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第1話 うう、お嬢様……
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「ニーナ! しっかりしてよ! ねえ、ニーナってば!!」
気流に乗った煙が、口の中を灰の味で満たす。
とある夜、燻った屋敷の一室で二人の少女が身を寄せ合っていた。
声の主は、鎖骨まで伸びたクリーム色の髪と白のワンピースが特徴的な幼い女の子――私、アンジェだ。
緊迫した雰囲気の中、ニーナと呼ばれた女性がかすれた声で告げる。
「うう、お嬢様……わたしはもう、ダメかもしれません」
腰まで届く茶色のポニーテールに、すらりと伸びた手足。
執事服に身を包んだ彼女は、虚ろな目をしたままガラスの散乱した床に横たわっていた。
「そんな弱気な言葉、あなたの口から聞きたくないよ! 大丈夫、絶対に助けるから諦めないで!」
「ありがとうございます。ですが、持ってあと数分といったところでしょう」
「嘘……!」
「ですから、お嬢様……最期に一つだけお伝えしたいことがあります」
どうやら、ニーナはここを死に場所に決めたらしい。
ニーナが私の目ををじっと見つめる。
「パン屋のオヤジさん、あの人もお嬢様と同じ『テンセイシャ』だったみたいです」
「……うん?」
テンセイシャ――それは神様から役割を与えられることを条件に、前世の記憶を保ったまま新たな世界に生まれ変わることを許された存在。
そして、ニーナの口から語られた通り、私もまた八年前にこの世界に生まれ変わったテンセイシャの一人なのであった。
「わたし、前々から怪しいと思っていたんです。一介のパン屋にしては不自然なくらい頭が回りますし、店に置いてあるパンは常に焼きたてですし、やけに中毒性がありますし……。で、蓋を開けてみれば案の定、テンセイシャだったというわけです」
「ふーん」
「そういうこと……です!」
ニーナは言い終わると同時にガクッと脱力し、そのまま意識を失った。
「えっ、何が? 何が『そういうこと』なの? ていうか、なんでわざわざこのタイミングでそれをカミングアウトしたの? 謎が多すぎて、意味が分かんないよ」
私はニーナの両肩を掴んで前後に大きく揺さぶる。
「ねえニーナ、お願いだからもう少し詳しく教えて? このままじゃ、あなたのこと思い出すたびにパン屋のオヤジの顔がチラついて素直に悲しめなくなっちゃう」
この世界に生まれ変わってから、決して短くない時間を姉妹同然に過ごしてきたニーナ。
そんな彼女を思い返す度、特に親しくもないオッサンが脇から顔を覗かせてくるなんて、そんなのあんまりだ。
ニーナがうめき声と共にうっすらと目を開ける。
「うう、お嬢様……」
「うん、あなたのお嬢様だよ。だけど、お嬢様はあなたの発言のせいで今とっても心がざわついてるの。だからお願い、もう少しだけ耐えて?」
表面上は優しく語りかけたものの、本心としては楽に逝かせる気なんて毛頭ない。
私の精神衛生上、パン屋のオヤジについて知っていることを洗いざらい吐いてもらわねば。
「分かりました。お嬢様のために、気力を振り絞ってみせましょう」
「じゃあ、とりあえずさっきの話についてもう少し詳しく教えてほしいな。パン屋のオヤジがテンセイシャだとして、それがどうしたの? もしかして、この状況と何か関係があるの?」
「はい、それはもう密接に」
「密接なんだ」
パン屋のオヤジと目の前の惨状とを結びつける状況が全くもって検討つかない。
部分的な関与ならまだしも、密接に関与となると……まさか、パン屋のオヤジが爆弾を抱えて突撃してきたとか?
