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DAY 26.

潜伏しよう

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「・・・すげーーー・・」

 心の底からの称賛だ。

 隣を見るとあかりも、声も出ない・・と
 いう感じで目の前の光景を見つめている。

「はいはい。時間ないから、
 そっちも用意してよ!」

「いや、俺達、貴重品と携帯水槽トニ
 着替えと歯磨き人形くらいだし・・」

 一時避難・・とはいえ、
 7日間分となると、大荷物にも
 なりそうなもんだけど、

 大荷物を持ったら怪しまれるからと・・
 マジで必要最低限の荷物を持った。
 着替えも1回分。
 下着の替えは2回分。

 俺の分とあかりの分を俺が一纏めにして、
 小さなバッグに詰め込んで、
 昨日出来上がってきた
 携帯水槽用の偽装楽器ケースを
 目立たない様に袋に詰めて、
 トニの携帯水槽は敢えて剥き出しで持った。

 太陽が沈んで、星が輝き始めた。

 目の前にいるのは、堀の深い顔に皺を刻んで、
 いかつい鷲鼻わしばなと顎髭
 がトレードマークの和泉と

 同じく堀の深い顔にメガネをかけて、
 筋の通った鼻をした青木だ。

 作られたタプタプの身体とビール腹・・

 ぱっと見、この辺でよく見かける、
 中年のおっさんだ。

「青木、ちょっとふんぞり返った感じで歩いて・・」

 和泉がポンと青木の腰を叩いた。

 白髪混じりの金髪の色素の薄い青の瞳に
 なった青木が指示通りに歩く。

 シークレットシューズで高くなった身長に
 加えて猫背気味の青木がふんぞり返ると、
 かなり身長が高くなって見える。

 対して、和泉は足を引き摺る様に歩く。

「別人みたい・・」

 あかりが、ほぅっとため息をついた。

 和泉は自分の姿を鏡に映して、
 ぱんと手を叩いた。

「うん。OK!!」

「・・・さすがだよな・・」

 青木が確認する様に鏡に映った
 自分の姿を見た後、視線を俺達に戻した。

 和泉の奴、高校卒業後は
 美容学校で特殊メイクを習っているらしい。

 自身と青木を、
 完全なるおっさん2人に仕立ててみせた。

「さて、いいか?
 俺たちは、お前達の案内役だ。」

 青木の言葉に俺とあかりが頷く。

「今から来るイプタキノに乗って
 エロースの神殿横の神官の家に向かう。」

「イプタキノ?」

 あかりが見知らぬ単語について聞き返す。

『イプタキノ・・は自家用のヘーニーです。』

 こちらからは見えないが、
 楽器ケースに入った携帯水槽から
 トニが言った。

 ヘーニーはタクシー。
 イプタキノは自家用車ってトコなんだろう。

「エロース様の神官さんという事は・・
 ビオンさんのお宅に行くという事ですか?」

 あかりが聞く。

「ビオンさんって誰だっけ?」

「エロース様の神殿で対応してくださった
 神官さんですよ。」

 俺が聞くとあかりが答えてくれた。

(あぁ・・・)

 茶色い癖っ毛と人の良さそうな笑顔を
 思い出した。

「俺とか和泉は神官さんについて
 細かくは知らない。

 あと、神官さんの家に
 潜伏するわけじゃないよ。」

 リンゴン♪

 呼び鈴を合図に俺たちは、
 短い間ながらも、住み慣れてしまった
 我が家を出た。

 ・・青木が立てた計画通りに・・・

 ◇◇◇

 元々、追われる立場だった青木は
 棲家を転々としていたし、

 和泉はカラコンと白塗りのファンデで、
 東洋人と判断されていなかったらしい。

 そんな訳で2人は
 アフロディーテの神殿からは
 ノーマークだった・・との事だ。

 それに対して定住していて、
 黒い髪と黄色を帯びた肌を隠さずにいた
 俺たちは東洋人として、
 マークされていたワケだ。

 青木とエロースは、
 そんな俺たちを使うことにした・・と。

 俺たちと、中年男の案内役で
 エロースの神殿まで・・と・・
 襲われやすい状況を作った。

 俺達を回収するイプタキノには、
 エロースの神官に勤める戦闘が
 できる神官と・・もう1人、
 本物の案内人が乗っているらしい。

 シンプルだけど俺たちを囮にして、
 俺達を襲ってくる奴が居れば、
 そいつを捕まえようというわけだ。

 呼び鈴を鳴らしたのは本物の案内人・・
 和泉作のオッさん2人組と
 同年代のオッさんだった。

 3人のおっさんは・・といっても、
 うち2人は青木と和泉なんだけど・・
 俺達の荷物を持って、
 俺たちを取り囲む様にして、
 停めてあった白いイプタキノに
 俺たちを押し込む。

 ヒュッ・・・!!キィイィイイイン!!
 バチィッッ!!

「むぐっうぅうう!!」
「ああああああああ!!!」

 誰かが襲ってきたと思ったら、
 もう1つの人影が横から割り込んで
 そいつを取り押さえた。
 その人影は何人か同じ様に取り押さえて、
 動かなくなった人間を
 次々とイプタキノに放り込んだ。

「さ、早く乗ってください。」

 俺たちを助けてくれた方の人影が
 俺達に落ち着いた声で指示を出した。
 声からすると、女だ。

 俺達がイプタキノに乗り込むと、
 車内にはヒクヒクと動く若い
 男が白目を剥いていた。

 辺りを見回すと、
 同じ様に痙攣している人影が
 大量に車内に転がっている。

「手伝ってくれ!」

 車内で本物の案内人のオッさんが、
 痙攣している奴らに手錠と足枷を
 はめていく・・
 俺たちもそれを手伝っていると、

 女が1人乗り込んできた。

「ティモン!!・・出して!!」

 俺達にイプタキノに乗れと言った女の声だ。

 お礼を言おうと口を開いた俺に、
 女はしいっと口の前に両の手でバツを作った。

 女が襲撃者達を一箇所にまとめて、
 円になる様に座らせ、
 拘束済みのそいつらに猿ぐつわをして
 車内にあるボタンを押した。

 すると、彼らを囲む様に
 透明な板が降りてきた。

「これで大丈夫・・」

 そこまで言って、こちらを振り返る。

「・・・失礼しました。
 身体検査をしていませんが、
 高確率で盗聴機能がついた"通信の腕輪"を
 所持している事が疑われたので・・」

 女は丁寧に礼をした。

『もう、喋っても大丈夫ですか?』

 トニが聞くと、女は襲撃者を囲む
 透明な壁をコンコンと叩いて言う。

「防音機能が付いた壁です。
 彼等の方に音は届きません。」

『ありがとうございます。ダマリさん。』

 トニがほっとした様に話し始めた。

「お久しぶり
 トニさん、デニスさん、クリスタさん・・

 みなさま、はじめまして・・
 エロース様の神殿所属の神官ダマリです。」

 筋骨隆々といった感じの
 あかりの2倍はありそうな女丈夫は、
 日に焼けて深い皺が刻まれた
 口元をにぃっと綻ばせた。

「は・・はじめまして!!
 た・・田口あかりです。」

 あまりの迫力に声が出せないでいる中、
 あかりがぺこりと頭を下げた。

 ダマリさんの黄色味を帯びた白い歯が、
 大きな口にやたらキレイに並んでいた。
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