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ジョルジョカ編
異文化交流
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五日目。
「彼らの世話を『飼育』と表現するのは倫理に反するのではないか」
私の言葉に、ピュリラスカはケタケタ笑った。
『もうその領域に辿り着いたか』
「ニンゲンは我々と同等レベルの知能を持っている」
『言われなくても、ニンゲンをきちんと世話したことのある奴は全員知ってることさ』
「なぜニンゲンは公的に保護されず、個人で『飼育』されている」
『僻地に住んでる君にはわからないだろうけど、クァラリブスの政府はクァラリブスの生活を守るのが第一なんだ。たまーに迷い込んでくるだけのニンゲンまで世話してやる余裕はない』
おーよしよし、とピュリラスカがニンゲンを愛でる声が通信に混ざる。
『どこに行っても、ニンゲンの扱いは悪くないと思うよ。この子ら賢いしかわいいからね。もし虐待するような奴がいても、ニンゲン愛護団体がすぐ動くし』
昨日頼んだニンゲン用品は、ニンゲン愛護団体が運営する通販サイトで購入した。私は普段から狩りで生じる副産物を買取屋に卸して金銭を得ているから、金は余るほどあった。
「ニンゲンに欲情するのは普通か?」
『どうかな。少なくとも俺はするけどね』
上半身の形は同じだし仕方ないでしょ、とピュリラスカは言う。私はコータに目をやった。コータは自分の寝床でまどろんでいる。
「退屈そうだ」
ピュリラスカは肯定した。
『そうだろうね。こっちならまだしも、君のところにはろくな娯楽がないだろう』
「必要がない」
『君はそうだろう。僻地で狩りして生きてる奴らはだいたいそうだ』
「……娯楽とは、どういうものだ?」
『難しいことを聞くねぇ。なんでもいいんだ、遊びでも、運動でも、音楽でも』
「言葉が分からなくては、できないことも多い」
『そこは頑張れよ、なんでそんなに触手がついてると思ってるんだ』
「数があっても意味はないだろう」
冗談だよ、とピュリラスカは呆れた。
『辞書をやれば?』
「辞書? ニンゲンが使える辞書があるのか」
『ニンゲンが使ってる言葉の種類による。ニンゲンの公用語? ナントカ語……のやつだけだ。翻訳できた言葉の数も少ない』
「じゃあ、与えてみないと使えるかわからないのか」
『そういうことだな』
「お前のとこのニンゲンは?」
『少し分かるらしい。辞書をやったら、簡単な日常会話くらいはできるようになった』
「その割に、お前のニンゲンへの態度は知的生命体に対するものではないが」
『うるさいな! 俺は恋人には甘々なの!』
恋人らしい。お前も仲良くなったらわかるよ、とピュリラスカは言う。昔はこんな頭の悪そうなやつじゃなかったが、ニンゲンを飼い始めてから少しおかしくなった。腑抜けた、というべきか。
『じゃあね、俺は恋人と愛し合わなくちゃ』
ピュリラスカはそう言って通信を切った。
六日目。
注文した辞書はすぐに届いた。船便で来るが、船までは素粒子ワープシステムを使っているから即日で届く。
辞書を渡すと、コータは最初は不思議そうな顔をして、それから表紙の文字を見て声を上げた。急いでページをめくっている。私も一緒になって覗き込んだ。辞書自体は決して分厚くはない。しかしそこには、日常会話に必須の単語や例文がきちんとまとめられていた。
クァラリブスの文字の横に、括弧書きで読み方が書かれ、その横に意味が書かれていると思われた。知らない文字だったが、文字の構造自体は比較的単純だ。覚えることもできそうだった。
コータは必死にページをめくり、何かを探しているようだった。ついにそれを見つけて、じっとページを凝視する。そしてゆっくりと言った。
「あ……あ、りがとう」
私は瞬きをした。コータは私の顔を見上げて微笑み、拙い発音で繰り返した。
「ありがとう」
私は思わず何度も頷いた。首と、触手も総動員して。
私はコータの手から辞書をもらい、ページをめくる。目当ての言葉を見つけ、指で示した。コータは破顔した。私は尋ねるように、その言葉の横の、知らない文字の羅列を指で叩いた。コータは声に出してそれを読んだ。
「ユア ウェルカム」
「ゆあー うぇる かむ」
コータはうんうんと頷いた。私の表情筋はさほど発達していないが、発達していればコータと同じ顔をするだろうと思った。
