うちのニンゲン観察記録

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ピュリラスカ編

謝罪

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 三日目。
 ニコラは床の上で目を覚ました。身体が固まっていて、唸りながら起き上がる。いつの間にか身体に布が掛けられていた。あの化け物がやったのだろうか、とそれをぼんやり見つめる。
 腹が減っていたが、それ以上に胃が気持ち悪かった。尿意を覚え、仕方なく立ち上がる。足音を殺して扉に近づいた。扉には取っ手はなく、手で触れると指に吸い付くような感覚があった。そのまま横に動かすと、すうっと音もなく開く。ニコラは扉の外を見て悲鳴を上げた。
 化け物がニコラを見下ろしていた。ニコラはすぐさま離れて距離を取る。いつでも走れるように身を屈めて化け物を見やった。ニコラは唖然とする。化け物も同じような反応をしていた。扉からできるだけ離れて、敵意はないと示すかのように両手を上げ、身を小さくしている。
 化け物の触手には、何か果物と思しきものや何かの容器が握られていた。もしや食べ物を持ってきたのだろうか。ニコラは警戒して動かなかった。化け物はゆっくりと動いて、触手に握ったものを扉の内側に置くと、そっと離れていった。
 化け物から反省の色を読み取ったニコラは、母国語で彼に呼びかけた。とにかくトイレに行きたかったのだ。そこらで排泄するほど落ちぶれたくなかった。もちろん通じるはずもなく、戸惑ったように固まる化け物相手にジェスチャーを繰り返した。トイレのジェスチャーなんてやったことないよ!とニコラは苛立つ。化け物はしばし困惑してニコラを見つめていたが、ふと何かを思い出したように移動しはじめた。促すように振り返るので、ニコラは仕方なく着いていく。
 化け物はある部屋の中に入ると、何かを触手で掴んで近づいてきた。ニコラが身構えていると、それ以上は寄らずに触手だけ伸ばして何かを渡してくる。本だった。英語でDictionaryと書かれていて、ニコラはハッとした。素早い手つきで薄い辞書をめくる。目当てのものを見つけて、ニコラは即座にその言葉を叫んだ。
「おしっこ!」


 化け物は大慌てでトイレに連れて行ってくれた。ニコラの知っているトイレではなかった。個室の中に穴だけがあり、穴の入口には半透明の膜がある。足を乗せても落ちないが、排泄物は穴の中に落ちて瞬時に分解される。どういう仕組みなのか全く分からなかった。
 とりあえず出すものを出すと、ニコラは警戒しながら化け物の後について部屋に戻った。化け物は果物と思しきものを示して、食べるように促してくる。細長い容器には液体が入っている。飲み物だと信じたかった。果物を恐る恐る少し齧ると、甘酸っぱくて美味しかった。ほぼ2日間飲まず食わずだったせいで、貪るように食べた。飲み物を口に含んでみる。爽やかな香り付きの、お茶のような味がした。一気に飲み干す。化け物は離れた場所から、ニコラが食べるのをじっと見つめていた。ニコラは黙って空の容器を差し出した。化け物は少し戸惑っていたが、察したように部屋を出ていって、食べ物と飲み物を追加で持ってきた。忠犬のように傍に控えて、ニコラが食べるのをじっと見つめている。
 ニコラが食べ終えて、化け物は容器を片付けようとしたらしい。ニコラは伸びてきた触手に反射的に怯えてパニックを起こした。叫び声を上げ、手を突っ張って拒絶を示しながら、離れようとして足をもつれさせて転んだ。化け物は呆然としてそれを見下ろした。
 ニコラは啜り泣いた。涙が堪えられない自分に怒りを感じた。身体が震え、渦巻く感情に嗚咽が漏れる。
「sorry」
ポツリと声が聞こえた。ニコラは顔を上げた。涙で視界がぼやけ、手の甲で拭う。化け物は立ち尽くし、涙を流していた。化け物は繰り返した。
「sorry...」
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