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第88話 哀切
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蒼く晴れ渡った空を彗星が駆ける。
鋼鉄と樹木の翼を惜しげも無く広げて飛翔するそれは、灼熱と零下の軌跡を残し、向かい来る敵を焼き上げては凍らせ貫いては殴り潰し両断する。
そこに一抹の慈悲もなく、立ち塞がる害獣達はただ淡々と引き裂かれては蹴散らされていった。
「くっ……! くっ……!」
絶えず降り注ぐ緑色の血潮や臓器の雨を縫って必死に逃げ回るのは、完全に戦意を喪失し混乱の一途を辿り続けるサンドマンの意識を宿す天使。
何故だと、何十年何百年もの間同じ事を繰り返し続けた悪魔の猿共が何故今さらと、自分が散々積み重ねてきた悪行を都合良く忘れ去って被害者ヅラで泣き叫ぶ。
「有り得ない! こんなにも惨い! こんな理不尽なことが起きていい筈がない!!!」
事象改変、時間停止、運命操作、その他諸々の超常現象を限定的ながらも行使可能な空間が易々と引き裂かれ、その中で待ち受けていた世界樹直属の神話級害獣の軍勢が、弾丸のように飛び狂うドラグリヲが振り回すただの暴力によって真正面からごみのように叩き潰され摺り下ろされていく現実。
それを受け入れられずにサンドマンはみっともなく駄々を捏ねるも、追い打ちをかけるようにノゾミの冷たい指摘がサンドマン自身の意識に流れ込む。
「分からないの? 散々人間を低脳だの下等だのレッテルを押し付け続け、理不尽を強いてきた貴方が?」
「うるさい黙れ黙れ黙れ小娘が! 俺はただ背中を押してやっただけなんだ! 自分一人じゃ踏ん切りを付けられなかった臆病者共に、ほんのちょっと勇気を授けてやって来ただけなんだよ!!!」
「……それを私相手に言うの? 父さんの力を最も色濃く受け継いだこの私に?」
サンドマンどころか、生前のアルフレドと同等の精神干渉能力を得るに至ったノゾミに舌先三寸の言い訳は一切通用せず、論より証拠と言わんばかりにサンドマンが散々人間達に対して行ってきた悪行の記憶が延々とリフレインし続ける。
恐喝、買収、暗殺、洗脳、扇動、背信その他諸々と、三日三晩かけても書き切れないほどの罪がサンドマンの背中に這い寄って押し潰し、雪兎の殺意から逃れるのを妨げんとした。
今までいいように殺してきた人間達の恨み辛みが、呪いという枷となってサンドマンの動きを緩慢にしていく。
「く……くそが……この負け犬共……死んでも俺の邪魔を……邪魔をするのか畜生共おおお!!!」
見えない敵と戦うかの如く錯乱して何もいないところに向かって武器を振り回す様は滑稽この上なかったが、振り回した剣が何かにぶつかると、サンドマンの表情が途端に絶望に満ちる。
振り下ろされた黄金色の剣を小指で受け止めたのは、全身を緑色の血潮で染めたドラグリヲ。
蒼く輝く瞳の中に深い殺気を湛えたそれは、身じろぎひとつでその下品な装飾の武器をへし折ると、天使の両手足を問答無用で斬り落とした。
噴水のように吹き上がった緑の血潮が、迂闊に顔を向けたサンドマンの目を潰す。
「ぐあああ馬鹿な! 他の連中は……」
「お前が必死こいて逃げ回ってる途中で精神干渉が止まったんだろうな。 いきなり殺気を収めてさっさとリンボへ帰っていったよ。 お前みたいなクズ野郎のために命を張って戦うなんてアホらしいとでも思ったんだろうさ」
「馬鹿にするな! 俺は世界樹の力を引き継いだんだ!!! この星で一番偉い生命体なんだよ!!!」
「知るか、人が敬いたい人物くらい当人に決めさせろ」
泣き喚くサンドマンの戯れ言を一蹴し、サンドマンの意識を宿した天使の全身の皮を引き剥がす雪兎。
対するサンドマンは往生際悪く破滅の光の束を手足の切断面から滅茶苦茶に放出してドラグリヲを遠ざけんとするが、撃ち出された光はドラグリヲに着弾するより早くフォース・メンブレンに弾かれて明後日の方角へ跳んでいった。
「くそお! 来るな来るな来るな!!!」
「それで終わりか? 終わりだな? 折角恵んでやったチャンスも生かせないとはテメェは悪魔の猿以下だよ!」