そうした中、ニーナがゆっくりと上体を起こす。
「ところでお嬢様、ここにたどり着くまでに火炎瓶を手にした人たちを見かけませんでしたか?」
「いや、見てないと思うけど」
「では、こう……両端に棘の生えた鉄球がくっついた棒状の武器を振り回している人は?」
「見てない見てない。この世界に来てからそんな禍々しいもの持ち歩いてる奴、聞いたこともないよ」
私が裕福な家庭に生まれ変わり、平和な空間でぬくぬく過ごしてきたせいもあるかもだけど、そんな野蛮な連中は噂すら知らない。
「もし奴らを見かけたら、わたしを見捨ててすぐに逃げてください。奴らが屋敷をこんな惨状にした張本人です」
「どういうこと? 私が出掛けてる間に、ここで何が起こったの?」
私が屋敷を離れていた期間は半月ほど。
両親は屋敷に残っていたため護衛は常駐、使用人だって大勢いた。
万が一に備えて自衛の手段も用意してあったはずなのに、それが一体どうして……。
ニーナが上半身を震わせて大きく咳き込む。
「うっ……すみませんお嬢様、流石に限界みたいです。不肖ニーナ、先に逝かせていただきます」
「待って待って、勝手に逝かないで。私の疑問、まだ何一つ解決されてないよ」
むしろ変な武器が登場した分、謎が深まっている。
「……あっ、そうだ。ついでに赤い布で全身を覆った鎖鎌を振り回している人は見ませんでしたか?」
「次から次になんなの。これ以上、謎を追加されたら私の方が限界になっちゃうよ」
パン屋だの棘の武器だの鎖鎌だの……もうお腹いっぱいだ。吐き気すら覚える。
「どうか、そう言わずにお答えください! わたしも一人の人間として、未練を残したままこの世を去りたくないんです!」
「あなたが疑問を解決するたび、私の中に言い様のない不安が蓄積されていくんだよ」
私だって、ニーナには可能な限り満足いく形で旅立ってもらいたい。
しかし、これ以上この話を膨らませてしまったら私はきっと後悔すると思う。
ニーナは今、ここで死ぬからいいよ?
でも私は残りの人生、ご飯を食べる時も寝る時も……ずっとずっと奇妙な連中の姿が頭の中を巡り続けるんだよ?
「ああ、わたしの人生は何事も成さずに終わりを迎えるのですね」
「……ああもう。赤い布で全身を覆った鎖鎌を振り回してる人なんて見てないよ。 どう? これでいい?」
こうなったら、とことん話し尽くしてやる。
なんの話をしているのか、さっぱり理解できてないけど。
――その時、静寂を保っていた屋敷の中に奇妙な音が響き渡った。
ぐうううぅぅぅぅ……。
私は音の出所であるニーナのお腹に目を向ける。
「何、お腹が空いてるの?」
「いや、まあ……はい」
「まさか、これだけ引っ張っておいて『お腹が空いて死にそう』とかいう、しょうもないオチじゃないよね?」
「あはは……」
そう、冷静に考えてみれば違和感のある話だった。
生まれてこの方、一度の出血すら見たことのないニーナが、こんなあっさり死ぬわけがない。
今だってガラスの破片の上に転がっているだけで、よく見れば傷一つ付いていなかった。
私はニーナのお腹の上へまたがり、彼女の顔を覗き込む。
「ねえニーナ、ねえってば」
「うう、お嬢様……」
「割と元気なのバレてるから、変な小芝居はもういいよ。だいたい『うう、お嬢様……』って、毎回わざとらしく確認するようなことでもないでしょ?」
「死にそうなくらいお腹が空いてるのは本当なんです。ここ一週間、水分しか取ってませんから」
「水分って……ああ、それ私がコレクションしてあった一級リンゴジュース」
私は壁際に転がってある無数の空瓶を見て飛び上がった。
年に数回、祝い事の際にしか飲まない珠玉の逸品たちが見るも無残に飲み散らかされている!
