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幸せ珈琲
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突き刺さるような雨が地面を跳ね、腰を下ろした双子の足元を徐々に侵食してくる。
その日の夕方、クレナとラミスはユニコーンと共に、小さな洞窟の中で豪雨が過ぎ去るのを待っていた。
クレナが両膝を抱えて呟く。
「街まで、あと少しって所まで来てるのに、ツイてないわね」
「まあまあ、たまにはゆっくりするのも良いものだよ? ユニさんに風邪を引かすわけにもいかないし。それに、おかげで私の新たな名物候補の開発期間を得ることができたんだから」
「ああ、あれからも名物ちゃんと考えてたのね。……で、今回は何を作ったわけ?」
クレナが尋ねると、ラミスは一杯の珈琲を取り出して説明した。
「『幸せな幻影を見せてくれる珈琲』だよ。とある童話から着想を得て作ったの」
「その童話なら、あたしだって読んだことあるわ。けど、これは見た目からしてアウトでしょ。吸ったら幸せな幻影を見せてくれる……それって、完全にヤバい薬じゃない」
「ジョークグッズだって説明して売るから大丈夫だよ。香りはしっかり珈琲なわけだし」
「本当に? あたし、あんたが檻に入れられる姿なんて見たくないわよ?」
こう言いながら、白い目を向けるクレナに、ラミスが髪をかき上げながら答えた。
「大丈夫だよ。万一に備えて、裏メニューとして売りさばくから。なんなら、逃走用の道具もすでに用意してある」
「やっぱり、後ろめたさを感じてるじゃないのよ。逃走用の道具を用意した時点で、どれだけあんたが合法な物だと言い切っても、違法な物としか思えないわ。だいたい、裏メニューじゃ名物にならないでしょ。悪いこと言わないから、そんな物さっさと捨てちゃいなさいってば」
「待って待って。せめて一回、試してみて? そしたら、クレナちゃんが思ってるような危ない物じゃないって分かるでしょ?」
ラミスが珈琲をグイグイ押し付けると、クレナはそれを手に取って質問した。
「仕方ないわね……。ちなみに、幸せな幻影ってどんなものを見せてくれるの?」
「さあ? 普遍的な幸せなんて、この世にはないからね。まあ、見てのお楽しみってことで」
「一丁前なことを言われるのが、無性に腹立つわね。……まあ、いいわ。せっかくだし、とびきり良いのを見せてよね」
そう口にして、クレナは珈琲を勢いよく飲み込んだ。
すると、十秒もしないうちに目は半開きとなり、上半身がゆらゆらと揺れ始めた。
次第に口元が緩み、ほんのりと顔も赤く染まっていく。
あっという間に、幸福感に満たされているのが感じ取れる柔らかな表情になった。
ラミスは、その様子を観察して呟いた。
「うーん……表情から察するに、もう少し濃くても大丈夫かな? よし、もう一杯試してみよう」
今度は、一秒もしないうちに瞳孔が開きっぱなしになり、全身がブルブルと震えだした。
口角は限界まで上がり、顔は赤い絵の具を塗りたくったかのように燃え盛っている。
やがて、クレナがうわ言を口にし始めると、ラミスはメモを取りながら続けた。
「困った。見た目がこうなるんじゃあ売り物にするには厳しいね。とはいえ、間違いなく幸せな思いはしてるはずだから、実験の辞め時も分からない。このままじゃ、私の中のマッドサイエンティストが暴走してしまうよ」
次にクレナが目覚めた時、頭上には見渡す限りの星空が広がっていた。
その日の夕方、クレナとラミスはユニコーンと共に、小さな洞窟の中で豪雨が過ぎ去るのを待っていた。
クレナが両膝を抱えて呟く。
「街まで、あと少しって所まで来てるのに、ツイてないわね」
「まあまあ、たまにはゆっくりするのも良いものだよ? ユニさんに風邪を引かすわけにもいかないし。それに、おかげで私の新たな名物候補の開発期間を得ることができたんだから」
「ああ、あれからも名物ちゃんと考えてたのね。……で、今回は何を作ったわけ?」
クレナが尋ねると、ラミスは一杯の珈琲を取り出して説明した。
「『幸せな幻影を見せてくれる珈琲』だよ。とある童話から着想を得て作ったの」
「その童話なら、あたしだって読んだことあるわ。けど、これは見た目からしてアウトでしょ。吸ったら幸せな幻影を見せてくれる……それって、完全にヤバい薬じゃない」
「ジョークグッズだって説明して売るから大丈夫だよ。香りはしっかり珈琲なわけだし」
「本当に? あたし、あんたが檻に入れられる姿なんて見たくないわよ?」
こう言いながら、白い目を向けるクレナに、ラミスが髪をかき上げながら答えた。
「大丈夫だよ。万一に備えて、裏メニューとして売りさばくから。なんなら、逃走用の道具もすでに用意してある」
「やっぱり、後ろめたさを感じてるじゃないのよ。逃走用の道具を用意した時点で、どれだけあんたが合法な物だと言い切っても、違法な物としか思えないわ。だいたい、裏メニューじゃ名物にならないでしょ。悪いこと言わないから、そんな物さっさと捨てちゃいなさいってば」
「待って待って。せめて一回、試してみて? そしたら、クレナちゃんが思ってるような危ない物じゃないって分かるでしょ?」
ラミスが珈琲をグイグイ押し付けると、クレナはそれを手に取って質問した。
「仕方ないわね……。ちなみに、幸せな幻影ってどんなものを見せてくれるの?」
「さあ? 普遍的な幸せなんて、この世にはないからね。まあ、見てのお楽しみってことで」
「一丁前なことを言われるのが、無性に腹立つわね。……まあ、いいわ。せっかくだし、とびきり良いのを見せてよね」
そう口にして、クレナは珈琲を勢いよく飲み込んだ。
すると、十秒もしないうちに目は半開きとなり、上半身がゆらゆらと揺れ始めた。
次第に口元が緩み、ほんのりと顔も赤く染まっていく。
あっという間に、幸福感に満たされているのが感じ取れる柔らかな表情になった。
ラミスは、その様子を観察して呟いた。
「うーん……表情から察するに、もう少し濃くても大丈夫かな? よし、もう一杯試してみよう」
今度は、一秒もしないうちに瞳孔が開きっぱなしになり、全身がブルブルと震えだした。
口角は限界まで上がり、顔は赤い絵の具を塗りたくったかのように燃え盛っている。
やがて、クレナがうわ言を口にし始めると、ラミスはメモを取りながら続けた。
「困った。見た目がこうなるんじゃあ売り物にするには厳しいね。とはいえ、間違いなく幸せな思いはしてるはずだから、実験の辞め時も分からない。このままじゃ、私の中のマッドサイエンティストが暴走してしまうよ」
次にクレナが目覚めた時、頭上には見渡す限りの星空が広がっていた。
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