊……?」
セリニはヘリオスの伏せられてしまった目を覗き、彼の左手を持ち上げて自身の右手の掌を合わせる。黒い手袋越しにほんのりと彼の体温が伝わってきた。
タルクは彼女の突飛な行動を、ただ呆然と見ている。
当のヘリオスは、ビクリと体を揺らし、ぎこちない動きで彼女の旋毛を見た。
「あの、セリ、ニ……姫? な、にを」
彼女は大きな手の指の間に、自身の指を絡めるよう彼の手を握った。やわやわと感触を確かめるように何度か力を入れる。
ヘリオスは握られた手に目を見開き、硬直した。
彼の表情を一瞥したタルクは、口を押さえ、笑いを堪えている。
「手袋越しでも温かいですよ」
固まってしまったヘリオスを見上げて微笑み、セリニはタルクへと視線を戻した。彼の手を握ったまま。
「そりゃ当然だろ。はぁ、チビ子……いやセリニ。お前最高かよッ! ヘリオスのこんな情けねぇ顔、ぷくくっ。ハハハッ」
ゲラゲラと笑うタルクの腹を容赦なくヘリオスが蹴り飛ばす。
「おまっ、慣れねぇことされたからって八つ当たりすんな。昼飯吐くぞ」
「吐けばよろしいかと」
「お前な、僕はおう「タルク様も握ってみてください。ヘリオスさんはちゃんとここにいます!」
突如割り込んで来た彼女にタルクは瞠目した。
「幽霊じゃありませんよ!」
「わかってるわ。誰が野郎の手なんて握るかッ!」
「えーと? 冗談だったのですか?」
「ド天然かよ」
黙ったままのヘリオスは、タルクの方へと突き出されてしまった手を何とも言えない表情で見下ろしながら、失礼のないようにと慎重に言葉を選ぶ。
「そのー……姫? 放していただけると非常に有難いのですが」
「あっ、許可なく突然手を握るなど失礼でしたね」
――そういう問題ではないのだが。俺の心臓が、おかしな動きを……。
離れていく手を見ながら、ヘリオスは苦笑した。
「はぁー笑った笑った。で、セリニよ。お前は後から来ると報告を受けていたんだが?」
セリニがここへ来るまでの経緯をタルクに説明すると、聞き終えた彼は、心底驚いた様子を見せた。
「マジか。……よかったなぁヘリオス。お前を感知してくれる人間が見つかって。こないだなんて、お前の強さを聞きつけた貴族の女が、お前が目の前にいるのに『ヘリオス様はどこっ! お会いしたいわ』なんて言うもんだから腹抱えて笑ったなぁ」
「はぁ……。姫を部屋へとご案内したいのですが」
「へいへい、わーったよ。とっとと案内して昼飯食わせてやれよ。姫を一人歩かせるって、お前の国はどーなってんだよ」
彼は信じられないと口をヘの字に曲げ、肩をすくめた。
「皆、城の修繕や怪我人の治療に忙しかったので。でも、シュタールに着いてからは馬車で途中まで――」
忙しいなか見送ってくれた家族や兵士、民たちを思い出してセリニの顔が曇る。
「……そうか、そんなに酷いのか。仕方ねぇ、父上に修繕に使えそうな資材くらいは何とかならんか聞いてみてやる。面白いもん見せてくれた礼だ」
腕組みをし、タルクは偉そうに言い放った。それでもセリニは目を輝かせる。
「本当ですか! ありがとうございます」
彼女の嬉しそうな顔に、彼は息が詰まった。
――僕がしたこと……覚えていてこの態度なんだよな?