「すみません。切羽詰まってたので、ほとんど飲んじゃいました。まあ、わたしの命に比べたら安いものですよね……ぷはぁっ!」
「言いながら、さらに飲まないでよ。水分が取りたいなら、私が近くの井戸で汲んでくるからさ」
私のリンゴジュースを飲みきった報いだ。
この際、お腹を壊すまで飲んでしまえばいい。
「いえ、ありがたい提案ですが遠慮しておきます。それより、今はこの場から一刻も早く離れることだけを考えましょう」
「ああ、そっか。暴徒はまだ近くにいるかもしれないもんね。ていうか、それだけハキハキ喋れるんだったら先に今の状況について説明してよ」
グダグダと話した割に、ニーナの口から重要な情報が一切語られていない。
結局のところ、パン屋のオヤジや謎の武器を携えた暴徒は事態とどう関わっているんだ。
ニーナが視線を落として告げる。
「分かりました……一言で申し上げます。お嬢様、『テンセイシャ狩り』が始まりました」
「テンセイシャ狩り?」
「はい。どういった経緯か分かりませんが、群衆はテンセイシャを片っ端から襲っています。あくまでテンセイシャのみが標的のようで、それ以外の人間は抵抗しない限り襲われません。屋敷に残っていた旦那様と奥様、その他の使用人たちはわたし以外、全員無傷で脱出できました」
なるほど。これだけの惨状にも関わらず死体が一つも転がっていないのは、そういった事情があったのか。
いや、それにしてもテンセイシャ狩りとは……また随分と物騒な事態になったものだ。
「けど、どうしてニーナだけがこんな目に? もしかして、屋敷を守るために一人で立ち向かってくれたとか?」
ニーナは少しの沈黙の後、私から目を背けて答える。
「……それは、わたしもテンセイシャだからです」
「ええっ!?」
驚きのカミングアウトだった。
私がテンセイシャであることをニーナに告げたのは、喋れるようになってすぐのこと。
当時は「子供の言うことを簡単に信じ過ぎでは?」と若干引いた覚えがあるが、まさかそういった背景があったとは。
「とにかく、合流も出来たことですし今はこの場から逃げることだけ考えましょう。さあ、早く……!」
ニーナは勢いよく立ち上がると、私をお姫様抱っこした。
「で、でも逃げるって何処に?」
「とりあえず、東の川を下っていきます! わたしたちテンセイシャで建てた隠れ家がありますから、しばらくの間そこで身を隠しましょう!」
「何、そのコミュニティ? なんで私よりテンセイシャとしてこなれた感じ出してくるの?」
これじゃあ、今までテンセイシャ風を吹かせてきた私がまるでバカみたいじゃないか。
私が前世の知識をこれ見よがしに披露していた時、あなた一体どういう感情だったの?
それに、そこまで発展したコミュニティがあって、どうして何も教えてくれなかったの?
私は悶々とした気持ちを整理する間もなく、ニーナに抱えられて屋敷を後にした。
気流に乗った煙が、口の中を灰の味で満たす。
とある夜、燻った屋敷の一室で二人の少女が身を寄せ合っていた。
声の主は、鎖骨まで伸びたクリーム色の髪と白のワンピースが特徴的な幼い女の子――私、アンジェだ。
緊迫した雰囲気の中、ニーナと呼ばれた女性がかすれた声で告げる。
「うう、お嬢様……わたしはもう、ダメかもしれません」
腰まで届く茶色のポニーテールに、すらりと伸びた手足。
執事服に身を包んだ彼女は、虚ろな目をしたままガラスの散乱した床に横たわっていた。
「そんな弱気な言葉、あなたの口から聞きたくないよ! 大丈夫、絶対に助けるから諦めないで!」
「ありがとうございます。ですが、持ってあと数分といったところでしょう」
「嘘……!」
「ですから、お嬢様……最期に一つだけお伝えしたいことがあります」
どうやら、ニーナはここを死に場所に決めたらしい。
ニーナが私の目ををじっと見つめる。
「パン屋のオヤジさん、あの人もお嬢様と同じ『テンセイシャ』だったみたいです」
「……うん?」
テンセイシャ――それは神様から役割を与えられることを条件に、前世の記憶を保ったまま新たな世界に生まれ変わることを許された存在。
そして、ニーナの口から語られた通り、私もまた八年前にこの世界に生まれ変わったテンセイシャの一人なのであった。