真っ暗な視界に翻弄され、怯えて竦み上がったサンドマンへ雪兎が遠慮無く言い捨てると共に、ドラグリヲは尚も放たれ続ける光迅を敢えて真正面から浴びながら一気に距離を詰めると、隙だらけだった天使の首筋に全力で牙を食い込ませた。
絶対に逃がさないとばかりに、捕らえた天使の全身の骨や筋肉を断裂させん勢いで全力で振り回した後、遙かな空へと向かって思い切りねじり上げながら噛み上げる。
「き……貴様また……わざわざあの時と同じ方法で……」
「思えばあの時からだったな、テメェの運の尽き始めたのは」
何も抵抗出来ずに血反吐を吐き散らすだけとなった肉の塊のわめき声にわざわざ応対してやる慈悲を見せながらも、雪兎は身の底から溢れ出る無尽蔵の怒りを淡々とエネルギーに変えてドラグリヲの喉元へと注ぐ。
堅牢な牙の隙間から膨大なエネルギーを秘めた極光は、紛れもなくドラグリヲが起こしうる最大の破壊の予兆。
全てを等しく滅却する清らかなる光の兆し。
「安心しろ。 お前の本体がどこに逃げ隠れしようとも、どこまでも追い詰めて必ず殺してやる。 それが、死んでいった皆の為に僕がしてやれる最後の餞だ」
「ち……畜生! このクソボケがああああ!!!」
人間がどうしようが関係なく絶対に殺すという宣告。
それはサンドマンの意識の中へ迷わず届き、汚い罵声となって雪兎の耳に帰ってくるが、今さらそんなもので雪兎の殺意が拭い去れる訳も無かった。
――刹那、汚らしい罵声に対する返答代わりと言わんばかりに空の彼方目掛けてブレスが解き放たれた。
何もかもを滅却し虚無へと還す光の中に巻き込まれた天使は、そこにいたという痕跡を何一つ遺せぬまま文字通り滅され消える。 体組織も握っていた武器も何も残さずに。
『目標消滅、その他の怪しい生体反応は確認出来ない』
『あっけない戦いでしたね。 ……ですがこれで終わりではないでしょう』
「あぁ、きっちり報いは受けさせてやるさ。 奴が踏みにじってきた命の尊厳の為にも必ずな」
ドラグリヲを中心に発生する光と影の粒子の中で、静かに決意を露わにする雪兎。
そして彼は何を思ったのか、静かに長く息を吐きながら街の方角へ向き直り、黙って人間達を見下げる。 その瞳の奧にどのような感情が渦巻いているのかなど誰にも知る由も無い。
殺意でも許しでもない無感情の眼差しが地上に注がれ、張り詰めた沈黙が大衆と怪物の間に立ち籠めて数十秒後、戦いの様子を見守っていた人々が取った行動は実に意外なものだった。
塹壕に身を潜めていた者は身を乗り出し、物陰に隠れていた者は陽光の下へ姿を現わして一度しっかりとドラグリヲを見上げたかと思うと、彼らは皆一様にして頭を下げた。
そこにみみっちい言い訳や命乞いの姿勢は無く、自分達が犯した罪の重さを受け入れ沙汰を待つかのように、恐怖を堪えながらも黙って頭を下げ続けた。
「……馬鹿な真似を、何故今さらそんなことを」
どう取り繕っても結局はノゾミが施した精神治療の作用に過ぎないと、冷たく人間達の奇行を見守る雪兎。
しかし紡がれる言葉に嘲笑うような意思はなく、ただ哀しげな思いだけが満ちていた。
何故そうやってもっと早く立ち止まって考えてくれなかったのかと、胸を掻きむしるようなやり切れなさが雪兎の心を満たす。
そんな彼の胸中を知ってか知らずか、ドラグリヲの内部へ溶け込んでいたカルマとグレイスは沈黙を破ってコックピット内に姿を現すと、雪兎のそばに寄り添いながら新たな知らせを告げた。
『取り込み中のところ申し訳ないね。 ジャスティスとシュトが兄ちゃんを呼んでいる。 客人を呼んでの大事な話があるらしいんだ』
「客人だと?」
『……鰐淵翁です』
「!!!」
ヴィマの命をいたずらに奪われて以来、完全に姿を消していた耄碌爺。
そいつと再びツラをつき合わせる日が来るとはと、雪兎はがらんどうになっていた胸の中に燃え上がるような何かを感じながら、カルマが表示させたロケーターの方角にドラグリヲの鼻先を向ける。
「…………」
飛び立つ寸前、雪兎はボロボロになって地面に横たわったスキュリウスに一瞬申し訳なさげな目線を投げ掛けるも、今さら何も言うことも出来ず、常人には認識出来ない速度で機体を上昇させ、そのまま逃げるように地平の果てへ姿を消した。