タルクは自身が十年前に仕出かしたことを頭で並べ、疑懼の念を抱く。
「稀にまともなことを仰いますね、タルク様は。これで、言葉遣いを改めてくださると陛下もお喜びに」
「るせぇ。さっさと案内してやれ」
彼女に問いただす勇気もなく、タルクは追い払うように手を動かした。
「では、失礼いたします。タルク様」
「ありがとうございました。また後でお話ししましょう」
一礼して去っていく二人を見送ると、
――騎士と異国の姫様ねぇ……。とことん女運ねぇな。でも、ヘリオスも人間だったんだな。
「あんな顔、するのか」
ポツリと呟き、二人とは反対の方へ歩き出した。
ラソワの木造の城とは異なる荘厳な佇まいに、セリニは見上げながら情けなく口をポカンと開けている。
「姫? いかがなさいました」
背後からの足音が途絶え、ヘリオスが振り返った。
「えっ、と。見惚れていました。我が国の城よりも立派だと思いまして」
「そうでしょうか。ラソワの城を拝見したことはないのですが、陛下から大変趣のある城だと伺っています」
「趣……階段が急すぎて、上るだけで一苦労するあの城が?」
彼女は眉根を寄せ、小さく呟いた。
ラソワの城は、駆けた拍子に床が抜けてしまうほど脆い。彼女には趣どころか欠陥だらけにしか思えなかった。
「ではまず、姫のお部屋へとご案内いたします」
「陛下へのご挨拶は――」
「昼食の後にと、仰せつかっております」
「わかりました。ありがとうございます」
ヘリオスのあとに続き、豪著な装飾が施された大きな扉の前にやって来た。左右には見張りの騎士が立っている。
セリニは普通に通してもらえるものだと小さく会釈した。しかし、見張りの顔が険しくなる。
「貴様、従者も連れずにこの城へ何の用だ」
鋭い声。ヘリオスが前を歩いているにもかかわらず、セリニは騎士たちに武器を向けられた。
「えっ、その。ラソワより参りました。セリニ・ラソワです」
戸惑いながら言うと、騎士たちの険しさが増す。
「ふざけるなっ! もう間もなく、セリニ様が到着なさると連絡を受け、先ほど南門へ担当の者が向かったところだ」
「いや、ですから騎士団長のヘリオスさんと――」
セリニがヘリオスに視線を送ると、無言で扉を開けようとしているところだった。
騎士たちは、背後の木が軋む音に肩を揺らし、慌てて振り返る。
「「ヘっ、ヘリオス団長! いらっしゃったのですか‼」」
仲良く声を揃えて驚く彼らに、ヘリオスは冷ややかな視線を投げた。
「貴様ら、胸元のブローチを見ろ」
「えっ、ぶろー……あっ」
ゆっくりと、二人の目が彼女の赤い宝石がはめ込まれたブローチへ向けられる。
「もっ、申し訳ございません! セリニ様。ご無礼をお許しください」
彼らは正座をして、石畳に両手をついた。額を何度もぶつけては、セリニへの謝罪を繰り返す。もう謝らなくてもいいと言った彼女が、一歩だけそっと後ろへと下がってしまうほどにその動作を繰り返し続けた。
「南門にて手違いがあったようだ。迎えに出向いた者にどちらかが伝えろ」
ヘリオスが言い放つと、
「「はっ! 承知しました」」
一人が赤い額をそのままに、一礼して全速力で駆けていく。
「申し訳ございません。またもやご無礼を」
ヘリオスも彼女に頭を下げた。
「気になさらないでください。それよりも、あのお二人はどうしてヘリオスさんに気づかなかったのですか?」
「それは――」
言い淀み、口を閉ざした彼は片手で彼女に入城を促す。
「どうぞ、中へ」
「えっ、はい」
返答がなかったことにモヤモヤしながら、促されるままセリニは歩を進めた。そして、扉の向こうに広がっていた圧倒的な空間を見回しながら、再び口をポカンと開ける。
動植物をモチーフとした美しい意匠の凝らされた柱が並び、中央には奥の扉に向かって、藍色の絨毯が敷かれている。
見惚れる彼女の前に、奥の扉から派手な格好の若い男が姿を現した。
彼はセリニを見て一瞬目を見開くと、月の色を思わせる長く青白い髪をくるくると人差し指で巻きながら彼女の方へと近づいてくる。
「おーちょっとは背が伸びたなぁ。チビ子」
「チビ子?」
吊り上がった大きな目を細めてヘラヘラと笑う彼の言葉に、セリニは目を皿にした。彼の整った顔をじーっと見つめてみても、彼女の記憶に該当する人物は見つからない。
「タルク様」
低い声に、タルクと呼ばれた男が体を揺らす。
「わっ! ヘリオス……お前いたのかよ。相変わらず心臓に悪りぃな」
「いつものことでしょう。それよりも、セリニ姫に何て口の利き方を」
「あ? チビ子はチビ子だろーが。ま、出るとこは出たみたいで良かったな。僕の好みではないが」
タルクが視線を彼女の胸元に向けた刹那。背負っていた魔法用の杖を握ったヘリオスが、石のはめ込まれた部分でタルクの右頬を凄まじい勢いで殴打した。
一瞬の鈍い音と呻き声を上げながら、タルクは絨毯を飛び越え、石畳をゴロゴロと転がっていく。
あまりの早業にセリニは唖然としながら、目でタルクを追う。そして、杖を握るヘリオスを見上げた。
腰に差している剣を抜かなかったのはせめてもの慈悲らしい。
「あの、ヘリオスさん。私も十年も前のことなので、今思い出したのですが……彼は王子では?」
セリニは不安げに、騎士団長と上半身を起こした王子を交互に見る。