「わたし、前々から怪しいと思っていたんです。一介のパン屋にしては不自然なくらい頭が回りますし、店に置いてあるパンは常に焼きたてですし、やけに中毒性がありますし……。で、蓋を開けてみれば案の定、テンセイシャだったというわけです」
「ふーん」
「そういうこと……です!」
ニーナは言い終わると同時にガクッと脱力し、そのまま意識を失った。
「えっ、何が? 何が『そういうこと』なの? ていうか、なんでわざわざこのタイミングでそれをカミングアウトしたの? 謎が多すぎて、意味が分かんないよ」
私はニーナの両肩を掴んで前後に大きく揺さぶる。
「ねえニーナ、お願いだからもう少し詳しく教えて? このままじゃ、あなたのこと思い出すたびにパン屋のオヤジの顔がチラついて素直に悲しめなくなっちゃう」
この世界に生まれ変わってから、決して短くない時間を姉妹同然に過ごしてきたニーナ。
そんな彼女を思い返す度、特に親しくもないオッサンが脇から顔を覗かせてくるなんて、そんなのあんまりだ。
ニーナがうめき声と共にうっすらと目を開ける。
「うう、お嬢様……」
「うん、あなたのお嬢様だよ。だけど、お嬢様はあなたの発言のせいで今とっても心がざわついてるの。だからお願い、もう少しだけ耐えて?」
表面上は優しく語りかけたものの、本心としては楽に逝かせる気なんて毛頭ない。
私の精神衛生上、パン屋のオヤジについて知っていることを洗いざらい吐いてもらわねば。
「分かりました。お嬢様のために、気力を振り絞ってみせましょう」
「じゃあ、とりあえずさっきの話についてもう少し詳しく教えてほしいな。パン屋のオヤジがテンセイシャだとして、それがどうしたの? もしかして、この状況と何か関係があるの?」
「はい、それはもう密接に」
「密接なんだ」
パン屋のオヤジと目の前の惨状とを結びつける状況が全くもって検討つかない。
部分的な関与ならまだしも、密接に関与となると……まさか、パン屋のオヤジが爆弾を抱えて突撃してきたとか?
そうした中、ニーナがゆっくりと上体を起こす。
「ところでお嬢様、ここにたどり着くまでに火炎瓶を手にした人たちを見かけませんでしたか?」
「いや、見てないと思うけど」
「では、こう……両端に棘の生えた鉄球がくっついた棒状の武器を振り回している人は?」
「見てない見てない。この世界に来てからそんな禍々しいもの持ち歩いてる奴、聞いたこともないよ」
私が裕福な家庭に生まれ変わり、平和な空間でぬくぬく過ごしてきたせいもあるかもだけど、そんな野蛮な連中は噂すら知らない。
「もし奴らを見かけたら、わたしを見捨ててすぐに逃げてください。奴らが屋敷をこんな惨状にした張本人です」
「どういうこと? 私が出掛けてる間に、ここで何が起こったの?」
私が屋敷を離れていた期間は半月ほど。
両親は屋敷に残っていたため護衛は常駐、使用人だって大勢いた。
万が一に備えて自衛の手段も用意してあったはずなのに、それが一体どうして……。
ニーナが上半身を震わせて大きく咳き込む。
「うっ……すみませんお嬢様、流石に限界みたいです。不肖ニーナ、先に逝かせていただきます」
「待って待って、勝手に逝かないで。私の疑問、まだ何一つ解決されてないよ」
むしろ変な武器が登場した分、謎が深まっている。
「……あっ、そうだ。ついでに赤い布で全身を覆った鎖鎌を振り回している人は見ませんでしたか?」
「次から次になんなの。これ以上、謎を追加されたら私の方が限界になっちゃうよ」
パン屋だの棘の武器だの鎖鎌だの……もうお腹いっぱいだ。吐き気すら覚える。
「どうか、そう言わずにお答えください! わたしも一人の人間として、未練を残したままこの世を去りたくないんです!」
「あなたが疑問を解決するたび、私の中に言い様のない不安が蓄積されていくんだよ」
私だって、ニーナには可能な限り満足いく形で旅立ってもらいたい。
しかし、これ以上この話を膨らませてしまったら私はきっと後悔すると思う。
ニーナは今、ここで死ぬからいいよ?
でも私は残りの人生、ご飯を食べる時も寝る時も……ずっとずっと奇妙な連中の姿が頭の中を巡り続けるんだよ?
