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DAY 27.

閑古鳥の鳴く神殿で

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「トイレはどこ?」

「そこの通路右行って突き当たりの左側ですよ」

 所定の場所に立って1時間。
 閑古鳥が鳴きそうなほど、
 人が来ないエロースの神殿。

 それでもこのご神体とご神体に捧げる供物台のある
 小さな部屋には1時間に2~3人の人が訪れる。

 恋愛の神様であるエロースの神殿を訪れる人の多くは、
 そこそこのお年頃の男女だ。
 若い女が多い・・と言いたいとこだけど、
 意外とそんな事もない。

 今トイレの場所を聞いてきたのも、
 すっごいお年寄りとは言わないけど、
 まぁまぁ、
 お婆ちゃんと言っても問題ないくらいの・・
 まぁ、お婆ちゃんだ。

 予め聞いてたけど・・
 警備員の主たる任務は2つだけ。

 1つは置物の様に、ご神体の前にじっと立っていること。

 もう1つは稀に神殿の”出入り口”や”トイレ”の場所を聞かれたら、
 答えること。

 だから、”出入り口”や”トイレ”の場所の案内だけ暗記させられた。

 ・・正直言って、暇だ。
 僅か15分前の薄暗い地下での化粧と移動より随分マシだが・・
 昨日からのイベント三昧でそろそろ疲れた。
 ここで突っ立ってるんじゃなく、家に帰ってベッドで寝たい。

「・・・はぁ、もう・・」

 和泉が溜息をついた。

「・・・声出すなよ・・和泉」

 溜息をついた和泉に青木がひそひそと言った。
 和泉と青木はやや筋肉質な若い男に化けてる。

 この世界のギリシャでは男は筋肉質な方がモテる。
 トレーニング習慣がある人の割合が多くて、
 日本に比べて男は平均的にマッチョ度が高い。

 そんなわけで俺たちもこの世界の平均に合わせて、
 ややマッチョに見えるように着込んでいるんだけど・・

 その姿に似つかわしくない、
 やや高めの女らしい和泉の声は違和感ありまくりだ。

「そうは言っても・・
 あれ・・・・」

 和泉はひそひそと言いながら、
 背中方向のご神体をちら見した。

「「・・・・」」

 なんともコメントしづらい。

 ご神体は黒々とした長さ50cmほど、
 太さは青木の二の腕ほど・・
 それはもうご立派過ぎる男の象徴だった。

 木製ででか過ぎるけど、形がもうそのまんま、
 ソレ・・だ。

 ダマリさんが教えてくれていたのは、
 ”2000年も昔に作られた歴史的価値も高いもの”
 ・・なんだが、
 俺の目から見て、
 ”古すぎて炭と化した大人のオモチャ”・・だ。

 こんなんでも歴史的価値がある・・とのことで、
 この古びた部屋は見た目はボロくても、
 ハイテクの高セキュリティゾーンとは聞いた。

 そんな高セキュリティゾーンに警備員は
 本来、必要ないけど、
 それでも人の目がある状態を作るのは防犯上有効で、
 ご神体をここに置いている時間帯は必ず
 3~5名の警備員を配置する・・とのことで、
 今、俺達3人は、
 その”必要ないけど有効な人の目”として、
 巨大な黒々とした
 大人のおもちゃを守る警備員だ。

 ・・男の俺達から見ても・・
 ご立派過ぎるモノだけど、
 羨ましいかと言われると非常に微妙だ・・

 時々この部屋を訪れる人の反応は大体2パターンだ。
 ありがたくお供えを捧げて祈る人、
 ご立派過ぎるモノの前で記念撮影(?)する人・・

 後者の方がまだ気持ちは分かる。
 コレをマジメに
 ご神体として拝む気にはなれない。

 俺がどうでも良い事を考えていると・・

「・・あ・・あのぅ・・」

 あかりが扮する金髪碧眼の女の子が、
 おずおずと俺達に声を掛けた。

「・・どうしたの?
 お嬢さん?」

 セリフは打ち合わせた通りだけど、
 べそかきながら声を掛ける・・のは
 無理だったらしい。

「・・ぱ・・ぱぱと・・・・
 はぐれちゃって・・・」

 セリフが恥ずかしいのか・・
 はたまた、俺達の後ろの
 ご立派なモノに圧倒されているのか・・
 たどたどしい台詞になってしまっている。

 ある意味、これは良い方向だ。
 本人は意図していなくても、
 たどたどしさによって
 ”迷子になった女の子が泣きつかれている”ようにも・・見える。

「おい、お前ら。
 俺は事務所まで迷子を連れて行くから、
 ここを頼む。

 俺が戻るまで、
 他に迷子が来てもここを離れるなよ?」

「・・・・へーーーい。」

 なるべく偉そうな俺の呼びかけに、
 青木がかったるそうな声を上げた。

 因みに、俺の偉そうな言い方に関しては青木の指示だ。

 俺はあかりに手を差し出した。

「ぱぱを探してもらえるから、
 神官様の居る部屋に行こうな?
 お嬢ちゃん?」

(・・ま・・迷子に見えてますか?)