「ご心配には及びません。陛下の許可は得ております。婦女子を辱める発言をするような男には、鉄槌を下さねば」
「いてぇ……お前っ、ふざけんなっ! 影薄いくせに馬鹿力なんだよ!」
「影の薄さと、力は何の関係もありません」
タルクは頬を押さえながら二人の元へ戻ってくると、ヘリオスを指差す。
「いーや、あるね。チビ子、コイツはなぁ、デカめの音でも立てねぇと誰にも気づいてもらえないくらい影が薄い」
彼女は先ほどの出来事を振り返る。扉を開けた音で騎士たちは彼に気が付いた。先ほどのタルクも同様の反応である。
「確かに、見張りの方々もタルク様も――」
「チビ子も驚いたろ? 誰もいねぇとこから声がしたと思ったら、無駄に図体のデカいコイツがいるんだからな」
セリニが右隣の彼を見る。
ヘリオスはどこか寂しそうな顔をして目を逸らした。
タルクはキョロキョロと周りに人がいないことを確認し、更に良く回る口を動かす。
「他のヤツには言うなよ。お前も消える魔法を使うと思っているんだろうが、コイツの使う魔法はな……死霊魔法だ」
囁かれた内容に顔色を変えることなく、セリニはただ目を瞬かせる。彼女にとっては、隣に立つ騎士団長の暗い表情の方が気掛かりだった。
「そうなのですね」
「そうなのですね、じゃねぇ。陰気くせぇ魔法使うから影まで薄くなったんだよ。もしかしたら、コイツも幽霊なのかもな」
「幽霊……?」
セリニはヘリオスの伏せられてしまった目を覗き、彼の左手を持ち上げて自身の右手の掌を合わせる。黒い手袋越しにほんのりと彼の体温が伝わってきた。
タルクは彼女の突飛な行動を、ただ呆然と見ている。
当のヘリオスは、ビクリと体を揺らし、ぎこちない動きで彼女の旋毛を見た。
「あの、セリ、ニ……姫? な、にを」
彼女は大きな手の指の間に、自身の指を絡めるよう彼の手を握った。やわやわと感触を確かめるように何度か力を入れる。
ヘリオスは握られた手に目を見開き、硬直した。
彼の表情を一瞥したタルクは、口を押さえ、笑いを堪えている。
「手袋越しでも温かいですよ」
固まってしまったヘリオスを見上げて微笑み、セリニはタルクへと視線を戻した。彼の手を握ったまま。
「そりゃ当然だろ。はぁ、チビ子……いやセリニ。お前最高かよッ! ヘリオスのこんな情けねぇ顔、ぷくくっ。ハハハッ」
ゲラゲラと笑うタルクの腹を容赦なくヘリオスが蹴り飛ばす。
「おまっ、慣れねぇことされたからって八つ当たりすんな。昼飯吐くぞ」
「吐けばよろしいかと」
「お前な、僕はおう「タルク様も握ってみてください。ヘリオスさんはちゃんとここにいます!」
突如割り込んで来た彼女にタルクは瞠目した。
「幽霊じゃありませんよ!」
「わかってるわ。誰が野郎の手なんて握るかッ!」
「えーと? 冗談だったのですか?」
「ド天然かよ」
黙ったままのヘリオスは、タルクの方へと突き出されてしまった手を何とも言えない表情で見下ろしながら、失礼のないようにと慎重に言葉を選ぶ。
「そのー……姫? 放していただけると非常に有難いのですが」
「あっ、許可なく突然手を握るなど失礼でしたね」
――そういう問題ではないのだが。俺の心臓が、おかしな動きを……。
離れていく手を見ながら、ヘリオスは苦笑した。
「はぁー笑った笑った。で、セリニよ。お前は後から来ると報告を受けていたんだが?」
セリニがここへ来るまでの経緯をタルクに説明すると、聞き終えた彼は、心底驚いた様子を見せた。
「マジか。……よかったなぁヘリオス。お前を感知してくれる人間が見つかって。こないだなんて、お前の強さを聞きつけた貴族の女が、お前が目の前にいるのに『ヘリオス様はどこっ! お会いしたいわ』なんて言うもんだから腹抱えて笑ったなぁ」
「はぁ……。姫を部屋へとご案内したいのですが」
「へいへい、わーったよ。とっとと案内して昼飯食わせてやれよ。姫を一人歩かせるって、お前の国はどーなってんだよ」
彼は信じられないと口をヘの字に曲げ、肩をすくめた。
「皆、城の修繕や怪我人の治療に忙しかったので。でも、シュタールに着いてからは馬車で途中まで――」
忙しいなか見送ってくれた家族や兵士、民たちを思い出してセリニの顔が曇る。
「……そうか、そんなに酷いのか。仕方ねぇ、父上に修繕に使えそうな資材くらいは何とかならんか聞いてみてやる。面白いもん見せてくれた礼だ」
腕組みをし、タルクは偉そうに言い放った。それでもセリニは目を輝かせる。
「本当ですか! ありがとうございます」
彼女の嬉しそうな顔に、彼は息が詰まった。
――僕がしたこと……覚えていてこの態度なんだよな?
タルクは自身が十年前に仕出かしたことを頭で並べ、疑懼の念を抱く。
「稀にまともなことを仰いますね、タルク様は。これで、言葉遣いを改めてくださると陛下もお喜びに」
「るせぇ。さっさと案内してやれ」
彼女に問いただす勇気もなく、タルクは追い払うように手を動かした。
「では、失礼いたします。タルク様」
「ありがとうございました。また後でお話ししましょう」
一礼して去っていく二人を見送ると、
――騎士と異国の姫様ねぇ……。とことん女運ねぇな。でも、ヘリオスも人間だったんだな。
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