「ああ、わたしの人生は何事も成さずに終わりを迎えるのですね」
「……ああもう。赤い布で全身を覆った鎖鎌を振り回してる人なんて見てないよ。 どう? これでいい?」
こうなったら、とことん話し尽くしてやる。
なんの話をしているのか、さっぱり理解できてないけど。
――その時、静寂を保っていた屋敷の中に奇妙な音が響き渡った。
ぐうううぅぅぅぅ……。
私は音の出所であるニーナのお腹に目を向ける。
「何、お腹が空いてるの?」
「いや、まあ……はい」
「まさか、これだけ引っ張っておいて『お腹が空いて死にそう』とかいう、しょうもないオチじゃないよね?」
「あはは……」
そう、冷静に考えてみれば違和感のある話だった。
生まれてこの方、一度の出血すら見たことのないニーナが、こんなあっさり死ぬわけがない。
今だってガラスの破片の上に転がっているだけで、よく見れば傷一つ付いていなかった。
私はニーナのお腹の上へまたがり、彼女の顔を覗き込む。
「ねえニーナ、ねえってば」
「うう、お嬢様……」
「割と元気なのバレてるから、変な小芝居はもういいよ。だいたい『うう、お嬢様……』って、毎回わざとらしく確認するようなことでもないでしょ?」
「死にそうなくらいお腹が空いてるのは本当なんです。ここ一週間、水分しか取ってませんから」
「水分って……ああ、それ私がコレクションしてあった一級リンゴジュース」
私は壁際に転がってある無数の空瓶を見て飛び上がった。
年に数回、祝い事の際にしか飲まない珠玉の逸品たちが見るも無残に飲み散らかされている!
「すみません。切羽詰まってたので、ほとんど飲んじゃいました。まあ、わたしの命に比べたら安いものですよね……ぷはぁっ!」
「言いながら、さらに飲まないでよ。水分が取りたいなら、私が近くの井戸で汲んでくるからさ」
私のリンゴジュースを飲みきった報いだ。
この際、お腹を壊すまで飲んでしまえばいい。
「いえ、ありがたい提案ですが遠慮しておきます。それより、今はこの場から一刻も早く離れることだけを考えましょう」
「ああ、そっか。暴徒はまだ近くにいるかもしれないもんね。ていうか、それだけハキハキ喋れるんだったら先に今の状況について説明してよ」
グダグダと話した割に、ニーナの口から重要な情報が一切語られていない。
結局のところ、パン屋のオヤジや謎の武器を携えた暴徒は事態とどう関わっているんだ。
ニーナが視線を落として告げる。
「分かりました……一言で申し上げます。お嬢様、『テンセイシャ狩り』が始まりました」
「テンセイシャ狩り?」
「はい。どういった経緯か分かりませんが、群衆はテンセイシャを片っ端から襲っています。あくまでテンセイシャのみが標的のようで、それ以外の人間は抵抗しない限り襲われません。屋敷に残っていた旦那様と奥様、その他の使用人たちはわたし以外、全員無傷で脱出できました」
なるほど。これだけの惨状にも関わらず死体が一つも転がっていないのは、そういった事情があったのか。
いや、それにしてもテンセイシャ狩りとは……また随分と物騒な事態になったものだ。
「けど、どうしてニーナだけがこんな目に? もしかして、屋敷を守るために一人で立ち向かってくれたとか?」
ニーナは少しの沈黙の後、私から目を背けて答える。
「……それは、わたしもテンセイシャだからです」
「ええっ!?」
驚きのカミングアウトだった。
私がテンセイシャであることをニーナに告げたのは、喋れるようになってすぐのこと。
当時は「子供の言うことを簡単に信じ過ぎでは?」と若干引いた覚えがあるが、まさかそういった背景があったとは。
「とにかく、合流も出来たことですし今はこの場から逃げることだけ考えましょう。さあ、早く……!」
ニーナは勢いよく立ち上がると、私をお姫様抱っこした。
「で、でも逃げるって何処に?」
「とりあえず、東の川を下っていきます! わたしたちテンセイシャで建てた隠れ家がありますから、しばらくの間そこで身を隠しましょう!」
「何、そのコミュニティ? なんで私よりテンセイシャとしてこなれた感じ出してくるの?」
これじゃあ、今までテンセイシャ風を吹かせてきた私がまるでバカみたいじゃないか。
私が前世の知識をこれ見よがしに披露していた時、あなた一体どういう感情だったの?
それに、そこまで発展したコミュニティがあって、どうして何も教えてくれなかったの?
私は悶々とした気持ちを整理する間もなく、ニーナに抱えられて屋敷を後にした。
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