鋼鉄と樹木の翼を惜しげも無く広げて飛翔するそれは、灼熱と零下の軌跡を残し、向かい来る敵を焼き上げては凍らせ貫いては殴り潰し両断する。
そこに一抹の慈悲もなく、立ち塞がる害獣達はただ淡々と引き裂かれては蹴散らされていった。
「くっ……! くっ……!」
絶えず降り注ぐ緑色の血潮や臓器の雨を縫って必死に逃げ回るのは、完全に戦意を喪失し混乱の一途を辿り続けるサンドマンの意識を宿す天使。
何故だと、何十年何百年もの間同じ事を繰り返し続けた悪魔の猿共が何故今さらと、自分が散々積み重ねてきた悪行を都合良く忘れ去って被害者ヅラで泣き叫ぶ。
「有り得ない! こんなにも惨い! こんな理不尽なことが起きていい筈がない!!!」
事象改変、時間停止、運命操作、その他諸々の超常現象を限定的ながらも行使可能な空間が易々と引き裂かれ、その中で待ち受けていた世界樹直属の神話級害獣の軍勢が、弾丸のように飛び狂うドラグリヲが振り回すただの暴力によって真正面からごみのように叩き潰され摺り下ろされていく現実。
それを受け入れられずにサンドマンはみっともなく駄々を捏ねるも、追い打ちをかけるようにノゾミの冷たい指摘がサンドマン自身の意識に流れ込む。
「分からないの? 散々人間を低脳だの下等だのレッテルを押し付け続け、理不尽を強いてきた貴方が?」
「うるさい黙れ黙れ黙れ小娘が! 俺はただ背中を押してやっただけなんだ! 自分一人じゃ踏ん切りを付けられなかった臆病者共に、ほんのちょっと勇気を授けてやって来ただけなんだよ!!!」
「……それを私相手に言うの? 父さんの力を最も色濃く受け継いだこの私に?」
サンドマンどころか、生前のアルフレドと同等の精神干渉能力を得るに至ったノゾミに舌先三寸の言い訳は一切通用せず、論より証拠と言わんばかりにサンドマンが散々人間達に対して行ってきた悪行の記憶が延々とリフレインし続ける。
恐喝、買収、暗殺、洗脳、扇動、背信その他諸々と、三日三晩かけても書き切れないほどの罪がサンドマンの背中に這い寄って押し潰し、雪兎の殺意から逃れるのを妨げんとした。
今までいいように殺してきた人間達の恨み辛みが、呪いという枷となってサンドマンの動きを緩慢にしていく。
「く……くそが……この負け犬共……死んでも俺の邪魔を……邪魔をするのか畜生共おおお!!!」
見えない敵と戦うかの如く錯乱して何もいないところに向かって武器を振り回す様は滑稽この上なかったが、振り回した剣が何かにぶつかると、サンドマンの表情が途端に絶望に満ちる。
振り下ろされた黄金色の剣を小指で受け止めたのは、全身を緑色の血潮で染めたドラグリヲ。
蒼く輝く瞳の中に深い殺気を湛えたそれは、身じろぎひとつでその下品な装飾の武器をへし折ると、天使の両手足を問答無用で斬り落とした。
噴水のように吹き上がった緑の血潮が、迂闊に顔を向けたサンドマンの目を潰す。
「ぐあああ馬鹿な! 他の連中は……」
「お前が必死こいて逃げ回ってる途中で精神干渉が止まったんだろうな。 いきなり殺気を収めてさっさとリンボへ帰っていったよ。 お前みたいなクズ野郎のために命を張って戦うなんてアホらしいとでも思ったんだろうさ」
「馬鹿にするな! 俺は世界樹の力を引き継いだんだ!!! この星で一番偉い生命体なんだよ!!!」
「知るか、人が敬いたい人物くらい当人に決めさせろ」
泣き喚くサンドマンの戯れ言を一蹴し、サンドマンの意識を宿した天使の全身の皮を引き剥がす雪兎。
対するサンドマンは往生際悪く破滅の光の束を手足の切断面から滅茶苦茶に放出してドラグリヲを遠ざけんとするが、撃ち出された光はドラグリヲに着弾するより早くフォース・メンブレンに弾かれて明後日の方角へ跳んでいった。
「くそお! 来るな来るな来るな!!!」
「それで終わりか? 終わりだな? 折角恵んでやったチャンスも生かせないとはテメェは悪魔の猿以下だよ!」
真っ暗な視界に翻弄され、怯えて竦み上がったサンドマンへ雪兎が遠慮無く言い捨てると共に、ドラグリヲは尚も放たれ続ける光迅を敢えて真正面から浴びながら一気に距離を詰めると、隙だらけだった天使の首筋に全力で牙を食い込ませた。
