上 下
17 / 20

キレイになる珈琲

しおりを挟む
 ある日の昼食前、料理が出来上がっても、一向に幌馬車から降りてくる気配のないラミスに、クレナが外から声をかけた。

「おーい、ご飯できてるわよ?」

 すると、ラミスはわざとらしく片方の手で頭を押さえながら、幌馬車から降りてきた。

「むう……あと少しだったのに」

「何よ? あたし、なんか邪魔しちゃった?」

「クレナちゃんが仕上げのタイミングで声かけたせいで、変な効果の珈琲豆が出来上がっちゃったんだよ。まったくもう」

 そう訴えて、頬を膨らませるラミスに、クレナが首の後ろを掻きながら言った。

「そういえば、前に焙煎のタイミングで魔法の珈琲豆に変化させるとか言ってたわね」

「そうだよ。まったく、クレナちゃんのせいで、せっかくの珈琲豆が台無しだよ」

「けど、変な効果っていっても、大したことないんでしょ? 売り物にならなくても食後の珈琲として片付けていけばいいじゃない」

「じゃあ、クレナちゃんだけで飲んでね。効果は『口に入れた瞬間、誰かに呼ばれた気がして身体がビクッとなる』だよ。むせても知らないから」

「それ、あたしが急に声をかけたから、そうなったわけ? 魔法の焙煎、その時の精神状況に左右されすぎでしょ」

 クレナは肩をすくめながら呟いた。

「あーあ、本当なら『飲めば、綺麗になれる珈琲』が出来上がるはずだったのに。まあいいや。とりあえず、ご飯ご飯」

 そう口にして、昼食を元へ向かおうとするラミス。
 クレナは、そんな彼女の肩を掴み無表情で告げた。

「待ちなさい。ご飯なんて、食べなくていいわ。一刻も早く、その珈琲を完成させなさい」

「けど、ご飯……」

「ダメよ。気分屋のあんたのことだから、ここで打ち切ったら、どうせ昼からは別のモノを考えるんでしょ。だったら今、作らせるしかないじゃない。イメージが固まってるうちに」

 クレナは、何か言おうとしているラミスに耳を貸すことなく担ぎあげると、そのまま幌馬車の二階へ放り込んだ。



 ――そして、一時間後。

 ラミスは粉砕済みのコーヒーを袋に詰めて、外へ出てきた。

「……できたよ、クレナちゃん」

「よくやったわ。流石、あたしの姉ね。本当、よくやったわ。後でチュウしたげる」

「いらないいらない。今日のクレナちゃん、なんか怖いよ。怖い上に、気持ち悪い」

 ラミスは挙動不審に目を泳がせながら、震える手で珈琲を淹れた。
 いつも通り、見た目に何の違和感もない珈琲が出来上がる。

 クレナはラミスからカップを受け取ると、すぐさま口へ運び、一息で飲み干した。
 彼女は、しばらく無言で身体を擦った後、ふと口を開く。

「……肘のかさぶたが、綺麗になくなってるわ」

「ごめん。美容のこととか、よく分からなかったから、漠然と身体の悪い所を綺麗にするイメージで出来上がっちゃった」

「あんた、舐めてんの?」

 クレナが鋭い視線を向けると、ラミスは両手を突き出して答えた。

「待って待って。大丈夫だから。たくさん飲めば、ニキビとか全部なくなるから。内臓機能が良くなって、結果的にツヤツヤの髪とか、モチモチの肌とか手に入るから」

「なるほど、つまり狂ったように飲めばいいってわけね」

 こうして、クレナの長い戦いが始まった。

 一杯、二杯……と、飲むに従って目に見える傷が減っていく。
 十杯目を過ぎた頃、目に見える範囲の傷が綺麗サッパリ消え去った。

 それでも、クレナは「ここからが正念場」と言わんばかりに、必死に飲み続ける。
 ラミスは、そんな妹に顔を青ざめさせながら声をかけた。

「流石に飲み過ぎだよ……」

「いいえ、まだよ。表面的な傷は綺麗になったけど、肝心の肌艶に変化が現れないもの」

 その後も、黙々と珈琲を飲み進めるクレナに、ラミスは胸の辺りを擦りながら尋ねた。

「クレナちゃん、美容のためとはいえ、よくそんなに珈琲ばっかり飲めるね。私、見てるだけで気持ち悪くなってきちゃったよ」

「言われてみれば、これだけ飲んでるのに不思議な話ね。……それにしても、途中からどこが綺麗になっていってるか分からなくなったのは何故かしら?」

 その頃、クレナの体内では暴飲によるダメージと魔法による修復とが延々と繰り返され、さながら戦場と化していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。

白藍まこと
恋愛
 百合ゲー【Fleur de lis】  舞台は令嬢の集うヴェリテ女学院、そこは正しく男子禁制 乙女の花園。  まだ何者でもない主人公が、葛藤を抱く可憐なヒロイン達に寄り添っていく物語。  少女はかくあるべし、あたしの理想の世界がそこにはあった。  ただの一人を除いて。  ――楪柚稀(ゆずりは ゆずき)  彼女は、主人公とヒロインの間を切り裂くために登場する“悪女”だった。  あまりに登場回数が頻回で、セリフは辛辣そのもの。  最終的にはどのルートでも学院を追放されてしまうのだが、どうしても彼女だけは好きになれなかった。  そんなあたしが目を覚ますと、楪柚稀に転生していたのである。  うん、学院追放だけはマジで無理。  これは破滅エンドを回避しつつ、百合を見守るあたしの奮闘の物語……のはず。  ※他サイトでも掲載中です。

高校では誰とも関わらず平穏に過ごしたい陰キャぼっち、美少女たちのせいで実はハイスペックなことが発覚して成りあがってしまう

電脳ピエロ
恋愛
中学時代の経験から、五十嵐 純二は高校では誰とも関わらず陰キャぼっちとして学校生活を送りたいと思っていた。 そのため入学試験でも実力を隠し、最底辺としてスタートした高校生活。 しかし純二の周りには彼の実力隠しを疑う同級生の美少女や、真の実力を知る謎の美人教師など、平穏を脅かす存在が現れ始め……。 「俺は絶対に平穏な高校生活を守り抜く」 そんな純二の願いも虚しく、彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。 やがて純二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。 実力を隠して平穏に過ごしたい実はハイスペックな陰キャぼっち VS 彼の真の実力を暴きたい美少女たち。 彼らの心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。

電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。 ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。 しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。 薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。 やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...