コータは気になった単語を何度も発音し、私はそれに頷き、時に訂正しながら、一日を過ごした。
「彼らの世話を『飼育』と表現するのは倫理に反するのではないか」
私の言葉に、ピュリラスカはケタケタ笑った。
『もうその領域に辿り着いたか』
「ニンゲンは我々と同等レベルの知能を持っている」
『言われなくても、ニンゲンをきちんと世話したことのある奴は全員知ってることさ』
「なぜニンゲンは公的に保護されず、個人で『飼育』されている」
『僻地に住んでる君にはわからないだろうけど、クァラリブスの政府はクァラリブスの生活を守るのが第一なんだ。たまーに迷い込んでくるだけのニンゲンまで世話してやる余裕はない』
おーよしよし、とピュリラスカがニンゲンを愛でる声が通信に混ざる。
『どこに行っても、ニンゲンの扱いは悪くないと思うよ。この子ら賢いしかわいいからね。もし虐待するような奴がいても、ニンゲン愛護団体がすぐ動くし』
昨日頼んだニンゲン用品は、ニンゲン愛護団体が運営する通販サイトで購入した。私は普段から狩りで生じる副産物を買取屋に卸して金銭を得ているから、金は余るほどあった。
「ニンゲンに欲情するのは普通か?」
『どうかな。少なくとも俺はするけどね』
上半身の形は同じだし仕方ないでしょ、とピュリラスカは言う。私はコータに目をやった。コータは自分の寝床でまどろんでいる。
「退屈そうだ」
ピュリラスカは肯定した。
『そうだろうね。こっちならまだしも、君のところにはろくな娯楽がないだろう』
「必要がない」
『君はそうだろう。僻地で狩りして生きてる奴らはだいたいそうだ』
「……娯楽とは、どういうものだ?」
『難しいことを聞くねぇ。なんでもいいんだ、遊びでも、運動でも、音楽でも』
「言葉が分からなくては、できないことも多い」
『そこは頑張れよ、なんでそんなに触手がついてると思ってるんだ』
「数があっても意味はないだろう」
冗談だよ、とピュリラスカは呆れた。
『辞書をやれば?』
「辞書? ニンゲンが使える辞書があるのか」
『ニンゲンが使ってる言葉の種類による。ニンゲンの公用語? ナントカ語……のやつだけだ。翻訳できた言葉の数も少ない』
「じゃあ、与えてみないと使えるかわからないのか」
『そういうことだな』
「お前のとこのニンゲンは?」
『少し分かるらしい。辞書をやったら、簡単な日常会話くらいはできるようになった』
「その割に、お前のニンゲンへの態度は知的生命体に対するものではないが」
『うるさいな! 俺は恋人には甘々なの!』
恋人らしい。お前も仲良くなったらわかるよ、とピュリラスカは言う。昔はこんな頭の悪そうなやつじゃなかったが、ニンゲンを飼い始めてから少しおかしくなった。腑抜けた、というべきか。
『じゃあね、俺は恋人と愛し合わなくちゃ』
ピュリラスカはそう言って通信を切った。
六日目。
注文した辞書はすぐに届いた。船便で来るが、船までは素粒子ワープシステムを使っているから即日で届く。
辞書を渡すと、コータは最初は不思議そうな顔をして、それから表紙の文字を見て声を上げた。急いでページをめくっている。私も一緒になって覗き込んだ。辞書自体は決して分厚くはない。しかしそこには、日常会話に必須の単語や例文がきちんとまとめられていた。
クァラリブスの文字の横に、括弧書きで読み方が書かれ、その横に意味が書かれていると思われた。知らない文字だったが、文字の構造自体は比較的単純だ。覚えることもできそうだった。
コータは必死にページをめくり、何かを探しているようだった。ついにそれを見つけて、じっとページを凝視する。そしてゆっくりと言った。
「あ……あ、りがとう」
私は瞬きをした。コータは私の顔を見上げて微笑み、拙い発音で繰り返した。
「ありがとう」
私は思わず何度も頷いた。首と、触手も総動員して。
私はコータの手から辞書をもらい、ページをめくる。目当ての言葉を見つけ、指で示した。コータは破顔した。私は尋ねるように、その言葉の横の、知らない文字の羅列を指で叩いた。コータは声に出してそれを読んだ。
「ユア ウェルカム」
「ゆあー うぇる かむ」
コータはうんうんと頷いた。私の表情筋はさほど発達していないが、発達していればコータと同じ顔をするだろうと思った。
コータは気になった単語を何度も発音し、私はそれに頷き、時に訂正しながら、一日を過ごした。
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