うちのニンゲン観察記録

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ジョルジョカ編

言葉通じた!

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 七日目。
 言葉が通じる! 俺は感動に打ち震えた。どうやら他にもいたらしい先人のおかげだ。辞書が英語なのと、欲しい単語や言い回しが載っていないこともあるのが玉に瑕だが、もうぜんぜんいい。死ぬほどありがたい。日本の必修科目に英語が含まれていたことをここまで感謝する日が来るとは。暇さえあれば辞書を見て、言葉を覚えた。特に衣食住に関することを。
 狩りから帰ってきたジョルジョカが落ち着いた頃に、辞書を片手に湯を頼むと、ジョルジョカは頷いて湯を準備してくれる。最初はでかい電気釜みたいなやつで沸かしてたのに、いつの間にか給湯器みたいなやつが設置されていた。青く光る謎のエネルギー源で動いている。調理器具も増えて、飯もあったかいのがよく出てくるようになった。そういうもの全般にはジョルジョカが触るなと言うので、お湯もジョルジョカに頼むしかない。
 慣れれば、ジョルジョカは穏やかで一緒に暮らしやすい性格だった。完全に居候の俺にもすごく優しい。今のところ出て行かせようとする気配もないし、むしろ大事にされていると思う。なんでか知らないけど。
 ジョルジョカがお湯を準備してくれて、俺は上機嫌で入浴する。娯楽が少ない今の俺の楽しみのひとつだ。ただ、ジョルジョカに絶対見守られているのがちょっと恥ずかしい。普段の扱いからして、赤ん坊だと思われている節がある。たぶん、風呂場で足を滑らせないかとか、溺れないかとかを見てくれてるんだと思う。
 やわらかい石鹸を泡立てる。これ泡立ち悪いんだよな、と思うが、なにか不満や要望を漏らすとさらに物が増える気がして、迂闊なことは言わないようにしている。これ以上無駄に金を使わせる訳にはいかない。
 俺が身体を洗い終えて、浴槽に浸かると、外で見守っていたジョルジョカが何か言った。
 なんですか、と俺はたどたどしく聞き返した。Pardon me?は必須の言葉なのですぐ覚えた。ただ、こちらの言葉は発音が難しい。
 ジョルジョカは少し考えてその場を離れると、少ししてから辞書を片手に戻ってきた。考えあぐねながらページをめくり、ある箇所で止まる。浴室に入ってきて、触手で該当箇所をとんとんと叩いた。なんとこの辞書、防水だ。
 ジョルジョカの示した箇所には、temperatureと書かれていた。俺はガッテン!と手を打ち鳴らす。読み方を確認して、何度か発音を試し、温度は適切だと伝えた。
 ジョルジョカは頷いた。言語ってすげえ。言葉が通じると、人外だったやつが急に友達みたいに感じる。
 ジョルジョカは浴室の床に座って……触手を畳むのって座るって言うのか? ともかく床で楽な姿勢を取って、俺を眺めている。俺はちょっと気まずいながらも、まあ気にせず楽しくやるかと思って、とりあえず日本でも風呂場でやってたことをやった。つまり、歌を歌った。
 ジョルジョカは不思議そうな顔をして、じっと聞いている。だんだん、俺の歌のリズムに合わせて触手が揺れ始める。俺は気を良くすると、好き勝手に色々歌って、気が済んだら浴槽から出た。
 俺が身体を拭いている間にジョルジョカは簡単に浴室を掃除して、俺の服まで洗濯してくれる。しかも手洗いで、早い。水と石鹸を準備して、触手でシュパパ!とやったらいつの間にか絞りまで終わっている。
 ありがとう、と覚えたての言葉で伝えると、ジョルジョカは頷いた。ユアーウェルカム、と彼が唯一知っている英語が返ってくる。触手が嬉しそうにソワソワうごめく。顔より触手のほうが雄弁だ。



 八日目。
 ベッドに連れ込まれた。ハンモックだけど。あれっ、もしや貞操の危機か?と思ったけど普通に添い寝だった。なんかペットか子供だと思われてんな、と俺はだんだん理解しはじめた。
 添い寝すると尚更実感するけど、コイツめっちゃでかい。イケメンだなぁ、と俺はしみじみ見上げる。髪の毛がそもそもないからいわゆる坊主だけど、頭の形がよくてスタイリッシュに見える。背びれみたいな形の隆起が頭から背中にかけて並んでいる。尖った耳はあるけど、泳ぐのに邪魔にならないように動かせるらしい。普段は開いているけど、水の中に入る時は耳の穴が閉じて、耳たぶを寝かせて身体にピタッと沿わせている。まつ毛はない。たぶんだけど、透明な二個目のまぶたで目を保護している。普通の瞬きの他に、透明なまぶたが瞬きをしているのを時々見る。
 鼻はない。骨の隆起があるだけだ。どこで呼吸してるんだろ、と身体を見つめて、もしやこれか?と脇腹についてる謎のヒラヒラを触ってみた。ビクゥッとしてジョルジョカが跳ね起きた。ごめん。
 ジョルジョカは大人しくしてろと言うように俺を毛布でぐるぐる巻きにして、触手で包み込んだ。

 ジョルジョカの種族はクァラリブスと言うらしい。辞書にはこの世界の基本知識みたいなものが書いてあって、俺は日常会話レベルの英語の知識で頑張ってそれを読んだ。ところどころ知らない単語があるが、なんとなくは理解できた。
 たぶんジョルジョカみたいなやつがこの世界の標準で、世界各地で生活している。俺たち人間は別の世界からやってきた。クァラリブスにとって俺たち人間はかなりかわいいビジュアルをしてるらしく、愛玩動物として飼われたり、性的な相手として可愛がられたりすることが多い、らしい。
 性的に……?と俺は首を傾げる。今までそういう対象として見られた経験がなかったから、ピンと来なかった。ジョルジョカを見上げる。ジョルジョカは目を閉じていた。俺は彼の厚い胸板に頭をのせる。ジョルジョカは俺を性的に見ているんだろうか、と疑問に思った。彼に触られて射精してしまったとき、恥ずかしかったけど別に不快ではなかった。むしろ最近オナニーもまともにできていない俺は、あれもう一回やってくれないかなと思っているくらいだ。言葉が通じ始めてから友人として見ているから、性処理を頼むのはまずいかなと思って黙っているだけで。
 まあいい、なるようになる。俺はジョルジョカに優しく抱き締められながら、眠りに落ちていった。


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