 あかりが口をパクパクさせて、
 コッソリ俺に話しかけた。

 俺はあかりの頭の上にぽんと手をのせた。

「大丈夫だ」

 ・・あかりと歩いて事務室に向かう。
 ・・・慣れた位置関係のはずだけど、
 金髪碧眼の幼女姿は何か違う。
 いつもの安心感を感じられないまま、
 俺はあかりの手を引いた。

 ・・・

 神殿内に居た迷子が保護されたことは
 ここに紛れ込んでいるであろう、
 一般人に扮した敵さんに見せたい。

 なるべく大声を出しながら幼女を案内していると、
 正面から、エロースの神殿最後の1人の
 戦闘神官であるカリダさんが歩いてきた。

 つい2時間前に初対面・・というのもあるが、
 この人の雰囲気に滅茶苦茶緊張する。

 ついでに言うと・・同じ女性の戦闘神官だけど、
 豪快で筋骨隆々としたダマリさんと違って、
 細身で神経質そうな目をしたカリダさんは
 とっつきにくい印象だ。

 カリダさんは今回の件で出払っている
 他の戦闘神官の人たちの通常業務を昨日と今日で、
 一手に引き受けている。

 ・・ダマリさんが言うには、
 めっちゃ仕事がデキる人らしい。

「どうした?
 お前はご神体の警備だろう?」

 カリダさんがわざと大声で俺に話しかけた。

 カリダさん、なかなか演技達者だ。
 すごく自然だ。

 すれ違った黄色のシャツの女が
 僅かに足を止めた後、何事もない様に、
 何もないはずの通路脇の柱の後ろに隠れた。

 素人の俺でも分かる。
 あからさまに

 ダマリさんが言っていた。
 今回、敵さんの人数は多いが、
 訓練された者は少なくて、
 敵さんの潜入者に関しては素人が多いとのことだった。

 ダマリさんは、
 今回の件で人手不足はこちらだけでなく、
 敵さんも同じなんだろう・・とも言っていた。

 俺は素人の潜入者によく聞こえる様に、
 柄の悪いやたら声の大きい男っぽく声を出した。

「サボりじゃねぇですよ?
 カリダ様。

 迷子のお嬢ちゃんを事務所まで案内してきいたんでさぁ・・」

 カリダさんは、なるほど・・と、
  (多分)わざと、大きく頷いて、
 迷子の女の子(あかり)を見た。

「分かった。
 サボりじゃないんだな?
 お嬢さん、誰と来たのか?」

 あかりがどもりながら答える。
 ・・これも図らずもいい効果だ。
 怯える様子が子供っぽい。

「・・・ぱ・・ぱぱと・・」

 カリダさんは、暫く目を彷徨わせたあと、
 多少大げさに声を上げた。

「あーーーー・・
 さっき、男の人が娘とはぐれたと言って、
 事務所に来ていたよ。

 お嬢さんは来ていないと伝えたら、
 外に出たんじゃないかと言って、
 一旦外に探しに行ったようだったけど・・

 困ったな。
 もうすぐ一般公開時間も終了だ。」

 後半をぶつぶつと言った後、
 俺に向き直った。

「もうすぐ、
 お前も業務終了だろ?

 この子は私が預かるから、
 お前は持ち場に戻れ。」

「へいへい・・」

 俺があかりの手を放してきびすを返した後、
 都合よく、カリダさんの"通信の腕輪”が
 通話着信を知らせた。

「・・こちらカリダ・・・
 ・・女の子を探しに来てた人、
 そんな遠くまで、探しに行ってしまったか・・

 探してる女の子の名前と家の場所を聞いておいてくれ。
 もうすぐ神殿も一般公開が終わるから、
 奴隷を使って家まで送ってやろう。」

 疑う余地もない位に、自然な演技のカリダさんに
 内心拍手を送りながら、女が隠れた柱をこっそり見ると
 女がカリダさんをじぃっと見ている。

『エロースの神殿 拝殿中の皆様・・・・
 ーーーー』

 ややダンディな声のアナウンスが
 一般公開時間の終了間近であることを告げた。

 カリダさんは、
 あかりの手を取ったまま、柱の陰の女に声を掛けた。

「お客様、
 一般公開の時間はもうすぐ終わりますよ?
 見終わっていないところでもあるのですか?」

「・・え・・・・と・・・・」

 女はたじろぐ。

「保護して、家まで送迎するのは
 未成年の子供達だけですよ。」

 カリダさんがやや皮肉っぽい笑顔を向けると、
 女はあからさまに焦った顔を向けた。

「で・・出入口はどこかしら?
 迷ってしまったの・・」

「なるほど・・
 ご案内しましょう。」

 カリダさんは片手であかりの手を引いて、
 女を先導しながらあかりに問いかけた。

「お嬢さん、名前は?」

「・・・め・・めらにあ・・」

 あかりの顔を覗き込んでいた
 女は不自然さのないあかりの金髪碧眼に加えて、
 自然に発せられた名前を聞いて・・
 表情が曇った。

 うまく騙せているか・・?
 俺はそんなことを考えながら、
 ご神体の間へ急いだ。
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