絶対に逃がさないとばかりに、捕らえた天使の全身の骨や筋肉を断裂させん勢いで全力で振り回した後、遙かな空へと向かって思い切りねじり上げながら噛み上げる。
「き……貴様また……わざわざあの時と同じ方法で……」
「思えばあの時からだったな、テメェの運の尽き始めたのは」
何も抵抗出来ずに血反吐を吐き散らすだけとなった肉の塊のわめき声にわざわざ応対してやる慈悲を見せながらも、雪兎は身の底から溢れ出る無尽蔵の怒りを淡々とエネルギーに変えてドラグリヲの喉元へと注ぐ。
堅牢な牙の隙間から膨大なエネルギーを秘めた極光は、紛れもなくドラグリヲが起こしうる最大の破壊の予兆。
全てを等しく滅却する清らかなる光の兆し。
「安心しろ。 お前の本体がどこに逃げ隠れしようとも、どこまでも追い詰めて必ず殺してやる。 それが、死んでいった皆の為に僕がしてやれる最後の餞だ」
「ち……畜生! このクソボケがああああ!!!」
人間がどうしようが関係なく絶対に殺すという宣告。
それはサンドマンの意識の中へ迷わず届き、汚い罵声となって雪兎の耳に帰ってくるが、今さらそんなもので雪兎の殺意が拭い去れる訳も無かった。
――刹那、汚らしい罵声に対する返答代わりと言わんばかりに空の彼方目掛けてブレスが解き放たれた。
何もかもを滅却し虚無へと還す光の中に巻き込まれた天使は、そこにいたという痕跡を何一つ遺せぬまま文字通り滅され消える。 体組織も握っていた武器も何も残さずに。
『目標消滅、その他の怪しい生体反応は確認出来ない』
『あっけない戦いでしたね。 ……ですがこれで終わりではないでしょう』
「あぁ、きっちり報いは受けさせてやるさ。 奴が踏みにじってきた命の尊厳の為にも必ずな」
ドラグリヲを中心に発生する光と影の粒子の中で、静かに決意を露わにする雪兎。
そして彼は何を思ったのか、静かに長く息を吐きながら街の方角へ向き直り、黙って人間達を見下げる。 その瞳の奧にどのような感情が渦巻いているのかなど誰にも知る由も無い。
殺意でも許しでもない無感情の眼差しが地上に注がれ、張り詰めた沈黙が大衆と怪物の間に立ち籠めて数十秒後、戦いの様子を見守っていた人々が取った行動は実に意外なものだった。
塹壕に身を潜めていた者は身を乗り出し、物陰に隠れていた者は陽光の下へ姿を現わして一度しっかりとドラグリヲを見上げたかと思うと、彼らは皆一様にして頭を下げた。
そこにみみっちい言い訳や命乞いの姿勢は無く、自分達が犯した罪の重さを受け入れ沙汰を待つかのように、恐怖を堪えながらも黙って頭を下げ続けた。
「……馬鹿な真似を、何故今さらそんなことを」
どう取り繕っても結局はノゾミが施した精神治療の作用に過ぎないと、冷たく人間達の奇行を見守る雪兎。
しかし紡がれる言葉に嘲笑うような意思はなく、ただ哀しげな思いだけが満ちていた。
何故そうやってもっと早く立ち止まって考えてくれなかったのかと、胸を掻きむしるようなやり切れなさが雪兎の心を満たす。
そんな彼の胸中を知ってか知らずか、ドラグリヲの内部へ溶け込んでいたカルマとグレイスは沈黙を破ってコックピット内に姿を現すと、雪兎のそばに寄り添いながら新たな知らせを告げた。
『取り込み中のところ申し訳ないね。 ジャスティスとシュトが兄ちゃんを呼んでいる。 客人を呼んでの大事な話があるらしいんだ』
「客人だと?」
『……鰐淵翁です』
「!!!」
ヴィマの命をいたずらに奪われて以来、完全に姿を消していた耄碌爺。
そいつと再びツラをつき合わせる日が来るとはと、雪兎はがらんどうになっていた胸の中に燃え上がるような何かを感じながら、カルマが表示させたロケーターの方角にドラグリヲの鼻先を向ける。
「…………」
飛び立つ寸前、雪兎はボロボロになって地面に横たわったスキュリウスに一瞬申し訳なさげな目線を投げ掛けるも、今さら何も言うことも出来ず、常人には認識出来ない速度で機体を上昇させ、そのまま逃げるように地平の果てへ姿を消した。
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